第58話 風呂

 結局ドラガンはベアトリスが安心して眠るまでベアトリスの隣に座っていた。

ベアトリスも手を握ってて欲しいだの、頭を撫でて欲しいだのドラガンに甘えまくった。

だがやはり、ここまで来た疲労や暴行を受けた怪我などもあり、すぐに眠ってしまった。



 応接室に戻るとユローヴェ辺境伯が来ていて、ザレシエたちと一緒にお茶を飲んでいた。

少し落ち着いたようで眠りましたとドラガンが報告すると、ユローヴェ辺境伯はそうかと優しい目をして頷いた。


 報告を受けたユローヴェ辺境伯は、すぐに執事と親衛隊を彼らが襲われていた場所に派遣し、何か荷物が残されていないか確認をさせた。

どうやら荷物に火を付けられたらしい。

燃え残りのものがそこかしこに散らばってはいたが、燃える類の物は全て燃えてしまったらしい。

恐らく衣類にも燃え移ったのだろう、衣類の燃えかすも残されていた。

思い出の品もあったであろうに全て燃やされてしまったと思われる。


 酷い事をするとエニサラが涙目で呟くと、ユローヴェ辺境伯は、やつらはもはや魔獣と変わらないと言い切った。

あれでは討伐対象だとも言った。



  ベアトリスたちを心配し、ドラガンはユローヴェ辺境伯の屋敷の一室を借りて泊まり込む事となった。

エニサラとザレシエも念の為に一緒に残る事にしたらしい。


 夜遅く、突然ベアトリスが泣き叫んだ。

どうやら暴行された時の事を夢に見たらしく、恐怖で目を覚まし、さらに思い出して大声で叫んだ。

ドラガンだけでなくエニサラもベアトリスの元に駆けよった。

素っ裸で布団の上で泣き叫んでごろごろと転がっている姿に、ドラガンは胸を締め付けられる思いだった。

エニサラはドラガンを見て首を横に振ると、ベアトリスに近寄り強く抱きしめた。

ベアトリスはエニサラだとわかると、首にぎゅっと抱き着きわんわん泣き始めた。


 ベアトリスは変な匂いがすると言って泣いている。

エニサラは、もしかして粗相をしたのかと思い布団を見たがどうやらそうではなかった。

恐らく襲われた時の臭いが鼻に沁みついてしまっているのだろう。


「ねえ、ベアトリスちゃん。久々に一緒にお風呂入ろうや。その変な臭い消えるかもしれへんよ」


 エニサラが優しく言うと、ベアトリスはうんと消え去りそうな声で言って頷いた。


 ドラガンは、騒ぎが気になって起きて来た執事に風呂の準備がしたいと申し出た。

すると、この時間であれば村に行き漁師たちの朝風呂に入った方が良いと提案を受けた。

一番風呂だから君も入ってきたらどうかと執事は微笑んだ。


 エニサラは用意していた服をベアトリスに着せ、ドラガン、ザレシエと村の銭湯に向かった。

ただエニサラの服は総じてスカートが短く、服を着はしたものの下着をつけておらず、風に吹かれると小ぶりの尻が丸見えになったりしている。

ザレシエはドラガンに目のやり場に困ると小声で言って笑った。


 ドラガンもザレシエも、そこまで長風呂をするタイプでは無い。

早朝のかなり冷える星空の下、女性二人が風呂から出るのを待っていた。

体を洗い湯で温まった事で心まで温まったらしい。

ベアトリスは風呂に入る前に比べると、かなり落ち着きを取り戻していた。



 屋敷に戻ると、かなり執事が慌ただしくばたばたとしていた。

何事かと執事の一人に聞くと、マチシェニの容体が急変したらしい。

看護していた執事の話によると高熱を出し痙攣し続けているのだそうだ。

このままでは事切れてしまうかもと思い急いで医者を呼んできたのだそうだ。


 ベアトリスを布団に寝かせると三人は応接室に集まった。

黙ってお茶を飲んでいると三人に睡魔が襲ってきたらしい。

ザレシエの欠伸が、ドラガン、エニサラへとうつっていった。



 そこに執事が現れ、もう一人の女性も目を覚ましたと報告した。

ドラガンは一人で様子を見に行ってくるから、二人はここに残っていてと言って客室へと向かった。


 イリーナは自分に何がおこったのか徐々に思い出したようで、頭を抱えて絶望的な顔をしていた。

かなり息が荒い。

そもそもここがどこかもわからない。

隣を見ると娘が布団に寝かされている。

もしかしたら街道警備隊に拉致され、監禁されているのかもという最悪の予測が頭を過った。


「イリーナさん、大丈夫ですか?」


 聞き覚えのある声が自分を呼ぶ。

ドアの方を見ると懐かしい人物が立ってこちらを見ていた。

イリーナはドラガンを見ると、心の中の不安が急速に消え去るのを感じた。

ドラガンがイリーナのところに近寄り手を取ると、イリーナはドラガンを思い切り抱きしめた。


 そこからイリーナは泣きながら、ここまであった事を、時系列バラバラに訴えるように話し出した。

ドラガンは何度も酷い話ですねと相槌を打った。

その都度イリーナは、そうでしょうと同意を求めてきた。


 一通り話し終わるとイリーナは便所はどことドラガンに訪ねた。

ドラガンは非常に焦った。

イリーナは今、何も身に付けていない。

便所にはすぐに行ってもらいたいが、裸で屋敷をうろつかれるのも困るのだ。

そこで女性の執事を呼び、便所を案内してくれと言って応接室に戻った。


 応接間に戻ると、マチシェニの処置を終えた医者が椅子に腰かけぐったりしていた。

家宰のトロクンは医者に、朝早くから申し訳なかったと言ってお茶を淹れている。


 医師の話によると、傷口から病気が入ったのだろうということだった。

全身の傷を消毒して縫っておいたし、膿の強い部分は膿を出しもした。

だが彼が助かるかどうかはまだわからない。

一刻も早く目を覚まし薬湯や蜂蜜が飲めればそれなりに安心はできるのだがと医師は目頭を摘まんだ。



 さすがに一晩中執事がバタバタしており、ユローヴェ辺境伯もゆっくりとは寝ていられなかったらしい。

まだ外は暗いというに起きて応接室にやってきた。

トロクンから状況を聞くと、そうかと短く答えた。


「あの三人に一体何があったのだろうな」


 ユローヴェ辺境伯は呟くように言った。

ドラガンは一度天井を仰ぎ見ると大きくため息をついた。


「先ほどイリーナさんが目を覚まし、断片的ではありますが何があったか話してくれましたよ」


 皆が一斉にドラガンの顔を見た。

ドラガンはかなり言いづらそうにし両手の拳を強く握った。


「村に公安が乗り込んで来て僕の名を叫び、村民を暴行したのだそうです」

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