第59話 再会
ジャームベック村に帰ってきて数日が経ったある日の事、ドラガンを訪ねてリベジレ村のモルドヴィツァ首長がやってきた。
リベジレ村では人間たちまでドラガンの水路工事に感謝をしており、何とかお礼をしたいと言っているらしい。
井戸と水路の工事が終わった日、リベジレ村ではエルフたちが井戸の周囲で宴会を始めた。
まだ水汲み器が付いていないが、井戸が掘れたというだけで歓喜の嵐だった。
そこに人間たちも合流し大宴会になった。
これまで畑の件や溜池の件で二者にはわだかまりがあったのだが、誰しもがそれが解消したように感じている。
村長はモルドヴィツァに、ヴラドという人物に礼が言いたいと言った。
だが残念ながらヴラドは工事の遅れていたコシュネア村に行ってしまい不在だった。
それでは自分たちの気が済まない、何とか気持ちだけでも伝えて欲しいと言ってくれたのだった。
とはいえ、ドロバンツ族長からヴラドの件については詮索無用と言われてしまっている。
それを村民に説明したのだが、だからと言って謝礼一つ述べなかったら我らがあまりにも欠礼すぎると盛り上がってしまったのだった。
やむを得ず族長の屋敷に赴き、村の状況を伝え、ヴラドに謝礼をしたいと申し出た。
ドロバンツの反応は、モルドヴィツァからしたら少し意外なものだった。
てっきりドロバンツの方から礼を述べているからそれ以上は不要と言われると思っていた。
ドロバンツは、二人だけで話があると言ってモルドヴィツァを呼び寄せた。
他言無用だと釘を刺した上で、ヴラドがドラガン・カーリクである事を明かした。
現在木漏れ日のジャームベック村で匿われているから、礼が言いたいなら訪問の理由をしっかりと作って、こっそり訪ねたらいいと言われた。
モルドヴィツァは、大変お世話になったとドラガンの手を取った。
イリーナは積もる話もあるでしょうからと、モルドヴィツァを家に招き入れ居間に通した。
モルドヴィツァは少し小声になり、ドロバンツ族長からヴラドがドラガンであるという事を聞いたと話した。
ならば早急に耳に入れなければいけない話があると思ったと言い出した。
――先日、リベジレ村の行商が村に戻ってきた。
その途中、街道警備隊に一人のご婦人が絡まれているのを遠目に目撃した。
行商は井戸と水路の工事が始まってすぐに村を発っている。
ロハティンで竜窃盗事件がタブー視されている事にも疑問を持っていた。
恐らく冤罪。
公安たちが強硬な手に出れば出るほど、彼ら自身がそれを証明してしまっているようなものだと感じていた。
街道警備隊もドラガンという事件関係者を追っていると耳にした。
つまり街道警備隊も共犯であろう。
その街道警備隊がご婦人に絡んでいるようなのだ。
こちらに気が付いたのか、街道警備隊はご婦人を殴打し拘束した。
行商隊はそれに気が付かない振りをして街道を進んだ。
一番近い休憩所で緊急停車した行商隊は、冒険者たちに先ほどのご婦人を取り返すように依頼した。
冒険者たちも公安が胡散臭い動きをしているという事は万事屋で聞いている。
また、最近街道で強姦される旅人が増えていて、それをしているのが街道警備隊という噂も耳にしている。
六村十二人の護衛の冒険者は手に武器を取り、街道警備隊を見た場所に急行した。
だが街道警備隊はその場を去った後だった。
人間の女性冒険者の一人が野外活動の専門家で、周囲の草の状況を注意深く観察。
草の踏まれた跡から、彼らが街道ではなく森の方に向かった事を察知した。
その女性冒険者は、ご婦人が強姦されようとしていると察し嫌な汗をかいた。
森に向かって一直線に走った。
女性冒険者の後を他の冒険者も全力で追いかけた。
女性冒険者は、見張りをしていた街道警備隊の隊員に斬りつけられた。
反射で身を反らしたのだが、右肩から斜めに剣が振られ、上着が剣に巻き込まれ千切れた。
警備隊は剣を真っ直ぐ女性冒険者に突き付ける。
女性冒険者が右に避けると、剣先が少し下がり彼女の脇腹を切り裂く。
女性冒険者は左脇腹から流れた血を右手で押さえ、左手に小剣を構え牽制した。
そこに他の冒険者が追いついた。
