第61話 激突
街道警備隊はその仕事内容の関係上、竜に騎乗できる者が多い。
その為、出兵してきた街道警備隊は騎兵率が非常に高い。
だがそれはあくまで街道警備隊だけの話で、帯同したマロリタ侯軍はほぼ全てが歩兵だった。
今回遠征してきた街道警備隊の兵数は、侯爵軍一軍相当であるらしい。
街道警備隊の総数は侯爵軍二軍相当の数がいるのだが、さすがに本来の仕事を放置というわけにもいかなかったようで、最低限を残して半数が出兵してきたのだろう。
一方でサモティノ連合軍は、辺境伯の正規軍が二軍合わせて侯爵軍の半数弱。
そこに冒険者軍が加わる。
サファグン軍は侯爵軍より若干多いくらい。
つまり総数だけでいえば五分とまではいえないが、それなりにはなる。
ただし街道警備隊は腐っても軍人。
対してサモティノ連合軍は、半数以上がサファグンの民兵。
さらに残る四軍のうち二軍は冒険者の遊撃隊。
総合的に見れば圧倒的に街道警備隊側が有利であろう。
街道警備隊は昼過ぎにロハティンを出発し、マロリタ侯領で野営。
翌朝、食事をとってマロリタ侯爵軍と共に出立。
昼前にサモティノ地区に入った。
サモティノ地区が見えると、遠征軍を率いるホロゼウ副隊長は目の前の村を指さし、隊員たちに好きにしろと命じた。
隊員たちはその言葉に歓喜し、一斉に村に向かって行った。
マロリタ侯爵軍は、その光景に顔を背けた。
こんなのが主軍という事に一抹の不安を感じている。
この時点で街道警備隊は、全員竜から降り徒歩になっていた。
警備隊員が村に迫ると、村人たちは各村の冒険者たちの案内でサファグンの居住区に逃れた。
家の主がいなくなり思う存分略奪ができると家に押し入った警備隊員たちだったが、中の状況に首を傾げた。
パッと見でおよそ略奪するような物が何も無い。
靴箱を開けても靴一足無い。
台所に入ったがフライパン一つ無い。
寝室に入っても布団もなければカーテンすら無い。
探すだけ無駄と感じた警備隊員たちは、サファグンの居住区に持ち運ばれたと考え、松林を超えてサファグンの居住区に足を踏み入れた。
だがサファグンの居住区に入る入口は非常に狭く、筏に乗り込もうとしたところをサファグンたちに銛で突かれ、次々に命を散らしていく。
更に、砂浜で待っていた警備隊員たちも、投げられた銛に首を突かれ絶命。
逃げようとはしたのだが、砂浜に足を取られ思うように動けなかったらしい。
もっと東の村だったら荷物は持ち出していないはずと誰かが言うと、警備隊員たちは一斉にサファグンの居住区を離れ東の村に移動していった。
すると東の村から、女性エルフ――エニサラに率いられた女性冒険者たちが現れ、警備隊員たちに弓を放った。
最初は剣で矢を交わしていた警備隊員たちだったが、暫くすると冒険者たちが全員女性だという事に気が付いたらしい。
よく見ると女性冒険者たちは、皮防具くらいしか身に付けておらず極めて軽装。
しかも、どの娘もスカートが短く実に煽情的な恰好をしている。
女だ、女がいるぞと誰かが叫ぶと、警備隊員たちは剣を抜いて女性冒険者たちに向かって行った。
女性冒険者たちは悲鳴をあげて街道を東に全力で逃げた。
その声に興奮した警備隊員たちは、ただ己の色情のみを優先し女性冒険者たちを追いかける。
警備隊員たちも全力で追ったのだが、いかんせん金属鎧が重く中々追いつけない。
気が付けば全ての警備隊員が女性冒険者たちを追っているような状況になった。
「まずい! 謀られた!」
ホロゼウ副隊長は苦々しい顔で呟いた。
ホロゼウ副隊長は、追うのを止めろと叫びながら警備隊員たちを追いかける。
ピーと笛を鳴らし、戻れ、戻って来いと叫んだが、警備隊員たちは聞く耳を持たないという感じであった。
もはやこの時点で警備隊員たちは、いつものように、あの軽装の女性冒険者を押し倒して乱暴してやろうという考えしか頭に無い。
やむを得ずホロゼウ副隊長は、マロリタ侯爵軍に街道警備隊に合流するように依頼。
マロリタ侯爵軍は、渋々という感じで街道を急いで東に向かった。
逃げた女性冒険者たちは川を越え、その先で、橋に殺到した隊員を射殺していった。
橋の上に死体が積み上がり歩き難い状況なのに、後ろから早く渡れと押され、さらにそこを弓で射られる。
だが残念ながら遺体の山は築いたものの、それ自体は足止めにしかならなかった。
女性冒険者は数人が橋を渡ったのを見るとさらに東に逃げていった。
警備隊員たちにとって、もはや略奪は二の次になっていた。
完全に頭に血が上り、あの女どもを血祭にあげろと口々に叫んでいる。
泣き叫んでも絶対に許してやらん、そう叫んでいる。
ホロゼウ副隊長は、止まれ、止まれと叫んでいるのだが、聞こえていないのか、はたまた聞く気が無いのか誰も後ろを振り向きはしない。
