第60話 手紙
ドラガンへ。
この手紙をお前が読んでいるという事は、俺はもうこの世にはいないのだろう。
相手が相手だから俺も覚悟を決めてこれを書いている。
あの時アリサの結婚式後の宴席で俺はお前を久々にじっくりと見た。
ずいぶんと立派に育ったものだと、とても嬉しかったよ。
あの時お前は、俺を初めて見たという顔をしていたな。
まあ無理もない。
だが俺はお前が小さい頃からよく知ってるんだよ。
俺とセルゲイは幼馴染でな。
学校でも同級生だったんだ。
若い頃はよく一緒にやんちゃして大人たちに拳骨を落とされたもんだ。
俺は学校を出てすぐに冒険者になった。
手先が不器用でな、おまけにちまちま同じ仕事をするのが苦手でな。
職人には不向きだったんだよ。
炭鉱夫よりそっちの方が面白そうだったしな。
セルゲイは親父さんの後を継いで御者になったんだが、毎日竜の世話ばかりさせられていてな。
反発して一時期冒険者をしていた事があるんだ。
その頃よく一緒に森に害獣を狩りに行ったりしたもんだ。
今のお前くらいの歳の頃の話だ。
一人前になったら護衛として一緒にロハティンに行こう、そう二人で言い合ったんだ。
席が空かないようならロハティンで冒険者をしようぜ、なんて言ってた時もあったな。
イリーナさんは小さい頃からよく笑う娘だった。
確か俺たちの四つ下の教室だったと思う。
俺たちのやんちゃを遠くでクスクス笑って見ているような娘だったよ。
両親は農夫で、俺たちがやんちゃして畑のあぜを逃げてると、それを楽しそうに見ているような娘だった。
幼い子たちの面倒を見るのが好きな娘でな。
そんな心優しいところにセルゲイも魅かれたんだろうな。
イリーナさんに熱をあげてから、セルゲイは人が変わったように真面目に仕事に取り組むようになった。
冒険者まがいのことは辞めて、毎日竜の世話をして、暇があれば畑を手伝いに行っていた。
だが、セルゲイのそれまでがそれまでだったからな。
イリーナさんの父に鍬で追い払われる事もしばしばだったようだ。
だがイリーナさんも次第にセルゲイに心を惹かれるようになっていってな。
イリーナさんが学校を卒業してから、農場の仕事を終えた後で、二人で逢引している姿をよく見たものだ。
セルゲイのやんちゃな性格は完全には治らんかったらしいな。
結婚前だというにイリーナさんに手を付けてしまってな。
イリーナさんの父親に広場で首を落とされそうになったんだ。
真っ赤な顔で激怒したイリーナさんの父親を村人皆で宥めたんだ。
あれはケッサクだったよ。
イリーナさんがアリサを産んでから、俺とセルゲイは酒場だけの付き合いになっていった。
セルゲイが急速に落ち着いていく中、恥ずかしい事に俺はずっとやんちゃなままだった。
若いドワーフの娘たちにちょっかいを出して、森に逃げてほとぼりを覚ましたなんて事もあった。
隣村のドワーフに手を出してボコボコに殴られたなんて事もあった。
冒険者として貰った報酬はほとんど酒代に消えていてな。
呑んだくれて仕事の集合時間に遅刻する事もしばしばだった。
だからマイオリーの奴を見ていると昔の自分を見ているようで無性に苛々するんだよ。
こういうのも同族嫌悪と言うんだろうかな。
お前さんが産まれる前の年の事だった。
俺は二人のドワーフとこっそり付き合っていたんだ。
一人は細工師の娘でユーリア、もう一人は鉱山夫の娘カテリネ。
当時の俺はユーリアに心惹かれていた。
だがカテリネとの関係も切れなかったんだよ。
俺は本来ならカテリネと結婚するのが筋だったはずなんだ。
カテリネが俺との子を身籠ったと言ってきていたしな。
恐らくカテリネも自分と落ち着いてくれると思っていたはずだ。
だが俺はユーリアとの結婚を選んだ。
そしてカテリネとのことは簡単にバレた。
カテリネが湖で入水自殺しようとしたんだ。
俺はユーリアの父にボコボコに殴られ結婚を破棄された。
その後でカテリネの父にもボコボコに殴られた。
その後、俺は村にいられなくなりロハティンに逃げたんだ。
数年後、村の万事屋からの誘いで久々にベレメンド村に戻った。
ユーリアは隣村に嫁に行き、カテリネは桶屋のハランに嫁いでいた。
俺は心を入れ替えたように真面目に仕事に取り組んだ。
ありがたい事に、そんな俺を万事屋の皆は慕ってくれた。
俺は護衛としてセルゲイは御者として、ロハティンに行商に行く事になった。
セルゲイは行商の間、いつもお前とアリサの話をしていたよ。
可愛くてしかたがないってな。
お前をイリーナさんとアリサに取られて、中々可愛がらせてもらえないとよく愚痴っていたよ。
とにかくアリサがお前を溺愛していると言っていたな。
俺はあの一件以来、もう二度と結婚はするまいと心に決めていた。
俺には家族を持つ資格が無い、そう思っている。
それをセルゲイに言ったら、じゃあアリサとドラガンを自分の子と思って可愛がったらいいと言われたよ。
その時は俺は、人間の子を我が子とは思えんと笑った。
だがどうだ。
アリサはドワーフを同じ村の子たちだと言って分け隔てなく面倒をみるし、叱りもする。
お前はお前で、ドワーフたちがこぞって村の子として可愛がるじゃないか。
俺は何だか恥ずかしかったよ。
俺には今年になるまで、どうしてもお前に接触できない理由があった。
お前が仲良くしていたゾルタンだ。
お前と同じ歳でハランの息子、ということは恐らくあれは俺の子なのだろう。
どうしても俺はゾルタンと目を合わせる事ができなかったんだ。
なんだか過去の過ちを責められている気がして怖かったんだよ。
もしゾルタンに会えたとしても、この事は黙っていてくれ。
男と男の約束だぞ。
もしかしたら、お前は今、俺たちの敵討ちをしようと思っているかもしれない。
今は止めておけ失敗するだけだ。
万に一つの勝ち目も無い。
どうしても敵討ちをしたいと望むなら強くなれ。
と言っても武芸に励めという事じゃないぞ!
お前の運動神経では、そんな事は努力するだけ無駄だ。
奴らよりも強くなれという事だ。
俺はこの歳まで、本当の強さとは何かずっと考えていた。
強さを求めるのは冒険者の悲しい性みたいなものだからな。
そして一つの結論に至った。
それは顔の広さだ。
つまり豊富な人脈を築けという事だ。
どこまでいっても戦いは数なんだよ。
一騎当千の無双の兵なんて、それだけでは何の役にも立たない。
それを巧く扱えるやつがいてなんぼなんだ。
そんな異能多才をお前が揃えていくんだ。
そうすればお前は強くなれる。
その為に日々感謝を集めるんだ。
俺はもうお前を鍛えてやる事はできない。
だからこれを最後のアドバイスとしてお前に送ろうと思う。
じゃあな。
達者でな。
保護者の一人ラスコッド・ザラーンより。
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