第59話 襲撃
ベアトリスはまだ少し精神的に不安定なものがあるが、イリーナの方は暖かい食事を取ると、気持ちが沈んだままではあるものの平静を保てる状態にはなった。
ただそうは言っても、知らない男性を見せるのは今の時点では非常に酷だと思うので、ドラガン、ザレシエ、エニサラの三人で話を聞くことにした。
イリーナはドラガンの姿を見ると近くにおいでと手招きし、会いたかったのよと言って抱き着いた。
ドラガンは、イリーナがちゃんと寝巻を着ていることに少し安心した。
さらに少し良い匂いがして、どうやら入浴もしたらしいと感じかなり安心した。
イリーナはザレシエとエニサラを見ると懐かしい子がいると言って微笑んだ。
ザレシエとエニサラも、ご無沙汰でしたと言って微笑んだ。
イリーナが話し始めると、ベアトリスが布団から出てきてドラガンに後ろから抱き着いた。
その手は少し震えている。
恐らく誰かに振れていないと怖くてたまらないのだろう。
このままイリーナの話をベアトリスに聞かせると、せっかく少し安定した精神がまた不安定になってしまうと危惧したドラガンは、ベアトリスを応接室へと連れて行った。
ベアトリスにはエニサラに付き添ってもらい、イリーナの元へと戻った。
応接室に戻ると、ザレシエはイリーナに自分の家族の事を聞いていた。
両親も兄も元気だと聞いてザレシエはかなりほっとした顔をしている。
まず最初にイリーナが語ったのは『木漏れ日のジャームベック村』は、もう無くなったという事だった。
ある日、村にロハティンの公安の集団がやってきた。
全員武装していて鎧も身に付けている。
公安の集団を率いていた人物はブロドゥイと名乗った。
ブロドゥイは真っ直ぐ村長宅に行き、ヤローヴェ村長を問答無用で拘束。
村長を村の広場に連れ出し、この村がドラガン・カーリクを匿っている事はわかっているんだと、村中に聞こえる声で叫んだ。
さっさと突き出さないとこいつの命は無いと言って村長の首筋に剣を突きつけた。
だが村人は自宅に籠ったまま誰も姿を現さなかった。
するとブロドゥイは何のためらいもなく村長の首に剣を這わせた。
村長は首から鮮血を噴き出して絶命した。
ブロドゥイは俺たちは本気だぞと大声で叫んだ。
だがそれでも村人は誰も家から出ては来なかった。
するとブロドゥイは数回頷き口元を歪め、部下に好きに暴れて来いと命じた。
部下たちは、あちこちの物を壊して暴れまわった。
部下の一人がドラガンの掘った共有の井戸に向かって行った。
何だこれと言ってドラガンの水汲みを蹴って壊し始めた。
それを見て一人のエルフの少女が、それはダメと叫んで家から飛び出してきてしまったのだった。
公安はそのエルフの少女、材木屋の娘ダニエラを拘束すると、こいつの命が惜しければドラガンを出せと叫んだ。
それでも村人は誰も出ては来なかった。
ブロドゥイは村の近くの畑に行き、太い木を突き刺しダニエラを括り付けた。
近くに栽培してあった植物を全て刈り木の下に敷き詰めた。
松明に火を点け、公安はダニエラを生きたまま焼き殺そうとした。
だが村から飛んできた一本の矢が松明を持った男の胸を正確に射抜いた。
その後五本の矢が飛んできたが、どれも正確に松明を持つ公安の胸を射抜いた。
ロベアスカ首長はエルフ数人を率いて畑にやってきた。
首長はブロドゥイに地位協定違反だと指摘した。
だがブロドゥイは、犯罪者を匿っておいて地位協定違反も何も無いと言い放った。
首長は冷静に、畑をめちゃくちゃにしたのも詫びる気は無いのかと尋ねた。
犯罪者を匿ったお前らが悪い、ブロドゥイは首長を睨みつけた。
するとブロドゥイの隣にいた人物が、横から矢で首を射抜かれ絶命。
正面で弓を構えている奴らは誰も矢を撃っていない。
どうやら言い合いをしている間に、周囲の木々に狙撃手が準備をしていたらしい。