冒険者たちは見張りを無視し奥へと駆けて行った。
そこで冒険者たちが見たのは、ご婦人が裸にされ、今まさに街道警備隊が強姦しようとしているところであった。
冒険者の一人の女性が、ご婦人に跨っている隊員のむき出しの尻を思い切り蹴り上げた。
どうやら股間を蹴り上げたらしく隊員は悶絶し口から泡を吹いた。
驚いて逃げようとする警備隊に向け冒険者が小刀を投げつける。
小刀が警備隊の尻に突き刺さる。
長剣を持った冒険者が街道警備隊を殴りつけ鼻血を噴き出させた。
他にも見張りをしていた街道警備隊がいて、エルフの冒険者の弓によって腿を射抜かれた。
女性冒険者を斬りつけた見張りは二人かかりで殴られた。
被害に遭ったご婦人は、街道警備隊から暴行を受けていたようで痣だらけで気を失っていた。
男性冒険者たちが服を貸しご婦人をくるむと、体の大きな冒険者が背負った。
街道警備隊たちは服を剥がれ、森の木に全員縛り付けられる事になった。
こんな事してタダで済むと思うなよと凄んだ隊員に、自分がした事をよく思い出せと冒険者たちは罵った。
だが街道警備隊はどこに証拠があると薄ら笑いを浮かべた。
我々正規の街道警備隊の証言と薄汚いお前ら、どちらの証言が重要視されると思っているんだと啖呵をきった。
そんな街道警備隊に冒険者の一人が凍えるような瞳を向けた。
こいつらのやり方に倣って口封じをした方が良いかもしれんなと言って冒険者は剣を抜いた。
こいつらがやっているように殺して埋めてしまえば気づかれないだろう。
装備品は持ち帰って溶かしてしまえば足も付かないだろう。
それを合図に他の冒険者も武器を鞘から抜いた。
命だけは助けてくれと叫ぶ街道警備隊に冒険者たちは剣を持って近づいた。
お前たちはそう言って泣き叫んだ女性を一人でも助けてやったのか?
冒険者は剣を股の間の地面に突き刺した。
街道警備隊は失禁し気を失った。
震えあがっている他の隊員は女性冒険者に股間を思いきり蹴られ悶絶した。
隊員は全員裸にされ口に布を巻かれ今も木に吊るされている――
「族長んとこ行く前の日にこの話聞いてな、その後で族長から君の事を聞いたんや。もしかして、そのご婦人が街道警備隊に狙われたんは君の関係者やからと違うか思うてな」
モルドヴィツァはコーヒーで喉を潤した。
「そのご婦人はその後どうなったんですか?」
「冒険者のやつらが連れ帰って、うちの村の南の方のボクシャ村いうとこにおる。あれから三日になるがまだ目を覚まさんへんようや。どうやら食事を満足に取れてなかったようやな」
姉であると信じたい、だがそれだけの情報では確証が持てないと、ドラガンは逸る気持ちを抑えた。
「身元がわかるような荷物を何か持っていなかったのですか?」
「それがやな。途中で荷物を奪われたようで、破れた服が落ちとっただけやったそうや。後は右手にきつくペンダントが握られとったらしい。そないな目にあったのに離さへんやなんて、よほど大事なもんやったんやろうな」
大事なペンダント……
まさかあの時僕が託したペンダントなのだろうか?
「どんなものかわかります?」
「無骨な鉄製で革紐が付いてて、中には、ようわからん絵の描かれた紙が入っとったそうやで。何かの設計図みたいや言うてたかな」
姉ちゃんだ!
間違いない!
僕がここにいるって気づいてくれたんだ!
すぐに会いに行きたい!
ドラガンはモルドヴィツァに懇願した。
二人は竜車に乗ってボクシャ村へと急行した。
ボクシャ村の村長の案内で女性が休んでいる村長宅へと向かった。
部屋の扉を前にドラガンは酷く緊張した。
この奥にずっと会いたかった姉がいるかもしれない。
急激に胸の鼓動が高鳴るのを感じる。
硬直しているドラガンの代わりにボクシャ村の村長が扉を開けると、そこに一人の女性が眠っているのが見える。
顔は痣だらけ、布団から見える白い肩にも痣が見える。
どうかな、そう言ってモルドヴィツァがドラガンを見ると、ドラガンはボロボロと涙を流し女性を見つめていた。
「姉ちゃん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます