第46話 乱後処理

 ドゥブノ辺境伯はユローヴェ辺境伯の従者によって取り押さえられた。

最初かなり暴れたのだが、ユローヴェ辺境伯に、このまま民衆に貴殿を委ねても構わんのだぞと叱責されると急に大人しくなった。


 家宰コドラ、アダミウカともう一人の執事、親衛隊長ヴァブリャは皆の前で処刑された。

親衛隊の隊員は自分たちも処刑されると覚悟したようだが、命令されての事ということで罪は問われない事となった。


 処刑が終わるとユローヴェ辺境伯はポーレたちの前に立った。


「理由はどうあれ、これだけのことをしておいて無罪放免というわけにはいかぬ」


「覚悟はできております」


「そなたと、そこの二人。三人を首謀者として我が屋敷への蟄居ちっきょを命ずる」


 ドラガンとザレシエも同罪とされたことで、村人たちはいきり立った。

村人たちはポーレがこうなることは覚悟していた。

ただその志はドラガンが引き継いでくれるという認識だった。


 村人たちはユローヴェ辺境伯たちを睨め付け、持っている銛をカチカチと鳴らし威嚇し始めた。

それを察したドラガンが前に進み出て、謹んでお受けいたしますと言うと、村人たちは、やるせないという感じではあるが納得した。


 ポーレは、父アレクサンドルとアリサ、スミズニーに、後の事を頼みますと頭を下げると、手に縄をかけられ、ドラガン、ザレシエと共に連行されて行った。

ユローヴェ辺境伯たちが去ると、アリサが音頭を取り、負傷者の手当と犠牲者の弔いの準備が行われた。




 連行された三名だったが、ユローヴェ辺境伯の屋敷に着くと縄を解かれ応接室に通された。

席に着くと執事が人数分のお茶を淹れて持ってきた。

執事はポーレの顔を見るとニコリと微笑み、ご苦労様でしたと言って部屋を出て行った。


 三人が無言で茶を啜っているとユローヴェ辺境伯が家宰トロクンと共に入室してきた。

ユローヴェ辺境伯もトロクンも、先ほどまでの正装から軽装に着替えている。

三人をそれぞれ流し見ると、ユローヴェ辺境伯は酒の方が良かったかなと冗談を飛ばした。


「思ったより早かったな」


 ユローヴェ辺境伯の最初の一言がそれであった。


「商業施設をサファグンの居住区に移して税を逃れるという離れ業を考えた者がおりまして」


「あれは私も、聞いた時には上手い事を考えたものだと感心したよ」


 ポーレはちらりとドラガンを見てふっと鼻を鳴らした。

ユローヴェ辺境伯もドラガンを見て、愉快そうな顔で口髭を指でならしている。

おかげでこれからは税制の変更をサファグンの族長と検討しないといけなくなったと、家宰のトロクンだけは若干迷惑そうな顔をした。


「ですが、そのことがドゥブノ辺境伯の神経を逆なですることになったようですね」


「そう言うということは、そなたは此度の事は突発では無いと考えているのか?」


「恐らく最初から見せしめにするつもりだったんじゃないかと」


 明らかに駆けつけるのが早かった。

さらに親衛隊を揃えてきているのが不自然とポーレは説明した。

確かに親衛隊が完全武装だったとユローヴェ辺境伯も頷いた。


 恐らく同じタイミングで兵を出したのに、ユローヴェ辺境伯軍は武器を携帯しているだけで、鎧は身に付けていなかった。

屋敷からエモーナ村までの距離に差があるとはいえ、ユローヴェ辺境伯はポーレたちからの一報を受けて急行し、ドゥブノ辺境伯たちは報告も無しに来ているはずなのである。

あの早さで完全武装の親衛隊を向かわせられるとしたら、最初からその状態で待機させていたと考えるしかないであろう。


