第13話 製粉
「元々、畑仕事は私たち二人とマリウス君でやっていた事やから、ドラガンは製粉小屋作りをしたら良えよ」
イリーナはドラガンに優しく微笑みかけた。
だがアリサは、製粉小屋はドラガンの趣味みたいなものだからと首を縦に振らなかった。
ベアトリスは正直、複雑な心境だった。
ドラガンと一緒に畑仕事がしたい、だがその一方で何かに夢中になるドラガンも見ていたい。
翌日、その話を聞いたマチシェニは、窘める理由が全くわからないとアリサを笑った。
畑なんて自分がやるから製粉小屋作りを優先するに決まってるだろう、製粉小屋はドラガンにしか作れないのだから。
アリサはマチシェニの反応で、ドラガンがやろうとしている事は、どうやら自分が思っているより凄い事らしいと認識した。
翌朝、キノコ畑から帰ると、ドラガンは香辛料畑の横の溜池に材木屋から材料を運び込んだ。
材木屋のヨネツはバラネシュティ首長に、いよいよヴラドが製粉小屋作りを始めたと報告。
バラネシュティはヤローヴェ村長に報告。
その日の昼には村中に知れ渡った。
製粉小屋が建つ予定の場所に続々と村人が訪れたのだった。
その中に、コシフツェヴォという大工を生業にしている者がいた。
ドラガンはコシフツェヴォに図面を見せ、こういう小屋が作りたいと相談した。
水車と杵を動かす装置は半分以上完成している。
だが小屋の作り方がわからない。
コシフツェヴォは、ある程度装置ができたら、採寸してそれに合わせた小屋を作るよと嬉しそうにドラガンの背を叩いた。
昨年秋からドラガンは端材で色々と部品を作っており、それを片っ端から溜池に運んでもらった。
その中の一つを取り出した。
村人にシャベルを持って来てもらい溜池の出口から先の水路を掘り下げてもらった。
掘り下げが終わるとドラガンは溜池の出口に部品を取り付け、その周囲を土で埋めた。
その部品によって溜池の水は細く絞られた出口に集中、かなり強い水流となって噴き出すような形となった。
村人たちには引き続き、水路を同じ高さに掘っていってもらった。
翌日、いよいよ水車の取り付けに入った。
前回作った水車よりひと回り大きな代物で、中心の軸がドラガンの胸くらいまである。
前回は中心を竹で作ったのだが、今度は木を丸く削ったものを使用している。
水路の両側に支えとなる部品をしっかりと埋め込むと、その上に水車を置いてもらった。
溜池から勢いよく噴き出している水流が水車の中心やや下部の羽に当たり、水車がクルクルと回り出した。
その時点で早くもちょっとした歓声が起きた。
そこからはコシフツェヴォの仕事になった。
構造は理解できる。
部品作りもそこまで難しくは無い。
ただそれなりに日数がかかると、コシフツェヴォに言われてしまったのだった。
小屋作りが始まったある日、材木屋のヨネツが水車を見てある事に気が付いた。
「ヴラド君、これちと危ないで」
「えっ? どの部分ですか?」
ヨネツは回転している水くるまの軸の部分を指差した。
「この部分や。よう見てみ。擦れて色が変わっとるやろ。このままやと火が点いてまうかもしれへんぞ?」
「それはかなりマズイですね……」
それを聞いていた行商のティヴィレが、獣油でも塗ったらどうだと助言してくれた。
竜車の車軸も定期的に獣油を塗って滑りを良くしている。
水車も同じようなものなんじゃないのかなと。
ヤローヴェとバラネシュティは、ほぼ毎日、二人揃って製粉所作りの進捗を見に来ている。
これがどの程度のものかわからんが、もし成功したら穀物屋は粉屋に変わるかもしれんとヤローヴェが笑い出した。
そうしたら紙袋の需要が上がるかもしれんとバラネシュティも笑い出した。
新しい市場ができたら、そこの水道にもこれを作って、その場で粉にして何てできたら面白いかもしれんとバラネシュティが高笑いすると、夢が広がるとヤローヴェも高笑いした。
村人たちは、獲物の肉の味の話は獲物が捕れてからにしろと、ヤローヴェとバラネシュティを笑った。
ヤローヴェの話によると、今、辺境伯たちは春の議会に出席する為に、王都アバンハードに行っているらしい。
部族の代表者も出席している。
恐らくロハティン総督がかなりやり込められる事だろう。
果たして国王がどのような裁定を下されるか。
制裁次第ではロハティンは大騒ぎになるだろう。
「この件で無碍に殺された者たちが少しでも浮かばれる事になれば良いのだが」
少し難しい顔をして、ヤローヴェはバラネシュティの顔を見た。
「もし国王がロハティン総督を庇うようやと、議会は大荒れになってまうやろな」
バラネシュティが渋い顔をすると、ヤローヴェも同様に渋い顔をした。
「ユーリー国王も高齢であらせられるからな。裁定が下るまでは安心はできぬ」
小屋は建築開始から丸々ひと月かかった。
大工のコシフツェヴォが中心になって、毎日毎日、土台となる大石を据え、丸太で骨組みを組み、材木を切り、貼り付けていった。
水車の軸には角材をはめ込み、角材に棘が生えたような形状になるように棒を刺しこむ。
角材の横に杵が立てられ、杵にも延長の棒が付いている。
その延長の棒に横棒が挿し込まれている。
水車が回ると角材も回り、角材の棘棒が杵の横棒を上に押し上げる仕組みになっている。
ある程度まで押し上げると、角材の棘棒は杵の横棒から外れる。
すると杵が臼に勢いよく落ちる。
水車の回転に合わせ、杵は上下運動を繰り返すという仕組みになっている。
いよいよ稼働という事で、村人が動くところを一目見ようと製粉小屋に押しかけた。
村中の店は全て臨時休業である。
穀物屋のテルヌヴァテが、臼の一つに小麦を、もう一つに蕎麦を入れる。
上に持ち上げていた杵のストッパーを取り外した。
数回動きを見て、思ったより杵の勢いが強く、このままだと飛び散ってしまう事に気が付いた。
それを見たエルフのおばさんが、竹細工を被せたらどうかと言って家から持って来てくれた。
翌日の朝、村人は製粉小屋に集まっていた。
またも村中の店は全て臨時休業。
こうなるともはや一種の儀式である。
拍手の中、ドラガンとテルヌヴァテ、コシフツェヴォが小屋に入って行った。
三人は笑顔で小屋から出てきて、粉になった小麦と蕎麦を見せた。
村人は大歓声をあげたのだった。
初めて挽いた粉で何か作れないかと誰かが言い出した。
小麦はどうにもならないが、蕎麦なら湯で溶けば『蕎麦がき』ができると誰かが言った。
村人の一人はやかんを取りに行き、他の村人が小屋を作った端材で焚火を燃やした。
村人たちは昼間から酒を呑み、蕎麦がきを食べて、満面の笑みを浮かべ合ったのだった。
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