第14話 議会

 製粉小屋は、連日、村人たちで人だかりができている。


 小屋の中には臼が三つ置かれており、三つ一気に杵を持ち上げると力が弱くなってしまうと推測され、杵を持ち上げる棒は少しずらされている。

そのせいか実にテンポ良く杵が突かれている。

どうもその音が心地良いらしい。

一人のエルフの男性が中の杵に興味をそそられている。


「ほう! これが噂の製粉小屋かいな。心地よい響きやな」


 ずっと小麦を粉にしてくれるんだよと、幼い娘がそのエルフの男性に説明する。

蕎麦だって粉にできるんだよと、人間の娘が説明する。

エルフの男性は、そうなのかそれは凄いなと嬉しそうな顔をして子供の頭を撫でた。


 いつまででも見ていられると言って、エルフの男性は子供たちと一緒に、じっと製粉小屋と水車を見続けている。

そこに穀物屋のテルヌヴァテが粉の回収にやってきた。


 テルヌヴァテはエルフの男性を見て、どこかで見た事があるが、はて誰だっただろうと首を傾げた。

杵を持ち上げた状態で専用の木の棒で固定し、粉を刷毛で回収していると、横から強い視線を感じる。

入口を見ると先ほどのエルフがじっとこちらを凝視している。

気にせず臼に小麦を入れ、飛び散り防止の竹細工を敷き、杵の固定を解く。

その一連の作業をそのエルフはじっと見つめている。


 既に小麦粉は元の袋の半分ほどまで製粉が済んでいる。

これだけの量を一人で粉にしろと言われたら、どこかで体を痛めて翌日は仕事にならんなと、テルヌヴァテは小麦粉を見ながらしみじみと思った。


 そこでやっとテルヌヴァテは、そのエルフが誰か思い出した。


「誰かと思ったらドロバンツ族長じゃありませんか! 子供たちに混ざってるから気づくのに遅れましたよ!」


 ドロバンツは気さくに右手を挙げて挨拶すると、にっこり微笑んだ。


「これは面白いな。いつまででも見てられるよ」


 ドロバンツにそう言われ、テルヌヴァテも改めて製粉装置を見る。


「風車を参考にこれを考え付いたそうですよ。風車は俺も作った事ありますけど、こういう形は思いつきませんよね」


「それやんな。私も風車は何遍も作ったが、こいつは思いつかへん」


 子供たちは、自分たちと一緒に小屋を見ていたエルフが族長だと知ってかなり驚いている。

エルフの子たちの中にも、初めて族長を見るという子もいたらしい。

ドロバンツは子供たちを見て、皆、仲良く遊んでおるかなと声をかけた。

子供たちは、はいと元気よく返事をした。



 走ってこちらにやってきたバラネシュティ首長がその光景を見て、かなりご立腹という態度をした。


「毎回毎回、何で真っ直ぐ家に来れへんのですか!」


 ドロバンツは小声で、口煩いのが来たと呟いた。

それが聞こえ子供たちは大笑いしている。


「すまんすまん。どうしてもこれが気になってもうてな」


「気持ちはわかりますけども。大事な話がある言うてたのは、どこの誰ですか?」


 ドロバンツは子供たちを見てぺろっと舌を出し、そうだったとバツの悪そうな顔をする。

子供たちはそんな族長に大笑いであった。


「そうやった、そうやった。ヴラドはもう来とるか?」


「姉と二人で、ずっとうちで待ってますよ!」




 お待たせしてしまったなとドロバンツが部屋に入ると、ドラガンもアリサも待ち疲れたという顔をしている。

ヤローヴェ村長に至っては机に突っ伏して寝ている。


「どうにも遅い思うたら、案の定、製粉小屋に夢中になっとったわ」


「すまんすまん。ちょっと見たろう思うたら魅入られてもうた」


 あははと笑って誤魔化すドロバンツを、アリサとドラガンは冷ややかな目で見ている。

ヤローヴェはバラネシュティに揺すられて起こされると、両腕を挙げて大きく伸びをした。