「これからドゥブノ辺境伯領をどうしていったら良いと思う? そなたの事だ、それなりに案は持っているのだろう?」


 ポーレも当然反乱で終わりなどという無責任な事はなく、その後の事をしっかり考えている。

ドゥブノ辺境伯にも子はいるのだが、そちらには継がせず、ドゥブノ辺境伯の父方の従弟に爵位は継いでもらう。

家宰にはそれなりの者がなってもらい、複雑になりすぎた税制をできるかぎり簡素にしてもらう。

軍隊の規模は極力維持しながら、経済力を上げ、福祉も充実させてもらう。


「その『それなりの者』というのはそなたか? それともカーリクか?」


「隣村の市場で会計係をしているサファグンにトリフォン・ボロヴァンという者がいます。その者がこちらの複雑な税制に興味を抱いて調べているようでして、適役ではないかと」


 サファグンという部分でユローヴェ辺境伯とトロクンは難色を示した。


「その者では家宰は難しいぞ? 人間の中には、特に歳のいった者の中には、サファグンの統治はちょっとと言う者も多いぞ?」


「であれば、そこはユローヴェ辺境伯の方からお願いしたいところなのですが」


 ユローヴェ辺境伯は三人から目を反らし、ふむと唸りながら何かを思い出すように考え込んだ。

だがどうも何も思い浮かばなかった。

隣で同様に悩んでいるトロクンに誰か心当たりはないかと尋ねた。


「閣下は、次のドゥブノ辺境伯は誰を予定しているのですか?」


「先ほどの話からすると、適任であるのは従弟のビタリーであろうな」


 先ほど捕縛されたドゥブノ辺境伯アナトリーは、先代がかなり歳をとってからできた子である。

その先代には年の離れた弟がおり、その弟の子がビタリー。

年齢はアナトリーよりも少しだけ下。

母は近隣で小領を有する伯爵の娘であり、現在の大貴族たちとは血縁関係が極めて薄い。


「であればダニーロ・バルタはいかがでしょう? たしかあの者はビタリー様の母君の縁者だったはずですが」


「バルタか……なるほど。すまぬが、ちと話をしてきてもらえんかな?」


 トロクンが部屋を出ると、ポーレは何か訝しむような顔をしていた。

ザレシエがどうかしたのかと尋ねると、ポーレは、なぜビタリー様の縁者が、それも伯爵令嬢の縁者がユローヴェ辺境伯に仕えているのだろうと疑問を口にした。


「貴族の縁者といっても同じ領民だからな。税が厳しければ、それは逃げ出す者もいるよ」


「じゃあその方も?」


 ザレシエの相槌にユローヴェ辺境伯はうむと頷きお茶を啜ると、小さく息を吐き少し憤るような表情をした。


「何年前だったかな。麦が記録的な不作、魚も記録的な不漁という年があったのを覚えているか?」


「ああ、あの御神木の焼け落ちた年ですか?」


 かなり前の話にはなる。

連日嵐に見舞われ、数日晴れたと思いきやまた嵐。

そんな事を繰り返し、何度目かの嵐が百年に一度という大嵐であった。

作物が日照不足で弱りきっていた所を暴風に殴られ多くが倒れて腐ってしまった。

船も多くが破損、海の仕掛けも全て流されてしまった。


「そうだ、その年だ。この辺り一帯、収入がほぼ無くなり、飢える村が後を絶たなかったのだ。この辺一帯の領主は、どこも税の徴収を数年取りやめたのだがな。後を継いだばかりのドゥブノ辺境伯はそれを知らなかったようでな」


「まさか、普通に取り立てたんですか?」


「必要以上に厳しく取り立てたんだよ! 税収が落ちたのを取り立ての執事たちの怠慢だと怒鳴り散らしたそうでな。その時だな、ドゥブノ辺境伯領から大量に移住してくる者が出たのは」