ドラガンなどという人物はこの村にはいない、そう首長は言い放った。
ブロドゥイはヴラドという変名を使っていただろうと指摘。
するとまたもやブロドゥイの近くにいた人物が今度は三人射殺された。
激怒したブロドゥイは公安に全員皆殺しにしろと命じた。
そこから公安と村人の間で戦闘になった。
あちこちから狙撃され公安の警官は次々に倒れた。
冒険者も全力で応戦したし、村人もかなりの人数が戦闘に参加したのだがそれなりに犠牲が出た。
だがこの時点で近隣の村々からも増援が来ており、ジャームベック村は完全に包囲された。
公安の警官は村に閉じ込められ、一人また一人と射殺されていく。
村から逃げようとした者も容赦なく射殺された。
最終的にはブロドゥイ以下十数人だけという状況になった。
ジャームベック村は、そこかしこに公安の射殺体が転がっていると言う状況。
ブロドゥイたちは飛んでくる矢を剣で叩き落としながら川の方に向かって逃げた。
村人たちも雨のように矢を射かけたのだが、残念ながらブロドゥイには逃げ切られてしまった。
翌日、バラネシュティ族長は報告を聞きつけジャームベック村に急行。
あまりの惨状に思わず目を覆った。
村を包囲し矢で狙撃している為、村人への被害は思ったほど多くは無い。
現に遺体の大半が公安のものであった。
迎撃に参加してくれた周辺の村の村長と首長が集まって、今後の対応を検討する事になった。
その中で出たのはジャームベック村の廃村であった。
奴らはジャームベック村という名前を頼りにやってきた。
であればこの一件の責任を取らされ、罰として廃村にされたという事にしてはどうかという事だった。
人間側は村長が殺されているから、後はロベアスカ首長さえ納得してくれればという雰囲気となった。
ロベアスカは元々自分は首長を押し付けられたと思っているし、そもそも首長を引き受けたのはドラガンを守る為で、もはやそのドラガンもいない。
悩む余地すら無かった。
こうしてジャームベック村は廃村となった。
ロハティンには公安に弓引いた罪でジャームベック村は廃村になったという情報を流した。
さらに村で射殺された公安の髪と遺品がロハティンに送り届けられる事になった。
遠征先で死んだと聞き絶望していた遺族は、遺品が帰ってきただけでもかなり満足していた。
それによりロハティン軍の遠征の噂が出ていたようだが書き消える事になった。
だがジャームベック村では事件を終わりにできない人物が何人かいた。
そもそもこの事態を招いた張本人であるイリーナ、ベアトリスのプラジェニ母娘。
そして何があっても家から出るなと厳命されながら家を飛び出したダニエラ。
ダニエラを助け出す為とはいえ最初に公安を射殺したマチシェニ。
プラジェニ母娘は村を出ようと思うとロベアスカに相談した。
ロベアスカは、ドラガンは『水神の使い』だよとイリーナに言った。
君たちが助けなかったら水神の怒りを買っていただろうと。
だから私たちはそんな君たちを最後まで守り通してみせると言って微笑んだ。
だがイリーナは首を横に振った。
ロベアスカは小さくため息をつくと、どこか行く当てはあるのかと尋ねた。
サモティノ地区にドラガンがいるはずだから訪ねようと思うとベアトリスが言った。
ダニエラが自分も一緒にドラガンの所に行きたいと申し出たのだが、さすがにそれは許可されなかった。
少し考えロベアスカは手をパンと叩いた。
少し待っていなさいと言って、ロベアスカはダニエラと父のブリテリンと共に材木屋へ向かった。
家に戻ったロベアスカは封書をイリーナに手渡した。
「これはこの村の材木の売掛の明細書や。もちろん架空のな。この売掛金を回収に行ってもらえへんやろか? 弓の名手のマチシェニを旅の護衛につけるから」
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