第8話 新婚旅行
「実は造船所の事で相談があるんだ」
エモーナ村に戻った翌日、ポーレはドラガンに仕事の悩みを相談している。
内容はそれなりに深刻だった。
現在ポーレ造船所はエモーナ村から近隣の村へ作業場を移している。
ところが、そこで衝撃的な事実を知る事になる。
船はずっと海に浮かべておくと船底に『ふじつぼ』という虫が付いてしまう。
そうなると航行に支障が出たり素材を傷めてしまったりする事になる。
その為、定期的に陸に上げて『ふじつぼ』を除去しないといけない。
近隣の村々の造船所では、船を作業場に上げる際に牽引をさせる竜がいなかったのだった。
昔はいたらしい。
だがかなり以前に亡くなり、増税の関係で新たな竜を購入できず、船の下に丸太を敷いて綱を付けて、村人総出で引き上げていたらしい。
ただ一度海に入れた丸太は急速に朽ちてしまう。
その為非常に金がかかる。
それでも竜が買えない以上はやむを得ないと船主たちも諦めているのだそうだ。
残念ながらポーレたちの竜もかなり高齢で、いつ倒れても不思議じゃない。
そこで、何か人の力だけで、できれば数人で船が上げられるような何かを考えて貰えないかというものだった。
新婚旅行だというに夜になるとドラガンは、ああでもない、こうでもないとぶつぶつ言って紙に何かを描き始める。
レシアもドラガンがこういう人だというのは知っているので、不満はありながらもやむを得ないと感じてはいる。
だが帰った後の事を考えると非常に気が重い。
きっとドラガンは旅行から帰ると嬉しそうにアリサのところに行き、考えたものを報告するのだろう。
そこでアリサはドラガンがレシアを放置し造船所の事を考えていた事を知って激怒する事になる。
レシアとしては、自分の為にドラガンがアリサに叱られるというのも心苦しく思うのだ。
新婚旅行は四泊五日。
一日目、二日目の夜はレシアも我慢した。
三日目の夜。
レシアは机に向かって悩み続けるドラガンを全力で誘惑する事にした。
レシアもそろそろドラガンの扱い方を心得てきている。
ドラガンは甘えられるのと、目の前でか弱い存在が困っているという状況に弱い。
そこでレシアは布団の上で足を外に出してぺたりと座り込み、泣き真似を始めた。
ドラガンはかなり困惑して、どうしたのと近寄って来た。
そこでレシアはドラガンに抱き着き、結婚したのに一人にされて寂しいと声を震わせて呟いた。
明らかにドラガンが動揺している。
ドラガンは何か言い訳をしようとしたと思われる。
だがレシアは唇を当てて言葉を遮った。
そしてそのまま浴衣を脱いでドラガンに身を委ねた。
気が付くと朝を迎えていた。
レシアは裸のまま、可愛い顔をドラガンに向けて満足そうな顔で寝息を立てている。
ドラガンは目を覚ますとレシアの頭をそっと撫でた。
これが結婚という事なのか。
ドラガンは、えも言われぬ疲労感に襲われたのだった。
ドラガンの腕にレシアは抱きつき朝食の広間にやって来た。
どんよりとしたドラガンの顔、それと対照的な晴れやかな顔をしているレシアの顔。
それを見たアルディノたちは多くを察した。
さすがにそこは全員大人である。
茶化したりという事はしなかった。
ただ女性陣は妙に仲良くなり、朝から大はしゃぎしている。
ビュルナ諸島は大陸北西部の一大観光地だけあり様々な施設がある。
自然を眺められる公園もあれば、六種族全ての神社や教会もある。
釣りもできるし、野外で料理をして楽しむ事もできる。
大きなプールもあるし、演芸場まである。
食堂街もあり、食べ歩きまでできるようになっている。
何なら夜の歓楽街もある。
四泊五日と言っても、する事に困るという事は全くない。
むしろ、あれもしたかった、これもしたかったという感覚になる。
だからまた次も来ようとなるのである。
ドラガンは、ザレシエと温泉にゆったり浸かっていた。
二人で例の造船所の話をして、困ったもんだと言い合っている。
そこにアルディノとプラマンタが現れた。
二人ともすっかりビュルナ諸島を満喫している。
温泉は皆で浸かる公共の場である。
その為、各種族それなりに制限がある。
一番制限があるのがセイレーンである。
セイレーンの翼には、かなりの油分が塗布されている。
それによって雨が降っても濡れずに空を飛べるようになっている。
だが、こういう施設では湯に油が溶けて浮いてしまう事になる。
その為セイレーンは、翼に専用の袋を被せてもらい、湯舟に入れないように湯舟の端で入るように制限されている。
アルディノとプラマンタは、この旅行ですっかり仲が良くなった。
二人とも酒好きで、暇さえあれば妻の目を盗んで酒を呑んでいる。
恐れ入った事に温泉にまで盆に乗せ酒を持ち込んで、温泉に浸かりながら酒をちびちび呑み始めた。
酒は麦を発酵されたものを熟成させたそこそこ強いものである。
それを温泉水で割って呑むのだ。
二人はくだらない冗談を言い合ってゲラゲラ笑っている。
ドラガンは風呂からあがろうとし、ふと二人が呑んでいる銚子が気になった。
空になり盆の上で倒れている銚子を借りると、中に湯を入れ湯舟の外に捨てる。
空の銚子を湯に浮かべると銚子は湯に浮かぶ。
銚子は横に倒れ、中に湯が入り湯の中に沈んで行く。
ドラガンは湯の中で銚子をころころと転がした。
もう一度中の湯を捨て半分だけ湯を入れてそっと湯に浮かべると、銚子は半分だけ湯に沈みぷかぷかと湯に浮いた。
ドラガンはそれを指でつんつん突いている。
さらに銚子のくびれた部分を持って、もう片方で底の太い部分を持って、ねじるように回そうとしている。
何度かねじっているうちに、手が滑って湯の中に落とした。
アルディノとプラマンタは酒を呑みながら、幼子のように無言で銚子で遊んでいるドラガンを不思議そうに眺めていた。
ザレシエは、さすがに付き合いが長くなってきており、ドラガンが何か思いついたらしいと感じた。
「カーリクさん、どうかしたん? 銚子が浮いてるんが不思議なん?」
ザレシエに声をかけられ、ドラガンははっとした。
夢中になりすぎていた事に自分でも気が付いたと見える。
「銚子ってさ、沈んでる時と浮いてる時、動かそうとするのに必要な力が全然違うんだよ。浮いてる時は、ほんの少しで良いんだ」
三人はドラガンのひらめきに、だからどうしたという顔をしている。
「だから……あれ? さっき何かが見えた気がしたんだけどなあ。何だったんだろう?」
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