途中の橋にさしかかると、散乱した死体の数にホロゼウ副隊長は絶句した。
わざわざ狭い橋で効率的に迎撃をしている。
しかも矢は綺麗に鎧の無い場所に刺さっている。
これだけの本数の矢を携行できるとは思えず、恐らくは事前に準備してあったのだろう。
最初はただ単に冒険者が村人を誘導しているだけかと思った。
だがこの状況を見るにきっとそうでは無い。
恐らくあれはこちらが最初から略奪に入るのを見越しての、奴らが最初から計画していた手順だったのだ。
二つ目の橋を越えたホロゼウ副隊長は、こちら側の岸と長い橋の上に山積みになった遺体の数に身震いした。
そしてここまで敵の遺体が一体も見当たらない事に戦慄を覚えた。
街道警備隊は完全にあの女性冒険者たちに誘引され、どこかに連れて行かれようとしている。
それは間違いなく罠の張ってある地点であろう。
だがもう遅い。
こうなったら後は数で踏み潰すしかない。
ホロゼウ副隊長はそう覚悟した。
ホロゼウ副隊長は、やっと街道警備隊に追いついた。
隊員をかき分け前の方に進み出ると、矢が飛んできて手で弾き落とした。
目の前にはユローヴェ辺境伯軍とドゥブノ辺境伯軍。
足下には漁で使う網が大量に無造作に敷かれている。
「街道警備隊風情が何の故あって我が領内を略奪した!」
ユローヴェ辺境伯が大声でホロゼウ副隊長に向かって叫んだ。
「貴様らが大罪人ドラガン・カーリクを匿ったからだ!」
ホロゼウ副隊長は剣の切っ先をユローヴェ辺境伯に向けて言い放った。
「そう言うからには、略奪した村でその人物を見つけたのであろうな?」
ユローヴェ辺境伯はホロゼウ副隊長を睨みつける。
「貴様を拘束しゆっくりと屋敷を捜索させてもらう!」
ホロゼウ副隊長の雑言に、たかが街道警備隊があそこまで増長できるのかとユローヴェ辺境伯は呟いた。
「かかれ!!!」
マロリタ侯爵軍が追いついたのを見たホロゼウ副隊長は叫ぶように命じた。
敵は少数、数と兵の質で押し切れる、そう判断したらしい。
だが、街道警備隊が動いても、ユローヴェ辺境伯軍もドゥブノ辺境伯軍も動かなかった。
街道警備隊は大量の漁網に足を取られ転倒する者が続出。
そこをユローヴェ辺境伯とドゥブノ辺境伯の軍が弓で狙撃。
やっとの事で敵に近づいても、両翼から漁網を引っ張られ転倒しそうになり剣がうまく振れない。
そこを長槍で突かれた。
だがそれでも敵に肉薄する兵は次々に出た。
これまで一方的にやられた街道警備隊は、初めて敵に損害を与えたのだ。
暫くすると網を境に完全に戦線が膠着しだした。
そこに村の方からサファグン軍と冒険者の遊撃軍が現れた。
サファグン軍は、短い銛に火の点いた松明と小さな油壺を括り付け、後方のマロリタ侯爵軍に投げつけた。
密集していたマロリタ侯爵軍は必死に服に点いた火を消そうとする。
だが足元の漁網にも魚の油が塗られていたようで、あっという間に漁網にも引火。
その火がマロリタ侯爵軍の兵を焼いていった。
戦線を離脱しようとしたマロリタ侯爵軍の兵たちは絶望的な光景を見る事になる。
後方の橋が落とされていたのだった。
対岸には冒険者の遊撃隊が弓を構えている。
退路を断たれたマロリタ侯爵軍は何とか火の海から逃れようと、火傷を負いながら村にいるサファグン軍に攻めかかった。
だが一人また一人と銛に突かれ倒れていく。
村とは反対のベルベシュティの森の方に逃れようとした兵も、包囲網を広げていたドゥブノ辺境伯軍の餌食となった。
漁網の火は街道警備隊にも襲い掛かった。
村に逃げようとした者はマロリタ侯爵軍同様サファグン軍の、森に逃げようとした者はドゥブノ辺境伯軍の餌食となった。
一方的な惨劇は一時間弱にも及んだ。
すでにマロリタ侯爵軍は多くが討たれたかベルベシュティの森に逃走。
街道警備隊も一部が森に逃げ多くが討たれた。
足下の漁網はほとんどが燃え尽きた。
最後にホロゼウ副隊長と数人だけが残った。
ホロゼウ将軍の服にも火は移っており、所々皮膚が焼けている。
残った数人の隊員も同様の状況である。
顔に火傷を負った者もいる。
ホロゼウ副隊長は、その目に信じられない光景を見た。
敵の最前線で、ドラガン・カーリクがこちらを見て薄笑いを浮かべているのだ。
「ドラガン・カーリク! 貴様!!」
そう叫んで突撃したホロゼウ副隊長は、ドラガンが盾から抜いた小刀に右目を刺された。
それでも剣を構え突っ込んできたところを、ムイノクが剣を弾き、コウトが首筋を斬りつけた。
残った隊員もユローヴェ辺境伯の兵たちに全員斬り殺された。
「我らの完勝だ! 勝鬨をあげよ!!」
ユローヴェ辺境伯の叫び声に兵たちは思い思いに歓声をあげた。
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