第四章 反撃

サモティノ地区エモーナ村

第1話 イボット

 ドラガンとレシアの結婚式から三日が過ぎた。


 ヴァーレンダー公は、ドラガンがどのような人物であったのか街の人の耳に入るように酒場へ噂を流させた。

街の南西にあった広大な毒沼を耕地に変えようとてくれている人物だと。

この町にはびこる亜人差別を少しでも撲滅する為である。


 ただ、そんな突飛な話は噂で聞いた程度では中々信じられなかった。

だが一度それが事実だとわかると、今度は、あの人物は何者なのだという疑問が人々の口に上るようになった。


 こうして竜産協会の暴挙の数々がアルシュタの人々に周知される事になった。


 それでも、この街で昔から噂されていた『神隠し』が実は噂ではなく事実で、それを行っていたのが竜産協会というところまでは、にわかには信じてはもらえなかった。

だがこれも事実で、少し前に連日公開処刑になっていた者たちがその当事者であったと知ると、市民たちの竜産協会への怒りは頂点に達した。


 その頃合いを見て今度はドラガンが街を去るという噂が流された。

そしてその原因が、漁師数人がドラガンの妻を強姦しようとし、憲兵隊員がその女性を守ろうとしたドラガンの友人のサファグンを暴行したからだと知った。


 市民たちの怒りは憲兵隊に向けられた。

だが、その憲兵隊員がドラガンの友人を暴行した理由を知ると市民たちの怒りは急速にトーンダウンした。


 ”亜人だから、下級市民だから”

自分たちが当然だと思っていた事が原因で賢人を手放した。

しかも自分たちが普段蔑んでいたセイレーンがドラガンの妻を助け出し、うち一人は命を落とした。

市民たちの中で亜人に対する考えを改めようという雰囲気が芽生え始めたのだった。




 そんな中、ドラガンを訪ねてくる者がいた。

誰だろうとドラガンが玄関に向かうと、一人の男性がかなり着飾って立っていた。


「こんにちは。今日はちょっとしたお願いがあってきました」


 男性はそう言うと顔に喜色を浮かべた。


 食堂に案内するとレシアが紅茶を淹れて持ってきた。

男性はレシアに結婚の祝辞を述べた。

するとレシアは、顔を真っ赤に染め上げて、ありがとうございますとぺこりと頭を下げた。


「どうされたんです? 僕にお願いって?」


 男性は以前ピクニックの時に護衛で来ていた男である。

名前はヴラドレン・イボット。

年齢はポーレと同じくらいだろうか。

髪は濃茶で短髪、背は比較的大きく、冒険者らしくがっちりとした体形である。

得物はやや長めの片刃刀。

それ以外に片鎌槍も使えるらしい。


「風の便りで街を出るとお聞きしました。故郷に戻るのだとか」


 イボットの言葉にドラガンはかなり落ち込んだ顔をする。


「……故郷は……もう無いんです。竜産協会の奴らに潰されてしまって。帰る先は妻の実家ですね」


 またも竜産協会の名が出てイボットは怒りで拳を握りしめた。




 ――あの時、ドラガンたちの護衛に冒険者は三人志願した。

一人は竜産協会に内通していたニヴァ。

もう一人はイボットの幼馴染のスヴィルジ。


 スヴィルジには姉がいた。

名はナディア。

近隣でも美しいと評判の女性であった。

いつもにこやかで、優しくて、お日様のような女性であった。

スヴィルジよりも五つ上で、スヴィルジとイボットはナディアに兄弟のように可愛がられていた。

ある日ナディアは友人の女性数人で街に買い物に出かけた。

だが、ナディアだけ途中ではぐれたらしく帰って来なかった。


 当時、学生だったスヴィルジとイボットは街中を探し回った。

学校が休みのたびに街に捜索に出た。

スヴィルジの両親が神隠しに遭ったと諦めても二人は諦めなかった。


 そして二人は学校を卒業し冒険者になった。

目的はもちろんナディアの行方を探る為。


 二人とも昔から片刃刀の扱いが上手く、すぐに冒険者としては一流の稼ぎをするようになった。

そんな中、ひょんな事から二人はナディアの噂を耳にする事になる。

正確に言うとナディアの噂ではない、『神隠し』に遭った女性の噂である。


 万事屋の主人が美女の情報を怪しげな人物に流しているのを偶然耳にしたのだ。

その数日後、一人の女性が『神隠し』に遭ったと言う情報が聞こえてきた。


 もしかしたら姉さんも。

そう考えはするのだが、二人にはそれ以上どうする事もできなかった。

何故ならその怪しげな人物が竜産協会の支部の人物だと知ったからである。


 ところがここに来て竜産協会の支部に大規模な調査が入った。

どうやら賓客として招かれた人物が誘拐されたらしいと言う情報が万事屋に入ってきた。


 ある程度、憲兵隊の詰所が落ち着いたところで二人は詰所に足を運んだ。

ナディアの名を言い被害者名簿に名が無いか調べてもらった。

すると確かに名前があった。

そして『売却済』となっていた。

売却先は裁判長。


 法の番人である裁判長がナディアを誘拐したというだけで二人にとってはかなりショッキングではあった。

さらにショックだったのはナディアは既に亡くなっており、竜産協会が極秘裏に始末したという事であった。


 二人は長年手を尽くして探っていた事を解決してくれたドラガンという賓客に興味を持った。

そして総督府から護衛の依頼が来ると積極的に受けた。

二人の腕前は万事屋も承知しており、断るわけにいかなかった。


 そしてスヴィルジはドラガンたちを守って散った――



「俺の命、カーリクさんに預けようと思うんです。死んだ友とその姉も、きっと俺の決断を喜んでくれると思うんですよ」


 ドラガンは身の上話を聞いた上でなお困惑している。


「何も無い村ですよ? エモーナ村は普通の漁村ですから。それもちょっと貧しい部類の」


 ドラガンの説明にレシアが、私の故郷を悪く言うなと言ってドラガンを小突いて笑い出した。


「何も無いわけないじゃないですか。だって、あなたがいるんですから。スヴィルジのやつが生きていたらきっと言ったと思うんですよ。あなたの背中は俺が守りますって」


 イボットは実に良い笑顔をしていた。

その笑顔にドラガンもつられて笑顔になった。


「来るものは拒みませんよ。万事屋の事ならベアトリスに聞いてください」


 そこまで言うとドラガンは何かを思い出し鼻を鳴らした。


「似たような事を言ってる人が万事屋にいますけど喧嘩しないようにね」


 ドラガンが言う人物がムイノクの事だと察したレシアはクスクスと笑い出した。

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