 香辛料の入ったコーヒーを飲んだドロバンツは、ことりとカップを机に置くと急に真剣な顔になった。

その表情から、あまり良い話ではないと全員が察した。


「どえらい事になった。今、アバンハードで春の議会が開かれとんのは知っとるか?」


 バラネシュティとヤローヴェはこくりと頷いた。

ドラガンとアリサも顔を見合わせてから頷いた。



 ――エルフの代表三人とスラブータ侯、ユローヴェ辺境伯、ボヤルカ辺境伯が中心となって、議会でロハティンの事を話題に上げてもらった。

ドワーフとサファグンの代表も問題だと声をあげてくれた。

話を聞きそれに賛同する貴族もかなりいた。


 一方で、ロハティン総督のブラホダトネ公は事実無根だと声を荒げた。

ベレストック辺境伯も何を根拠にと憤慨した。


 国王ユーリー二世は困り顔で宰相のホストメル侯に助言を求めた。

ユーリー二世にとってブラホダトネ公は可愛い我が子である。

スラブータ侯たちの言っていることが万が一事実であれば、ブラホダトネ公を処断せねばならなくなる。

できればその事態は避けたい。

どうすれば穏便に済ませられるか、それを相談したかった。


 対応を検討するから時間をいただきたい、そう言ってユーリー二世はホストメル侯とブラホダトネ公を引きつれ執務室に戻って行った。

その間議会は閉会となり、貴族たちは各屋敷に帰り再招集の指示を待つ事になった。

だが再招集の代わりに、別の情報が各貴族たちに告げられることになった――



「国王陛下が倒れたんや。その後から寝たきりになってもうたらしい」


 四人はあまりの展開に驚きで開いた口が塞がらなかった。

まさか毒ですかとヤローヴェが聞くと、ドロバンツは首を傾げた。


「代表からは心労が祟ったんやろうと報告を受けているが、真相はわからへん」


 ドロバンツは小さく首を横に振った。


「議会の方はどうなったんですか?」


「中止したままや。このまま国王が摂政を立てへんと、秋の議会まで再開されへんかもしれん」


 摂政を立てると言っても、恐らくは王太子レオニード殿下であろう。

だが、レオニード王子にとってもブラホダトネ公は実弟であり、差し当たって、問題の解決の糸口が見つからないと議会の再会はしないだろう。


「こればかりはしゃあないよ。私もこの後、お見舞いにアバンハードへ行く事になっとる」


 くれぐれもお気をつけてと言って、バラネシュティは心配そうな顔でドロバンツを見た。


「こう見えて剣の鍛錬は欠かしてへんで」


 細剣を振る仕草をしてドロバンツは笑った。


「なんやったら手合わせしてみるか? 私は構へんで?」


 ドロバンツが剣の柄に手をかけると、バラネシュティは顔を引きつらせ、自分は弓派でしてと苦しい言い訳をした。



「次の国王ってどんな方なんですか?」


 不安そうな顔でドラガンが尋ねた。


「よほど何か無い限りは、嫡男で王太子のレオニード殿下やろうな。ただ正直言うて、貴族たちの評判はあんま芳しうは無いな」


「暗愚なんですか?」


 暗愚かと言われれば、そういう噂は聞かない。

ほとんど面識が無いのでリュタリー辺境伯やボヤルカ辺境伯から聞いた話だとドロバンツは前置きした。


「弟のブラホダトネ公に比べて覇気がないと、幼い頃から言われとるらしいな。武芸の方もさっぱりでな。年齢も年齢やからと、皆、その次に期待しとるそうや」


「次というのは?」


「レオニード殿下の王子グレゴリー殿下や。まだ若いが聡明やと専らの噂らしい」


 ドラガンはドロバンツの説明に小さく頷いた。


 いずれにしても、この問題の処分が秋まで棚上げになった事には違いない。

国王が仮病でない事をじっくりと観察してやると、ドロバンツは厳しい目をした。

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