第60話 縁
「だが残念ながら、このまま君を村に帰すわけにはいかない。盟友になったからには、それなりに私も君に対等に要求をさせてもらう」
そう言うとヴァーレンダー公は口元を緩めた。
ドラガンもそれについては納得しているようで構いませんと頷いた。
「私としても君と何かしら特別な縁を持っておきたいのだ。そこで……」
そこまで言うと、ヴァーレンダー公はニヤリと何か悪だくみを思いついたような顔をした。
ドラガンはその表情を見て、早まったかもしれないと若干後悔した。
「私はご存知の通り貴族だ。貴族が縁といえばそれは血縁の事だ。だが私は政略結婚を強要するような無粋な男では無い。そこで、代わりに君の結婚の仲立ちをさせてもらいたい」
ヴァーレンダー公の申し出にドラガンは露骨に困惑した。
「そうでなければ、私はともかく君たちに常に心を配っていたアリーナが納得せんだろう。どうかな?」
ドラガンは予想だにしていなかった要求に言葉を失い口をぱくぱくとさせている。
これまで見た事も無い姿に、ヴァーレンダー公は必死に笑いを堪えた。
「何、いづれにしてもアルディノが回復するまでは村には帰れないだろう? その間にじっくりと決めたら良いさ」
ヴァーレンダー公はドラガンの肩をパンと叩き高笑いをした。
「あの……ヴァーレンダー公でしたら誰を選びますか?」
思わぬ質問にヴァーレンダー公は急に真顔になり考え込んだ。
「そうだなあ。私はあの三人なら……ベアトリスさんかな。あくまで私の趣向の話だがね。君には君の趣向があるだろ? それに忠実に従ったら良い話だよ」
執務を終え家に帰ったヴァーレンダー公は、アリーナに昼間の話をして笑い転げた。
アリーナも話を聞いて笑いが止まらなかった。
「悪い人ですね。そんな無理難題を」
アリーナは口元を隠してクスクス笑っている。
「ああでも言わないと、あの者は永遠に伴侶を持とうとはせんだろう。そこを奴らに付け込まれ、向こうに付かれたらたまったものではないからな」
ヴァーレンダー公はそう妻に説明した。
だが完全に目が笑ってしまっている。
「そんな建前をおっしゃって。本心はどうなんです?」
ヴァーレンダー公はコホンと咳ばらいをした。
「半分は本心だよ。もう半分はちょっとした返報だ。私の誘いを蹴った事へのな」
ヴァーレンダー公は、がははと笑い出した。
悪い人とヴァーレンダー公を責め、アリーナはクスクスと笑い続けた。
「どうしたの、ドラガン? 総督府から帰ってから何か変よ? 何かあったの?」
食堂で頭を抱え、ため息ばかりついているドラガンにベアトリスが尋ねた。
ザレシエも、もしかして交渉が上手くいかなかったのかもと、かなり心配している。
「ヴァーレンダー公との交渉は上手くいったよ。だけど、一つ条件を出されてしまって……」
そう言うとドラガンは大きくため息をついた。
ザレシエが息を呑むと、ドラガンはもう一度ため息をついた。
「縁が欲しいって。結婚の仲立ちをさせろって……じゃなきゃ帰してやらないって」
ドラガンの言葉に女性三人の動きが止まった。
明らかに三人とも他の二人を牽制するような目で見ている。
ザレシエは心配して損したという態度で紅茶を淹れに厨房へ向かった。
女性三人がドラガンの近くに座り直し、無言でじっとドラガンを見ている。
ドラガンは、また頭を抱えて悩みだしてしまったのだった。
翌日、ドラガンはペティアを散歩に誘った。
ペティアは、いつもと異なるかなり体の線の隠れた服装をしており、髪型は相変わらずアリサを真似、ウェーブのかかった髪を緩く束ねている。
「ペティアは村に帰ったらどうするの?」
その質問にペティアは即答だった。
「この街に来てね、色々とビビっとくるもんがあったんよ。それをね、漆箱にしてもらおう思うとるんよ」
その晴れやかな顔を見たドラガンはニコリと微笑んだ。
「僕はずっと応援するよ。いつの日かペティアが大陸一の名デザイナーになる日を願って」
その翌日、ドラガンは今度はベアトリスを散歩に誘った。
ベアトリスは、以前ピクニックに行った時の緑を基調とした動きやすそうな服装をしてきた。
だがその仕草は、どこかいつもと異なりしおらしかった。
「ヴァーレンダー公がね、三人の中ではベアトリスが一番好みなんだって」
そうドラガンが言うと、ベアトリスは頬を赤く染めた。
ベアトリスは異常に肌が白く、赤面すると非常にわかりやすい。
「そ、そうなんや。でも私、アリーナさんとちいとも似てへんけどね。アリーナさんは政略結婚やから、ほんまは私みたいなんが良かったとかやろか」
三人の中ではアリーナさんはレシアのタイプと言って、ベアトリスはクスクス笑い出した。
ドラガンは、どうなんだろうねと言って笑い出した。
「ベアトリスは村に帰ったら何がしたいの?」
「お嫁さん!」
ベアトリスは即答だった。
それをドラガンが、鼻で笑った。
「小さい女の子じゃないんだからさ。もっと他にないの?」
「なんやのそれ。人の夢をそうやって笑うの良くないよ」
ベアトリスは赤く染めた耳を上下にぴょこぴょこ動かして不貞腐れた。
最後に、レシアを散歩に誘った。
レシアもピクニックに行った時の桃色の服を着て来た。
髪は丁寧に三つ編みにしてリボンで縛ってる。
終始、手をもじもじさせている。
顔の腫れはすっかり引いているようだが、まだ少し痣になって残っているのがわかる。
その部分だけレシアは化粧で隠している。
「以前、手紙を出したじゃない。その時、姉ちゃんからの返信にね、レシアがちゃんとやれてるか心配だって書いてあったよ」
ドラガンがそう言うとレシアは口を尖らせた。
「みんな私の事子供だって思ってるんだ。母さんも書いて来たんだよ。帰りたいって言ってドラガンを困らせてないかって」
レシアはそこまで言うと、それ以外に書いてあった事を思い出し顔を真っ赤にした。
「どうしたの? アンナさん他にも何か書いてあったの?」
ドラガンがそう尋ねると、レシアは真っ赤な顔のまま小さく頷いた。
「……ドラガンの事、ちゃんと離さないようにって。誰にも取られないようにって」
それを聞くとドラガンは小さく笑った。
「そっか。アンナさん、そんな事言ってきたんだ。で、レシアはどうしたい?」
ドラガンの問いかけに、レシアは無言でドラガンの袖を掴んだ。
「そっか。じゃあヴァーレンダー公にそうお願いしよっか」
レシアには、すぐには意味がわからなかった。
だが徐々にその意味がわかってくると、瞳から自然と雫が零れた。
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