第7話 隣村

 ロマンは婚約者の手前気張って見せたのだが、カーリク家でアリサと父がそうだったように、やはり父のアナトリーとは温度差があった。


「苦情は入れてやる。だが期待はするな」


 実際、アナトリーは隣村に苦情は入れてくれた。

だが案の定、子供の諍いに大人が口を挟むべきじゃないと言われてしまったらしい。




 こうして、ロマンが行商に行く日を迎えた。


 ロマンは竜車と積荷を前に、紙に色々と書き込んでいる。


 護衛の依頼をしにロマンが万事屋に向かうと、御者のセルゲイが竜車に商品を積み込んだ。

アリサとイリーナも小さな品の積み込みを手伝っている。


 積荷にはドワーフの工芸品も含まれている。

その為、ベレメンド村のドワーフの首長タルナメラもやって来て積み込みを手伝っている。


「ドラガン坊は、どげんしたんや?」


 荷を積み込みながらタルナメラ首長がセルゲイに尋ねた。

言いづらそうにするセルゲイの態度で、親子喧嘩でもしたのだろうとタルナメラ首長は察した。

だが、セルゲイの返答は少し違うものであった。


 川遊びに行って隣村の子供たちに短剣で脅され追い返されたらしい。

それから気落ちして毎日部屋に籠ってる。

しょうの無い子だとでも言う感じでセルゲイは話した。


 その話を聞いたタルナメラ族長の表情がにわかに曇った。


「あん? 確かドラガン坊はゾルタン坊と仲良うしとったんやったな? ゾルタン坊も一緒やったんか?」


 セルゲイは返答に非常に困った。

ゾルタンのことを完全に忘れていた。


 もし、ゾルタンも短剣で脅され暴行を受けたということになれば、さらに、もしも相手にドワーフが混ざっていなかったとしたら、種族間問題になってしまう。


 セルゲイが黙っていると、タルナメラ首長は目を細め、ハランを呼んで来いと、一緒に荷の積み込みをしていたドワーフに命じた。


 暫くすると、広場にゾルタンの父ハラン・ドミニクが呼ばれてきた。


 タルナメラ首長はドミニクに、川での出来事を聞いているか尋ねた。

当然聞いているし、相手の仲間にドワーフがいないことも聞いている。

この件は種族間問題として非常に問題になる。

そう思ったドミニクはゾルタンに、このことは忘れろと言い含めていた。


「こんバカチン!!!」


 タルナメラ首長が思い切りドミニクを殴りつける。


 種族間問題は揉めるためにあるんじゃない。

ましてや引け目を感じるためにあるわけじゃない。

お互いの地位を均衡させるためにある。


 ドワーフが同じ事をし人間の子を暴行したら、お前はそれを是とできるのか?

人間たちが黙っていると思うのか?

