第60話 仇討ち
ドラガンは胸が張り裂けそうになり、それ以上を聞こうという気にはなれなかった。
特に命の恩人が性的暴行を受けた話など冷静に聞けるわけがなかった。
ザレシエも同様だったらしい。
自分が生まれ育った村が無くなった、それだけでも今すぐ弓を持って一人一人公安と街道警備隊を射殺していきたいとまで思った。
だが、そこでふとドラガンの事を思った。
ドラガンは一度生まれ故郷を失っており、これが二度目である。
自分よりも心中穏やかではいられないはずである。
なのに、ぐっと怒りを堪えて話を聞いている。
自分が取り乱すわけにはいかない。
そう考えると徐々に落ち着きを取り戻した。
「カーリクさん。ここまでの話を一旦報告に行きましょう」
「そうだね。この話の続きはある程度想像もつくし、できればあまり聞きたくない」
「
ドラガンは非常に冷たい目で静かに頷いた。
ドラガンはザレシエからイリーナに視線を動かすと、それまでの険しい表情ではなく人の好い笑顔になった。
暫くここでゆっくり養生できるように話をしておきますねと言って、にこりと微笑んだ。
ドラガンはザレシエを連れて部屋を出ると、また、すっと先ほどの険しい表情になった。
扉の前で拳を握りしめ唇をぐっと噛んでいる。
ザレシエが肩をポンポンと叩くと、ドラガンはその険しい目のままザレシエを見た。
「ザレシエ、僕はあいつらを許せない!。一人たりとも逃したくない!」
どうにかできないだろうか?
ドラガンの問いかけに、ザレシエは腕を組んで考えた。
この一件で今回の戦いは単なる迎撃戦、防衛戦では無くなったとザレシエも感じている。
「であれば、ただ迎撃するんやなく戦場をきちんと設定して、罠をしかける必要があるでしょうね」
「何か案はあるの?」
「仕込みに少し時間がかかるかもしれませんが」
ドラガンはこくりと頷くと、ユローヴェ辺境伯に相談に行こうと低い声で言った。
ユローヴェ辺境伯はザレシエの策を聞くと執事に地図を持ってこさせた。
それとカルッシュ将軍を呼んでもらった。
カルッシュ将軍は策を聞くと、混成軍で果たしてそんな連携が可能なのかと懸念を口にした。
それと、どこを決戦場に指定する気か知らないが、その間街道が利用できなくなる。
街道はマーリナ侯爵領の人たちや、その先のオスノヴァ侯爵領の人たちも使っている。
さすがにずっと罠が仕掛けてあったら怒られるのではないか。
第一、街道警備隊に仕掛けがバレバレになってしまう。
準備だけしておいて、一報を聞いてから急いで罠を仕掛けたら良い。
ザレシエはそう言うのだが、カルッシュ将軍は、それでは時間的な余裕が少なすぎると難色を示した。
決戦場はどこを想定しているのかとカルッシュ将軍が尋ねると、まだそこまではとザレシエは口ごもってしまった。
どうやってそこまで誘引するつもりなのかと聞かれると、ザレシエは、一戦して退却してもらうと答えた。
「それがどれだけ難しい事かわかっているのか? 兵というのは後退させれば簡単に潰走するんだぞ? 潰走したらもう立て直しは効かないんだ。そんな事もわからず策も何もないではないか!」
カルッシュ将軍は、ザレシエのあまりにざっくりとした策に怒りだしてしまった。
単なる都合の良い妄想に過ぎないとまで言った。
意気消沈するザレシエを見てドラガンは、ここまでの話を総合してカルッシュ将軍に尋ねた。
「逆に言えば、今の二点をしっかりと詰めれば、策として十分有用という理解で良いのですか?」
カルッシュ将軍はそうじゃないと言った後、反論する言葉を探してあちこちを見ている。
罠を隠す事とその罠に誘引する事、確かにそれができればというのはその通りだろう。
