第59話 盟友

 ついにこの日が来た。

ヴァーレンダー公はその日のスケジュールを見てそう感じた。

スケジュールの中にドラガンの面会が予定されていたのである。


 とはいえ、ヴァーレンダー公ももう周囲から色々と話は聞いていて、それなりに覚悟はできている。

だから問題はそこではない。

ヴァーレンダー公は既にもう一つの覚悟をしているのだ。


 『国王と側近たちの糾弾』

いわゆる『君側の奸』を排除しようとしているのである。

その為には、どうしてもドラガンの名声が必要なのだ。


 そもそも、その『君側の奸』たちが生み出してしまった怪物が、このドラガンである。

奴らが口封じしてきた者たちが必死に守り通した人物。

奴らと事を構えてでもという覚悟で守り通したベルベシュティ地区の人たち。

実際に奴らと事を構えて守り通してきたサモティノ地区の人たち。


 かつてベルベシュティ地区のボヤルカ辺境伯が進言した事がある。

ドラガンを味方に付ける事ができれば多少の劣勢など簡単に覆ると。

アルシュタを離れるのだとしても陣営にはいてもらいたい。

ここからはヴァーレンダー公の交渉力が関わってくる。




 ヴァーレンダー公は執務室では無く応接室で応対する事にした。

あくまで賓客として扱う、そういう礼節である。


 家宰のロヴィーも退室した。

飲み物と菓子を持ってきた執事も、二人の前に置くと退室していった。

広い部屋に二人きり。

重苦しい空気が漂っている。


 出された紅茶をひと啜りすると、ドラガンは天井を仰ぎ見て細く息を吐いた。


「今日はお時間をいただきましてありがとうござます」


 ヴァーレンダー公はなるべく平静を装い、ニコリと微笑んでいる。


「それで、その……村に帰らせていただこうと思い参りました。ここまで一月、本当によくしていただきました。その上でこのような事を言うのは非常に心苦しいのですが……」


 ドラガンは非常に申し訳なさそうな顔をしている。

ヴァーレンダー公は眉をひそめ困り顔をしている。


「その……理由が聞きたいな。いや、何となく察しはするのだよ。こちらに来てから、ペティアさんの誘拐、ピクニックの襲撃、そして今回の暴行と、ろくでもない事ばかり起きてしまったからな」


 わずかひと月の出来事とは、とても思えない重大事件ばかりである。


「私の統治能力はこんなにも低かったのかと、私自身もこの一月は自省の念に押しつぶされそうだったくらいだからな。それだけに君やザレシエ君のような外部の賢人の力を借りれたらと考えたんだがね」


 ヴァーレンダー公の言葉にドラガンは作り笑いを浮かべた。

そのドラガンの表情から、『村に帰る』という決定は覆せないとヴァーレンダー公は感じた。


「その……何が最後の決め手になってしまったのか教えてはもらえないかな?」


 ドラガンは少し考え紅茶を口にした。


「元々、ある程度沼の耕地化に目途が付くまでと考えていたんです。そこに暴行事件が起きてしまい、レシアが限界になってしまって……」


 ドラガンが言いづらそうにそう言うと、ヴァーレンダー公は、なるほどなと言って顎を触った。


「私が以前誘った内容を覚えているだろうか。二つあった。一つはこの街に移住して欲しいという事。それは今断られた。もう一つの誘いについての返答を聞かせてもらいたいな」


 ヴァーレンダー公が言うもう一つの誘い。

それはヴァーレンダー公たちの『御旗』になって欲しいという事である。


 ある意味で言えば、街に移住して欲しいというのはアルシュタという街に対する勧誘である。

もう一つの御旗になって欲しいという勧誘は、ヴァーレンダー公たち貴族に対する勧誘である。


「私は具体的に何をすれば良いのでしょう? 『御旗』と漠然と言われても、その……いまいち何も見えてこないのですが……」


 ヴァーレンダー公はドラガンの言葉に重要な事を言い忘れていた事に気付き思わず笑みが漏れた。



「そうであったな。私はね、こう見えて王位継承権を持っているんだよ。今の国王は前国王である父を弑逆した大罪人なのだ。そして、それをエルフの前族長に罪を被せた。私はその行為を未だに許してはいないのだ」


 ヴァーレンダー公の話にドラガンはガタンと席を立った。


「え? ドロバンツ族長は奴らに嵌められて殺されたんですか?」


「そうだ! ちょうど私はあの時アバンハードの自分の屋敷にいたのだ。そこで宮廷警備隊の者から直接報告を受けた。その警備隊員は国王暗殺の密談をしているところも偶然立ち聞きしてしまったらしい」


「では、その警備隊員の身が危険なのでは?」


 ドラガンの指摘にヴァーレンダー公は両手の拳を握りしめた。


「くれぐれも彼の身の安全を図ってくれと厳命したのだがな。ふと夜中に庭に出た拍子に射殺されてしまったのだそうだ。今だからわかるが、恐らく奴らに雇われたグレムリンの仕業だろう」


 ドラガンはヴァーレンダー公の話に脱力し、椅子にへたり込んでしまった。


「どうだ? そんな奴らにしっかりと罰を与えたいとは考えないか? 私は立つ事にした。だが残念ながら敵は強大なんだ。なにせ、国王、宰相、ロハティン総督、竜産協会が手を組んでいるのだからな」


 つまりこの国の権力の五つのうち四つが悪事の為に手を組んでいるという事になる。


「君が『御旗』になってくれれば、中立の者たちがこぞってこちらになびく事になる。君はそんな事は無いと思っているかもしれないが、今や君の名にはそれだけの力があるのだよ」


 ヴァーレンダー公は机の上で両手を組み極めて真面目な顔でドラガンを見ている。


「この話、断るなら断るでも良い。だがそれはすなわち、君と君の仲間たち、君に関わった村の村人たちの死を意味するだけだ。私には選択の余地など無いと思うのだが……」


 ドラガンは机を見ながらじっと黙っている。

ドラガンにも選択の余地が無い事くらい薄々感づいてはいるのだ。

だがここではいと答えればもう後戻りはできない。


「やはり、『御旗』はさすがに私には重すぎます。ですので、こういうのはいかがでしょうか。『盟友』になるというのでは」


 『盟友』

あくまで御旗はヴァーレンダー公で、その最大の支援者がドラガンたちではどうかという事である。

ドラガンの才や名前は、ヴァーレンダー公が好きに活用しても良いという事になるだろう。


 恐らくザレシエの策だろうとヴァーレンダー公は察した。

だが妥協点としては中々に良い線であろう。



「わかった。それで行こう。私たちは今日から『盟友』だ!」

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