タルナメラ首長はドミニクを叱り飛ばした。


 隣村の首長と協議してくると言って、タルナメラ首長はその場を後にした。


 こうして、川での子供たちの喧嘩は当事者の子供たちを置き去りにし大問題へと発展していったのだった。




 一方、当の子供たちは、ドラガンの家に集まって何やら工作を始めていた。


 ドラガンには思い描いているものが何かしらあるようだが、アルテムもゾルタンも、これが何になるか全くわからない。

何か楽しそう、そんな気持ちで気軽に手伝っている。


 ドラガン、アルテム、ゾルタン、三人交代で、ひたすら太い木をくり抜いていった。

その木くずをナタリアが掃き集め竈に捨てていく。


 それを何日も繰り返している。


 アリサはナタリアに、何をしているのと尋ねた。

ナタリアはにこっと笑うと、わかんないと言って、ドラガンの元へ行ってしまうのだった。


 だがアリサは、ナタリアたちが元気を取り戻してほっとしていた。

子供たちにとっては単なる怖い経験で済んでしまっている。

起きたことは決して良いことでは無いが、それはそれで悪いことでは無いと感じていた。




 数日後、隣村で村長が拘束されたという報がベレメンド村に入ってきた。


 驚いたペトローヴ村長は、タルナメラ首長と共に隣村に様子を見にいくことになった。


 ドワーフたちは広場に集まっていた。

ベレメンド村でドワーフの子供に危害を加えた者を引き渡せと声を荒げている。

どうやら村中のドワーフたちが集合しているらしい。


 各々、手には武器になりそうな物を持っている。


 よく見ると、村長が縛り上げられ首に板斧を突き立てられている。



 タルナメラ首長は、隣村の首長に何があったのか尋ねた。

隣村の首長は明らかに冷静さを欠いた状態である。


「隣村んドワーフん子供一人が傷つけられたけん何やちゅうたい。そう言うたんや!!」


 別のドワーフが村長の背中を蹴りつける。

一人一人子供を尋問して行こう、そうドワーフたちはいきり立っている。


 村長は、子供同士の他愛も無い話じゃないかと、ドワーフたちに向かって叫んだ。

それも隣村のドワーフに対する話だ。

大人が口を挟むような問題じゃないと主張した。


「子供同士じゃ済まんばい! これば放置すれば、お前たちは必ず今度は女性ば傷つける! 良かやん良いやん言うて、どんどんエスカレートしていくばい!」


 ドワーフの首長が村長の頬を叩いた。


 それを見て、どれだけ信用が無いんだよとペトローヴ村長は呟いた。


 うちらは仲良く助け合ってやれているが多くの村がこんな感じと、タルナメラ首長は説明した。

いかにドワーフを騙して金儲けするかしか考えていないような村も多い。

以前からドワーフのコミュニティで話は聞いていたが、ここの村もそういう村の一つらしい。


 今回のことを放置すれば、今度はこいつらはうちの村のドワーフに危害を加えるだろう。

彼が言うように隣の村だから良いだろうと言って。

だから我らドワーフとしては、今回の事は子供の戯れでは済まないんだ。

うちらのように互いに尊重しあってやっているところの方が珍しいんだよ。


 タルナメラ首長は隣村の村長を見て苛立っている。



 暫くすると子供たちの親たちが広場に現れた。


 子供たちはどうしたと、ドワーフの首長はひと際低い声で尋ねた。


 少しふざけただけで、まさかこんな大事になるなんて思わなかったと子供たちは言ってると、子供たちの親は説明した。


 ドワーフは皆、呆れたという顔をした。


 話によれば、短剣を抜き少女の首に当て人質とした上で、一方的に暴行を加えたと聞く。

それをどの方角から見たら『少しふざけただけ』になるのか。


 ドワーフたちは完全に激怒し、その親たちも縛り上げた。


「出て来い!! 親がどうなっても良かと!!」


 ドワーフの首長は大声でそう叫んだ。


 村長は首長に、要求があれば聞くから許して欲しいと懇願した。

だが首長は聞く耳を持たなかった。


 その時、村長が最悪の一言を言い放ってしまう。


「もし人間の子供が害されたら、今度は周辺の村々がドワーフたちを許さないと言い出してしまうぞ」


 ドワーフたちはその言葉に激昂した。

ドワーフの子供は害されても良いが人間の子供は害されてはいけない、そう取られても仕方がない。


 これはまずい。

そう思ったペトローヴ村長は、隣村の首長の前に飛び出し、何とか怒りをおさめて欲しいと懇願した。


「うちの村の子供たちの話によれば、短剣で人質をとった小僧は一人だけと聞く。そいつだけを見せしめに処分する。それで手を打ってくれ!」


 首長は意見を求めるように、タルナメラ首長の顔をじっと見ている。


 タルナメラ首長もペトローヴ村長の横に立ち一緒に頭を下げた。


「子供ん喧嘩に短剣で人質ば取るようなやつは、将来、絶対にろくなやつにはならん。やけん、そげんやつは処分したら良か」


 なんなら村長も責任を取って交代してもらえばいい。

それは地位協定内に定められたドワーフ側の権利なのだから。


 今回の件は既にドワーフのコミュニティには知れ渡った。

全面闘争になってもドワーフ側に立つ人間たちもかなり出るだろう。


 タルナメラ首長の意見に、隣村のドワーフたちは納得したらしい。

皆、手にしたいた武器を納め首長の方を向く。

首長は、まだ少し納得していないようだが、被害者の村の首長がそう言うならと矛を収めた。


「ただし次は無か!!」


 タルナメラ首長は、建物の陰に隠れている子供たちの方を睨んだ。

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