第45話 惨劇
事件発生から数時間が経過した。
村民は未だ怒りが収まらず、殺せ、殺せと口々に叫んでいる。
近隣の村から続々と人が集まって来て、村長宅を取り囲む群衆はかなりの人数に膨れ上がっている。
そろそろ話し合いをする頃合いじゃないかと、ザレシエがポーレに進言した。
一時の興奮が冷めて、群衆の声に動揺してきた頃と、ドラガンも真顔で助言した。
ポーレはこくりと頷くと、ドラガン、ザレシエと三人で村長宅に向かって歩を進めた。
「こんなことをしておいて、ただで済むと思うなよ!!」
アダミウカはポーレたちを見ると激昂し恫喝した。
だが内心はかなり動揺しているようで、完全に声は震えている。
「村長を殺害した殺人犯の言葉とは、とても思えませんね」
ポーレはアダミウカを見て呆れ顔をすると、ドラガンに視線を移しやれやれという仕草をする。
「黙れ!! この男は執事たる私を恫喝したのだ! 死んで当然! お前たちのやっていることは、逆恨みでしかないんだよ!」
死んで当然。
そんな人物は存在はしないはず。
もしも、今ここで本当にそんな人物がいるなら、それはヴォロンキー村長ではなく、ただ一人アダミウカであるだろう。
「ご自分の主張が正しいか否か、少し外をご覧になればわかりそうなもんですが」
「黙れ!! この謀反人共が!」
アダミウカが剣をポーレに向けたのを見て、ムイノクとエニサラが、それぞれポーレとドラガンの前に立った。
ポーレがエニサラを退けると、それでもエニサラは警戒し鞭をポーレの前に垂らした。
「我々は謀反を起こした覚えはありませんよ。村長が無下に殺害されたことに抗議しているだけです。少なくことも、領主に領民の命を好きにもてあそんで良いなどという国法は無かったはずです」
「詭弁を弄すな!! 私は領主の執事だぞ! 私を恫喝したというのは領主を恫喝したのも同然なんだよ」
その理論だと、この人物の不始末は領主の不始末ということになってしまい、アダミウカが犯した殺人はドゥブノ辺境伯が責任を負うことになってしまう。
当然、ドゥブノ辺境伯は領主として不適格ということになり、爵位剥奪ということになる。
そんな簡単なことも、もうアダミウカには理解できていないのだろう。
「人知れず
「なっ……」
外からの殺せ、殺せという歓声がひと際大きく感じたらしい。
アダミウカはわなわなと震え出し、持っている剣がカチカチと音を立てて小刻みに揺れる。
突然、きゃあという悲鳴と共に外の歓声が静かになった。
ポーレはドラガンとザレシエの顔を見ると、慌てて外に飛び出して行った。
ポーレが玄関から外を見ると、村長宅から街道に向かう道に群衆による道ができていた。
その先には、貴族と思しき小太りの男性の横に、執事と思しき男性が二人侍っている。
その後ろには、親衛隊と思しき武装した兵が控えている。
親衛隊の隊長と思しき者は剥き身にした剣を手にしており、その剣には血が滴っている。
足元には村民の女性が地面に伏せており、その周囲には血が溜まっている。
ポーレは無下に殺害された村民を見てぎょっとした。
「何の騒ぎだ!!!」
壮年からそろそろ老年になろうという感じの執事が大声で叫ぶ。
よく見るとそれはドゥブノ辺境伯の家宰コドラであった。
「貴様はポーレ! 落ちこぼれたと聞いて久しいが、なんとか息災だったようだな」
「お久しゅうございます。おかげで悪の道に染まらずに済んでおります」
ポーレはコドラとは面識があるらしい。
本来であればポーレはこのコドラの下で働き、コドラの退職と共に家宰になるはずだったのだ。
「何の事かは知らんが、このような謀反に加担するとはずいぶんと落ちぶれたものだな」
「人の命を軽んじるような外道に落ちるくらいなら、落ちぶれた方が万倍もマシですね」
その言葉に、コドラの横で苛ついた顔をしていたドゥブノ辺境伯が黙れと大声で叫んだ。
腰の剣に手をかけポーレに向かってつかつかと近寄ってきた。
「貴様らなど、私がやれと命ずるだけで皆殺しにできるのだからな!」
その言にドラガンが激怒し、ポーレの前に進み出る。
ザレシエはドラガンの身を守るように周囲に無言で合図をした。
「どうでしょうね。その命ぜられる者たちにも家族がいるという事を、あなたはどうやらご存知無いようだ」