だがそれは、相手がそれに乗って来る事が前提なのだ。
つまり未知数という事になる。
「カルッシュ。端的に聞く。彼の策は有効か否か」
議論が平行線になりそうと感じたユローヴェ辺境伯は、カルッシュ将軍をギロリと見てそれだけを尋ねた。
カルッシュ将軍は口元に手を当て地図をじっと見つめ考え続けた。
「極めて有効だと思います。ですが……」
「先の会議で、あれだけの
カルッシュ将軍も急に言われても、パッと何か思いつくわけでは無い。
敵が乗って来るかどうかという点くらいだが、それも囮部隊を工夫する事でもしかしたら可能かもしれない。
「不具合という部分はすぐには思いつきませんが……」
「ならば良いではないか。懸念点は準備している間に考えよう。まず準備をせよ。今すぐにだ!」
「御意!」
カルッシュ将軍が部屋を出ると、ドラガンは先ほどイリーナから聞いた話を、そのままユローヴェ辺境伯に話した。
ユローヴェ辺境伯は目を伏せ静かに話を聞いている。
最初は拳を握りながら唇を噛んでいたが、公安が民に包囲され次々に狙撃され射殺されたと聞くと、こくりと頷いた。
だが責任者が逃げたと聞くと舌打ちをした。
「もはやロハティンの奴らに見せる慈悲など無い!」
その翌日、マチシェニが目を覚ました。
何が何だかよくわからないが、とにかくこれを飲めとザレシエにせかされ慌てて薬湯を飲んだ。
飲んだ後で、フローリンじゃないかと驚きの声をあげた。
かなり慌ててドラガンとエニサラが入室してきた。
マチシェニはドラガンに、あの二人は無事かと尋ねた。
マチシェニのおかげで無事だと、ドラガンはにこりと微笑んだ。
身を挺してベアトリスちゃんたちを守るなんてやるじゃんとエニサラが茶化すと、包帯だらけの顔でマチシェニは照れて唇を舐めた。
「しっかり薬を飲んで、体を休めて、早く傷を癒してよ」
ドラガンの温かい言葉に、マチシェニは小さく首を何度か縦に振った。
部屋を出る前にドラガンは、マチシェニの無念は僕たちが晴らしてやるとマチシェニの肩にそっと手を添えた。
ザレシエも何万倍にして返してやると拳を握った。
怪我が少し癒えたら皆で温泉に遊びに行こうよとエニサラが言うと、ザレシエは、あんまり大事の前にそういう事言うのは止めようなと注意した。
ドラガンとザレシエは大笑いした。
そこに慌てて執事がドラガンたちを呼びに来た。
「ついに奴らがロハティンを出発したそうです!!」
ドラガンたちが兵舎に駆けつけると、ユローヴェ辺境伯がこれから演説を行うところであった。
ドラガンたちが兵舎に入って来たのを見て、ユローヴェ辺境伯は大きく頷いた。
「兵士諸君! 我々がこれから対峙しようとしているのは、同じキマリア王国の兵である!」
だが彼らはこれまで、街道の各地で婦女を暴行し、略奪のために旅人を襲った。
驚くべき事に、これは山賊の行為では無く、これから対峙する街道警備隊の業務である。
悲しいかな我らが出資している街道警備隊の行った所業なのだ。
通達も無しに奴らはこのサモティノ地区を目指し侵攻を開始した。
我らには奴らの歪んだ性根を叩き直す必要がある。
奴らはまがりなりにも警ら隊であり、個々の武力は正規の国軍にも匹敵する強さである。
だが、だからといって腰を引くわけにはいかない。
「我らは我らの正義を貫くのだ! その為に皆の力を貸して欲しい!」
演説が終わると兵の士気は最高潮に達していた。
兵たちは鎧をカチカチ鳴らし、ユローヴェ辺境伯の命を待った。
「出陣!!!」
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