 ザレシエは思わず、なんという愚かなと感想を漏らした。


 隣でポーレが大きくため息をついた。

ポーレはその頃はまだ学生であり、ちょうど武芸にのめり込んでいた時であった。

村から怨嗟の声が出ていたのは知ってるし、気が付くと近所の人たちがいなくなっていたのも気付いていた。

そしてそれが辺境伯の税の取り立てのせいだというのも、大人たちの言い合いから知ったのだった。



 暫くすると一人の壮年の男性が、失礼しますと言って入室してきた。

背はそこまで高く無い、いわゆる中肉中背という体形である。

年齢は三十代中盤といったところ。

顔はそれなりに整っており、精悍というよりは優男という感じを受ける。

髪は山鳩色で、襟足を伸ばしてリボンで縛っている。


 男性は机を挟んでポーレたちの前に立つと、ダニーロ・バルタと言いますと挨拶をした。


「お話は伺いました。謹んでお受けしようと思います」


 バルタは仰々しく、ユローヴェ辺境伯に頭を下げた。


「すまぬな。静かに暮らしたかったであろうに」


「いえ。捨てたとはいえ故郷の話ですから。ただ残念ながら、私はそこまで統治に詳しくありませんで……」


「そこは気にせんで良い。困ったらトロクンに聞けば良いし、この三人に相談しても良い」


 バルタはユローヴェ辺境伯に紹介された三人の顔を眺め見た。

再度ユローヴェ辺境伯の方に顔を向け、首を傾げる。


「ポーレ殿は存じていますが、残りの二人は?」


「ポーレの知恵袋だ。私が貰いたいくらいの賢者だよ」


 『賢者』と言われドラガンとザレシエは非常に恐縮している。

ポーレは両脇に座っているドラガンとザレシエをちらりと見て、吹き出しそうになるのを堪えてる。


「それは頼もしいことです! で、私はいつから向こうに行けばよろしいのですか?」


「突然の話で悪いのだが、今日にでも発ってくれ。爵位継承の件があるからな。ただし彼ら三人は暫しの間は蟄居ちっきょ(=謹慎処分)だ。だからそれまでは家中の混乱を鎮めてくれ」


 バルタの表情が露骨に曇った。

今日発ってくれの部分ではなく、家中の混乱を鎮めてくれの方である。


「話に聞く限りですと、それなりに粛清が必要かもしれませんが……」


 家宰コドラが諸悪の根源だろうとは思うが、奴の息のかかった者が数多くいるだろう。

その者たちは自分がコドラの代わりになろうと虎視眈々狙っているだろうし、当然バルタの統治は拒むであろう。


「ビタリー殿が真似するといけないから、あまり統治の闇を見せぬようにな」


「……善処します」


「それと幽閉ゆうへい(=監禁処分)しているアナトリー卿の監視を厳重にな」




 その日のうちにバルタはドゥブノ辺境伯に向かった。


 すぐにビタリーと接触し、ユローヴェ辺境伯の手紙を見せ、爵位の継承を行うように促した。

拘束されたままとなっていたアナトリーは、座敷牢に閉じ込め監視を厳重にするよう命じた。


 アナトリーには十八歳の娘と十三歳の息子がおり、母親と娘によって息子の爵位継承の準備が進んでいた。

バルタはユローヴェ辺境伯の書面を見せ親衛隊を掌握。

親衛隊を直接指揮し母子を拘束。

継承に必要な杖を母子から奪い、ビタリーに継承の手続きを取らせた。

拘束されていた母子は追放され、実家のマロリタ侯爵家に帰されることになった。



 こうしてドゥブノ辺境伯の爵位はビタリーが継ぐこととなった。

家宰にはバルタが就任し、新たに執事としてサファグンのボロヴァンが呼ばれることになった。

親衛隊長には、隊員の中から比較的穏健派の者を新たに抜擢した。


 新たな統治体制で最初に下された命は、一旦住民税以外の全ての税を廃止するということであった。

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