「なんだと? ……貴様何者だ? 見ない顔だな?」
もう一人の執事が、ドゥブノ辺境伯に何やら耳打ちをした。
ドゥブノ辺境伯は鼻を鳴らすと、たかが流れ者かと顔をにやけさせた。
「そう思うのであれば試してやってもいいのだぞ? 良い見せしめにもなるであろうからな」
「それが人の上に立つ者の言か!!!」
ドラガンは激昂しドゥブノ辺境伯に迫ろうとする。
それをザレシエが服を引っ張って制した。
「それが領民の態度か!! お前たち領民は何の疑いも持たず、統治者たる我々の命にただ粛々と従っておればそれで良いのだ!」
「後ろの兵隊さんたち! あんたらの家族や両親はそれに納得しているのか?」
何を当たり前のことをと、ドゥブノ辺境伯は鼻で笑った。
だが、後ろから武器を地に落としたような音が聞こえた。
その音に驚き、ドゥブノ辺境伯は後ろを振り返った。
数人の親衛隊員が持っていた武器を地に落としたのだった。
ドゥブノ辺境伯は顔を真っ赤にして激怒。
どういう統率をしているのだと、ドゥブノ辺境伯は親衛隊の隊長ヴァブリャを殴りつけた。
申し訳ありませんと謝罪したヴァブリャ隊長は、振り返って武器を落とした兵の一人の首を剣で薙ぎ払った。
返り血がヴァブリャ隊長の顔にかかる。
さらに逃げ出そうとした兵を追いかけ、背を蹴って転ばせ背に剣を突き立てた。
ヴァブリャ隊長は鎧を部下の血で真っ赤に染めあげた。
「もういい。面倒だ。ここにいる者たちを見せしめに皆殺しにしろ!」
「しかしサファグンが!」
ドゥブノ辺境伯の短気な命令に、コドラは後々の事を考え諫めようとした。
だがドゥブノ辺境伯はそんなコドラを睨め付ける。
「構わん! 一緒に皆殺しにしてしまえ!!」
ドゥブノ辺境伯は完全に怒り狂っており、コドラの制止を振り切りヴァブリャ隊長に命じた。
部下の血で顔を赤く染めたヴァブリャ隊長は血の滴る剣を掲げ、やれと命じた。
そこからは未曾有の惨劇が繰り広げられる事になった。
親衛隊は剣を抜くと、近くにいる村民に片っ端から襲い掛かり斬りつけて行く。
斬りつけられたのは多くが女性と子供。
怒り狂った村民たちは、銛を持って親衛隊に襲い掛かった。
村民の一人がドゥブノ辺境伯に襲い掛かり、執事に軽くあしらわれ斬り殺される。
執事はドゥブノ辺境伯とコドラを後ろに下がらせた。
村民たちは銛を親衛隊に向けて針山のように突き立て牽制。
親衛隊はそれを剣で薙ぎながら近づこうとする。
だが後方からサファグンたちの投銛に遭ってしまう。
怯んだ親衛隊は銛に突かれ次々に倒れていった。
集まった村民は、武器を手にした者だけでも親衛隊の総数のゆうに五倍はおり、鎧で武装しているとはいえ親衛隊は圧倒的に多勢に無勢である。
このままでは双方に多大な犠牲を出し、最終的には親衛隊がすり潰されるであろう。
「貴様ら! 腰に帯びた弓は飾りか! さっさと射殺してしまえ!!」
ドゥブノ辺境伯は不愉快そうな顔をし親衛隊に命じた。
鎧を身に付けていない村民にとっては、武器でやり合うより遠巻きに矢を射かけた方が確かに効果的であろう。
親衛隊は一旦数歩下がり弓を構え始めた。
「ドゥブノ辺境伯! こりゃどがいなことか! きっちりとした説明をお願いしたい!」
群衆の後ろから、三又の鉾を持った家宰エルホヴォがヴラディチャスカ族長と共に現れた。
親衛隊が殺害した中には、サファグンの女性や子供たちまで含まれている。
地位協定違反は明白である。
領内の諍いに巻き込まれただけの事、そうコドラは言い訳した。
だがサファグンの群衆は嘘をつけの大合唱だった。
「我々が間に入ることで暴走を抑えようとしたのに、構わず皆殺しにしろと命じたなあどこのどいつだ!」
クネジャ首長は鬼の形相でドゥブノ辺境伯を指さした。
「ドゥブノ辺境伯は
そういう声がドゥブノ辺境伯の後方から聞こえてきた。
ドゥブノ辺境伯が誰だと言って振り返ると、そこにはユローヴェ辺境伯が家宰トロクンと共に立っていたのだった。
「我が家とサファグン、そなたの領民を全て敵にまわして一戦交えるというならそれでも構わんが、どうする?」
ドゥブノ辺境伯はユローヴェ辺境伯を睨みつけ、その場に立ち尽くした。
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