第8話 協定
「姉ちゃん、布ちょうだい。前よりも一杯」
何に使うのと尋ねるのだが、ドラガンは目を輝かせ、内緒と言って嬉しそうな顔を向けるだけだった。
アリサは裁縫箱を取り出すとどの程度必要なのか尋ねた。
すると、片手でごっそりと切れ布を掴み、足りなかったらまた貰いに来ると言い残し風のように去って行った。
アリサは夕飯の仕込みを行いながら、その顔を思い出しクスリと笑った。
ドラガンたちが何かを作るのに没頭している裏で、隣村は非常に荒れていた。
村長はドワーフたちの総意で不適格の烙印を押されることになった。
ドワーフたちは、学校の教師たちにも問題があるのではないかと言い出したらしい。
長期休暇を満喫していた教師たちは、突然ドワーフの首長宅に呼び出され今後の教育方針を巡って話し合う事になった。
新たな村長の下、子供たちの間に何があったのか調査されることになった。
そこで判明したのは、父親が冒険者をしている一人の少年が短剣を持ち出し周囲の子を脅しつけて従えているという事実だった。
その脅されている中にはドワーフの子たちも含まれていた。
さらに少し注意しただけで短剣で脅されるので、教師たちも指導もままならかったらしい。
少年は、幼いころから父と獣退治に同行していたらしい。
その為、生き物を傷つけるという行為にためらいが無い。
何かあるとすぐに癇癪を起して短剣を持ち出すイカレた奴というのが、他の子供たちからの評価だった。
ドワーフの子供の親たちはこの事を知ってはいたが、人間たちとの関係悪化を恐れて我慢していたらしい。
今回、日頃の恨みが爆発し、その多くが抗議活動に加わり声高に強硬論を主張していた。
少年の母親は、村で騒ぎになっているのが自分の息子だとは知らなかったらしい。
悪い噂は聞いているが、家では母のいう事をよく聞く子であった。
それを新たな村長に訴えた。
だが新たな村長とドワーフの首長は、その訴えを、道徳が無く気位の高さになびく危険人物と判断した。
一家で地区を離れるか、子供をドワーフに預けるかを選べ。
そうドワーフの首長は選択肢を提示。
母親はさんざん悩みドワーフに預ける方を選んだ。
ドワーフたちが納得いくまでドワーフの下働きをさせる、そういうことになった。
――ドワーフは総じて人間よりも力が強く体力が高い。
仕事内容もそれを生かしたものである。
鉱山の鉱員や、製鉄業、林業、土木業などに従事する者が多い。
中には冒険者として大陸を渡り歩く者もいる。
さらに手先が器用で彫金などの仕事に就く者もいる。
主食は芋類で塩漬けの獣肉を好む。
野菜類も好むのだが、そこは人間の方が栽培が上手いらしく人間たちから購入している。
とにかく酒好きで陽が落ちれば酒場に集ってくる。
当然個人差があるので、非力なドワーフもいるし下戸なドワーフもいる。
元々、キシュベール地区にはドワーフしか住んでいなかった。
そこに人間が移り住んできたのである。
当然、当初は諍いが絶えなかった。
ドワーフたちの土地を人間が奪って住み着いたのだから当然だろう。
しかも、あたかも自分たちの土地かのようにドワーフたちを追い出す始末。
諍いが起きない方が不思議という状況だった。
実は人間たちは、ドワーフを虐げることで彼らが団結するのを待っていた。
団結したドワーフを軍隊に殲滅してもらうことで、一気に支配を確立しようと目論んでいた。
だがその目論見は脆くも失敗に終わる。
ドワーフたちは人間の家を潰して回った。
家族を人質に取り軍隊に撤退を要求した。
軍隊は自分たちの家族では無いと構わず戦闘に踏み切った。
その行動に反発した人間の一部がドワーフ側に付いた。
軍隊は情報をドワーフ側に流され、随所で奇襲攻撃を受け敗退。
排斥派の人間たちは地区を追い出され、ドワーフ側に付いた人間たちには、お礼として正式に土地が分け与えられた。
人間たちの代表とドワーフたちの代表で地位協定を結び、共存共栄のための法の整備もした。
こうしてドワーフと人間は共生し現在に至っている――
アリサに布を貰いに来てから、ドラガンたちは部屋と井戸を行ったり来たりしている。
もちろん途中で廊下を泥だらけにしてアリサに四人まとめて叱られ、掃除させられたりもしている。
そうは言ってもアリサも、ドラガンたちが何を作るのか心待ちにしていたのだった。
数日後、ドラガンたちは大喜びでアリサを呼びに来た。
ゾルタンとアルテムに手を引かれナタリヤに腰を押され、アリサは困惑しながら、ドラガンの待つ井戸へ向かった。
「姉ちゃん、見てて! 凄いんだから!」
大喜びのドラガンを、アリサは慈愛に満ちた顔で見守った。
見ると水桶に大きな水突きが刺さっている。
水突きの胴部分には丸い筒が刺さっている。
「姉ちゃん、びっくりすると思うよ?」
ドラガンはニヤリと笑い、水突きの突き棒を上下に動かしていく。
最初の数回、ジャボジャボとお碗を洗っているような音がした後、ゴボゴボという何かが詰まったような音がする。
すると、横の筒からじょろじょろと水が流れ出てきたのだった。
その姿にナタリヤが大はしゃぎすると、ゾルタンとアルテムも歓声をあげた。
「凄いじゃない、ドラガン!! これで桶を傾けなくても水が水桶に入れられるね!」
そう喜ぶアリサにドラガンは、姉ちゃん何言ってるのと笑い出した。
この大きな水突きを使って井戸の水を吸い上げる。
そうすれば水を汲むのに何度も釣瓶を落とさなくても済む。
簡単に大量の水が井戸から取り出せるんだと、ドラガンは目を輝かせて得意気な顔で説明した。
その説明にアリサは首を傾げた。
「でも、ドラガン。そんなことしちゃったら、井戸、枯れちゃわないのかな?」
アリサの指摘に、ドラガンはその得意気な顔を凍り付かせた。
そんな事想定していなかったというような、何とも言えないバツの悪そうな顔をする。
そのドラガンの態度に、アリサはえも言えぬ不安を覚えた。
もしこれで井戸が枯れでもしたら、ドラガンのいたずらのせいと言われるに決まっている。
そうなったら近所の人たちから何を言われるかわかったものではない。
最悪の場合、村を出ていかなくてはならない事態になるかもしれない。
「近所迷惑になるから、これ以上はダメ!」
アリサは、ドラガンの両肩を抑え込んで諭した。
するとドラガンだけじゃなく、ゾルタンたちも抗議の声をあげる。
ドラガンは明らかに不満そうな顔をしたが、井戸に何かあったら水が使えなくなって皆が困ると説得した。
それでも不満そうな顔をするドラガンにアリサは、どうしても続きがやりたいなら父さんが行商から戻ってからにしなさいと命じた。
あからさまに渋々という態度でドラガンは頷いた。
アルテムとゾルタンもアリサに叱られたと感じたようで、しゅんとしてしまっている。
ナタリヤに関しては泣き出しそうになっている。
「ドラガン。父さんは半月後に帰ってくるのよ? ドラガンなら半月あったら、これ、もっと良い物にできるんでしょ?」
優しくほほ笑むアリサにドラガンは複雑な表情をした。
ゾルタンの顔を見て首を傾げる。
それでもなおアリサは優しく微笑み続けた。
よく見ると目が笑っていない。
ドラガンは若干引きつった顔で頷いた。
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