第3話 帰路
来た時同様、総督府の大広間で送別会が行われた。
レシア、ベアトリス、ペティアは、また着慣れないドレスに身を包み恥ずかしそうに広間にやってきた。
来た時の晩餐会とはかなり参列者の顔ぶれが変わっている。
最後まで空白だった資源管理部長も数日前にやっと決まったらしい。
わずか一月。
その一月でそれだけの人物が悪事を暴かれ、ある者は刑場の露と消え、ある者は牢の住人となった。
そういう意味で言ってもアルシュタの暗部がいかに根が広がっていたかという事であろう。
退院したばかりのアルディノがペティアの介護を受けながら参加している。
実はアルディノはかなりの酒好きでアルシュタに来る前は晩酌が欠かせなかったらしい。
ところがアルシュタに来て宿泊所で呑んだ酒のまずさに驚いた。
さらにそこから何だかんだとずっと酒が呑めずにいた。
久々に良い酒が呑めると思いきや、ペティアに傷に障るから駄目と監視されている。
レシアはとにかくドラガンの横を離れない。
ドラガンがどこかに行くとちょこちょこと後を付いてくる。
結婚し夫婦になったはずなのに、ドラガンはとくに甘い生活を送ってくれるでもなく、いつもと変わらぬ日常を送っている。
レシアからしたら未だに近所の妹みたいな娘扱いされている気がしている。
そのせいでレシアは近くにいないと何かと不安で仕方がないのだ。
それを察したのだろう。
ヴァーレンダー公がドラガンに子供が出来たら必ず報告しろと厳命した。
アリーナもどんな子なのかしらと二人を見ながらヴァーレンダー公に言った。
さすがのドラガンもレシアを意識したらしく顔を赤らめた。
余った二人、ベアトリスとザレシエは二人でしっぽりと呑んでいる。
元々二人は特に何かがしたくてアルシュタに来たわけではない。
目的はドラガンのやる事を見る事だった。
そういう意味では養殖の研究をしていたアルディノ、絵画をしていたペティアとはかなり趣を違えている。
どうやらベアトリスが何かザレシエに衝撃的な事を言ったらしく、ザレシエが豪快にむせる声が大広間に響き渡った。
最後にヴァーレンダー公とドラガンが大広間の最も目立つ場所に二人で立った。
「諸君、少し歓談を止め聞いてもらいたい」
ヴァーレンダー公はそう言って皆の耳目を集める。
「私はこのカーリクに会い、竜産協会の悪事を目にし、一つの決断をするに至った」
そう言うとヴァーレンダー公は人差し指を立てた。
「私は『君側の奸』を排除する! 排除するのは竜産協会に関わる者どもだ! すなわち理事長のオラーネ侯、宰相のホストメル侯、西府総督ブラホダトネ公」
ヴァーレンダー公から発せられた名前があまりにも大物揃いで参列者がざわつき出した。
「この国には侯爵以上の領地を持つ貴族は十一人いる。恐らくもうすでに何人かは取り込まれている事と思う。対して我らの陣営は明確に味方を表明してくれるのは閨閥であるコロステン侯とボヤルカ辺境伯くらいであろう」
つまり多くは中立。
形勢は圧倒的に不利。
「だが! それでも! 私は決断をした! 何故ならここにどんな劣勢も覆らせることのできる人物カーリクがいるからだ。そしてそのカーリクは私に盟友になると言ってくれた」
おおという歓声が大広間に響き渡った。
「私はカーリクという『黄金の槍』を掲げ、中立を決め込もうとする貴族たちの切り崩しに入ろうと思う。まずは秋の議会だ。そこで一人でも多く陣営に取り込んでみせる」
半数を六人とし、四人を取り込む事ができれば形勢は圧倒的に有利に運ぶ。
ゼレムリャ侯爵は、これまでの交際の経緯から取り込みは容易だろう。
マーリナ侯、オスノヴァ侯はドラガンと懇意というから、ドラガンの名を出せば取り込めると考える。
もう一家。
ソロク侯爵かスラブータ侯爵、どちらかの取り込みができれば体勢は決する。
「勝機は十分にある!! だが、相手は大陸随一の陸軍を有するロハティンだ。戦になれば、かなりまで厳しい展開を強いられるだろう。そうならない為に手段は尽くす。だが万が一に備え覚悟をしておいて欲しい」
ヴァーレンダー公がそう締めると参列者がひと際大きな歓声をあげた。
翌日、ドラガンたちを乗せた軍船がアルシュタを発った。
来る時と同じ小型の軍船である。
来る時よりも圧倒的に人が増えており、同部屋になる者が多かった。
来る時ドラガンたちは部屋を広々と使っていたのだが、ドラガンはレシアと、アルディノ、ザレシエが同部屋、ベアトリスとペティアが同部屋になっている。
さらに、プラマンタたち、アテニツァたち、イボットとエピタリオンという部屋割りになった。
ベアトリスとザレシエは船を見ただけで来る時の悪夢が蘇ったらしく吐きそうな顔をしている。
船に乗り込む前、六人は商店を駆け回って大量にお土産を購入している。
相変わらずドラガンは姪のエレオノラをあやす玩具をしこたま購入。
レシアとベアトリスは一緒に母へのお土産を選んでいる。
そんな中アルディノはザレシエに、母の土産を買うから付き合って欲しいと二人でこそこそ言い合っていた。
それを聞いたイボットが俺が護衛すると言って三人で別れて買い物に出かけて行った。
ペティアはそれを、どうにも怪しいと感じていたらしい。
船が出るとイボットはアルディノたちの部屋に入って行った。
それをベアトリスが目撃したらしい。
ペティアは部屋から飛び出すと、無作法にもノックもせずにアルディノたちの部屋の扉を開けた。
すると案の定三人はこっそりと酒盛りをしていたのだった。
「傷に障るけえ酒はつまらんと先生からきつう言われとるじゃろ! 何でそがいにこそこそと隠れて呑んどるの! あんた達もあんた達よ!」
ペティアに猛烈に叱られ、三人はしゅんとし酒も取り上げられてしまった。
さらにザレシエは、あなたでは監視にならないと言われ、部屋を交換する事になってしまった。
イボットは何で俺までとボソッと呟いた。
するとペティアは腰に手を当てギロリと睨んだ。
イボットはその迫力に怯み、すみませんでしたと謝った。
前回と同様にオスノヴァ侯領で一泊し、マーリナ侯領で一泊し、エモーナに村に帰る事になった。
前回もそうであったが、船に初めて乗る者にとっては常に地面が揺れているというのは中々に慣れないものである。
アテニツァは少し波が高くなると、すぐに自室の網で横になったが、クレニケは揺れる揺れると言って大喜びしていた。
イボットとエピタリオンも同様であった。
数時間後三人は船から身を乗り出して色々な物を吐き出していた。
それでもエピタリオンはまだマシである。
体に紐を縛って飛べば揺れから開放されるのだから。
だがクレニケとイボットはそういうわけにいかない。
アルディノから上を向いて寝ていろと言われ、二人は甲板で横になって空を見続けた。
二泊目のマーリナ侯に挨拶した時のことであった。
夕食会の後でマーリナ侯は、ドラガン、ザレシエ、アルディノに、少し話があると言って自室に迎え入れた。
家宰デミディウが紅茶を運んできてマーリナ侯爵の隣に座った。
あまりにもマーリナ侯が険しい表情をしているので、三人はどうやら何か大きな事が起こったらしいと察した。
マーリナ侯はお茶をひと啜りすると大きくため息をついた。
「悪い知らせだ。ドゥブノ辺境伯家で内紛があった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます