第2話 訪問者
イボットの訪問から数日、他にもドラガンを訪ねてくる者があった。
皆目的は同じで、ドラガンが村に帰るという話を耳にし、一緒に連れて行って欲しいという者だった。
まずやって来たのは、ゲオルギオス・エピタリオンというセイレーン。
赤髪で、比較的面長な顔の多いセイレーンにしては、がっちりした顎をしている。
ドラガンが毒の沼地の作業を始めるにあたり、ベルベシュティ地区へ竹の買い付けに行ってもらった。
その時のセイレーンの一人である。
そこから今日までアルシュタとベルベシュティ地区を何往復もしてきた。
エピタリオンは生まれつき肉付きが良く、あまり速く飛ぶ事ができない。
そのせいで、それまでは日雇いの倉庫整理の仕事を行っていた。
だが労働環境はお世辞にも良かったとは言えず、その上給金も少なく非常に貧しい生活を強いられていた。
そんな中、竹の買い付けという仕事を得る事になった。
だがよく考えると沼の事業は、ある程度進んでしまえば竹の買い付け頻度がぐっと落ちる事になる。
そうなれば年長である自分はお払い箱になるかもしれないと考えるようになった。
年齢はアルディノより上ということなので、これまでかなり苦労してきたのだろう。
であればいっその事ドラガンに付いて行き、ドラガンが何かしら事業を起こした時にそれに参加する方が良いだろうと考えるようになった。
第一そっちの方が楽しそうである。
投げ斧が得意らしく、冒険者か猟師をして生計を立てようと思うと喜色をあらわにした。
次に訪れたのはトロルのアテニツァ。
弟弟子のクレニケも一緒である。
アテニツァはエモーナ村から戻る船の中でドラガンの警護をしたいと考えていた。
そこで自分の集落に戻り武芸者マクレシュの門を叩いた。
いくつかの武器を試す中で柄の長い斧である
そこからマクレシュに徹底的に鉞の使い方を学んだ。
どのような武器も基本は体捌きだと、毎日のように体捌きを学んだ。
気が付けば重い鉞を手にしながら飛んできた矢を薙ぎ切るという曲芸を体得するまでになった。
そんなアテニツァから、クレニケは毎日のようにドラガンの話を聞いた。
その多くは沼での作業の話である。
人間なのに亜人を全く見下さない不思議な人だと。
一緒にいた人たちも同様だった。
だがそんな人いるわけがないとクレニケは全く信じていなかった。
トロルの集落を訪れたドラガンたちは、はたして兄弟子の言う通りの人であった。
それどころか、農作業を覚える為に沼地に来るようにとトロルの集落の事まで考えてくれた。
クレニケにも姉がおり、その案内でアテニツァの姉夫妻たちと共に沼地に向かった。
驚いた事に、沼地の宿泊所には学校が作られ作業員の子弟が学べるようにしてくれていたらしい。
兄弟子の言うように、この人なら身を預けても問題無いとクレニケは感じた。
そこからは兄弟子との鍛錬にも一層身が入り、二枚の板斧を巧みに操り、長物を扱う兄弟子と互角にやり合えるまでになった。
二人は村に行ったら冒険者をやりながら農業を学びたいらしい。
最後にプラマンタが訪れた。
正直言ってプラマンタが村に付いて行くと言い出すとは思わなかった。
そもそもプラマンタは、家宰ロヴィーの大抜擢でセイレーンながら執事に就任した人物である。
執事として他の人間の執事と同じ給金を貰っている。
生活に何ら不満は無いはずである。
不満が無いどころか、アルシュタ中のセイレーンの希望だったはずなのだ。
話を聞いてドラガンは呆れ果てた。
レシアもザレシエもベアトリスも呆れている。
ペティアだけ大爆笑だった。
実はプラマンタは二人の女性と交際をしていたらしい。
一人はニキ、もう一人はエレニ。
厳密に言えばニキは彼女、エレニは浮気相手。
そのエレニから求婚を迫られたらしい。
返答を渋っていると、エレニはゆっくり考えてくれたら良いと微笑んだ。
その後酒場に行って二人で酒を呑んだ。
どういうわけかもの凄く酒の回りが早く、不覚にも眠ってしまった。
気が付くとエレニの自宅だった。
お互い裸。
悲しいかな何も覚えていない。
焦って変な汗をかき、ベッドで動揺しているプラマンタの胸に手を這わせ、裸のエレニは衝撃的な事を言い出した。
「昨日はどえらい楽しかったね。ねえ、『あの娘じゃなく、私の事選んでくれるよね?』 良いがでしょ?」
その言葉にプラマンタはぶるりと震えた。
しかもそこで初めて、エレニの父がセイレーンの中でも、かなり質の悪い集団の幹部だという事を聞かされた。
ニキの身が危ない!
プラマンタは家に帰らず真っ直ぐニキの家に向かった。
するとニキは服を剥がれ下着一枚にされており、今まさにエレニの父親の部下によって襲われるというところであった。
泣き叫んでいるニキをプラマンタは抱きかかえ、窓から抜け出した。
当然部下たちも追ってくる。
どこか安全なところは無いか。
焦る中必死に考えた挙句、総督府に逃げ込んだ。
さすがに追手は諦めてくれたが、問題はそこからであった。
とりあえずニキに着ていたジャケットを着せ、椅子に座らせ、気分を落ちつかせた。
「ねえ、どういう事? 何で私があんな目に遭わんといかんの?」
悲しいかな場所は総督府である。
プラマンタを知っている者たちがわんさといる。
「悪い女に騙されてまったんだわ。そのせいで君に危険が及んでまって……」
プラマンタの説明に、それまで泣いていたニキは目を細め、プラマンタの顔を睨みつけた。
「それって浮気しとったって事? どういう事なの? 前聞いたよね? 浮気したりしとらんよねって。それが何でこんな事になるの?」
ジャケットを掴んでいた手を離したせいで、下着が露わになっているが、ニキは気にせずプラマンタを問い詰めた。
プラマンタはせめて下着を隠そうとジャケットを閉めてあげようとしたのだが、手を払われ頬を叩かれた。
「いやらしい! 私怒っとるのよ? よう、そんな気になるわね」
周囲からクスクスという失笑が聞こえる。
嫌、そうじゃなくと言ったプラマンタの目線の先にロヴィーの姿が映った。
ロヴィーは何も言わずプラマンタを手招きした。
その表情は今まで見た事もないような冷たいものであった。
プラマンタとニキはロヴィーに呼ばれ執務室に連れて行かれた。
そこで何があったのかじっくりと喋らされた。
喋らされた上で正式に解雇の通達を受けた。
「数日後にカーリク様たちがエモーナ村に戻られる。お前たちもその船に乗ってエモーナ村へ行け。さすがにそのセイレーンたちもエモーナ村までは追っては来ないだろう」
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