第4話 助言
遺体の胴体が戻ったことで正式に村を挙げて葬儀が営まれた。
念のため街には最低限の種族協定が発布されていて、その中で他種族の宗教施設には立ち入らないというものがある。
ただし墓地は共同でその限りではない。
その為、葬儀自体は人間の教会で行ったが、埋葬は街中の人々が集まって弔問したのだった。
また、アリサの墓と一緒に五つの墓がドラガンの希望で建てられた。
父セルゲイ、母イリーナ、義兄ロマン・ペトローヴ、親友ラスコッド・ザラーン、リュドミラの姉フリスティナ・アルサ。
アリサの死に対する街の人たちの怒りは全く収まっていない。
アリサを害したのは竜産協会の奴らという話が葬儀の時に一気に広まってしまい、街を通る竜車が止められ、竜産協会の者だとわかり惨殺したという事件が発生した。
この街の法務はポーレが司っているのだが、ポーレは話を聞くと問題無いと言い出してしまった。
さすがにそれはまずいとザレシエとバルタは言った。
だがポーレは、そもそも法というものは人々の総意をまとめあげたものであるわけだから、それが市民の総意であるならば問題は無いと屁理屈をこねた。
殺人はいけない。
だが、この街の人の大半は竜産協会の被害者だ。
竜産協会の関係者は除くとしておけば良いだけの話だ。
困った事に、ドラガンとアルディノも同意見だったのだ。
三対二で五人の首脳の意見はポーレの意見の方が多勢。
困った二人は、学校に行きネヴホディーとザバリーの助言を求める事にしたのだった。
さすがにネヴホディーたちは教師であるのだからポーレたちの考えをたしなめてくれると思っていた。
ところがネヴホディーもザバリーもポーレたちの意見に賛成だった。
マーリナ侯は侯爵領としての法はこれといって定めていない。
ただ領府ジュヴァヴィにはしっかりとした法を定めていて、これを参考に各村々で法を作れと言っている。
これは村によって細かく事情が異なり、均一にしてしまうとかならず歪が産まれてしまうからそうしているのである。
例えば殺人を禁ずと言っても、山賊に悩まされている村では、それでは自衛もままならないということになってしまう。
ジュヴァヴィには駐留軍がありそれでも良いかもしれないが、村々ではそういうわけにはいかない。
であればプリモシュテンは竜産協会から虐げられた者が多く集まるのだから、竜産協会の関係者は除くでも何の問題も無い。
マーリナ侯からさすがに問題があると言われたら改めれば良い。
少なくとも現状では自分たちも含めポーレの意見に異を唱えるものは少ない。
「今回の件だって竜産協会の営業を害した事が発端だと思います。このままでは抗争になってしまいます。抗争になればさらなる悲劇がこの街を襲います」
バルタは必死だった。
バルタは一時的とはいえボヤルカ辺境伯の家宰を務めていた。
この街の中では『奴ら』への恨みの少ない一人である。
「この街は竜産協会の者たちに人生をめちゃくちゃにされた者が多い。その者たちが一体、竜産協会に何をした? 何かをしたから仕返しをされたのかね? 違うだろう? 原因がどうのじゃない。何もしなくてもやられるんだよ」
やられたらそれ以上にやり返す。
法が通用しない以上は、罪に対し罰が与えられない以上は、そうするしか保身は図れない。
「法というものはな、罰が執行されなければ単なる文字でしかないのだよ。罰が執行されないのなら、仇討ちするしかないだろう」
向こうから見たら、無辜の者を害したと思われるかもしれない。
だが、先に同じことをしたから報復を受けたと気づかせるしかない。
例えそれによる犠牲者が尋常じゃない人数になるとしても。
身を守るためには報復をしていくしかないんだ。
「お二方は、最終的にはどういう形で収めてもらうんが良いと思うてますか?」
そこまで黙っていたザレシエは二人にその先の事を訪ねた。
その問いについても二人の見解は一致していた。
「この国の支配者たちが双方納得のいく形で収めてもらうしかない。今回の場合、非は圧倒的に向こうにあるわけだから、それを罰し再発防止をしっかりと行ってもらうことだ。この街の法はその後で書き換えれば良いだけの話だ」
『法は市民の総意』とポーレが言っていたというが、街を取り巻く環境が変わり総意が変われば法の方を変える。
それが法の運用としてごく自然の在り方だと思うとネヴホディーは述べた。
ザレシエは椅子から立ち頭を下げた。
バルタはまだ納得いっていないようだが、少なくともザレシエは十分心が動かされた。
「ご助言感謝します。これからも度々相談に来させていただきますんで、よろしうお願いします」
久々に会議室に五人の首脳が集まった。
ザレシエは他の四人に、竜産協会への報復をしようと思うと同意を求めた。
それに対しバルタだけが難色を示した。
「そしたら、バルタは自分の妻や娘がアリサさんと同じ目に遭うても納得できるんやな。それで奥さんも納得なんやな」
それを言われてしまうと確かに同意するしかないというのがバルタの辛いところである。
「バルタの言いたいこともわかる。だからこの街の方針を過去、現在、未来、三つに別けよう思う」
一つは街を出て『計画的に』報復していく部隊。
もう一つはこれまで同様に表面上でも市を平穏に運営していく部隊。
そしてこの街の未来の為に新たな事を模索していく部隊。
「僕は報復部隊に回る。異存はないよな」
ポーレが手を挙げた。
完全に目が座っており反対でもしようものなら殺されかねない迫力がある。
「良いですよ。ただしポーレさんは副担当、主担当は私がやります」
ザレシエの申し出は少し予想外ではあったが、ポーレとしてはその班に入るというだけで満足であった。
逆に不満顔をしているのはドラガンだった。
「僕だってそっちの班が良い。僕は最初からそういう話をしてたはずだ。ザレシエだって同意してくれてたじゃないか」
ドラガンの主張をザレシエは鼻で笑った。
「パン・ベレメンド、私は言うたはずですよ。皆で『報復』をしましょうって。ポーレさんとあなたやと『報復』やなく『復讐』になってまう。それやから私が音頭をとるんです」
それに街の顔役には綺麗な手でいてもらわないといけない。
バルタとアルディノもドラガンを諭した。
「あなたには今研究しとるもんがあるんでしょ。ユローヴェ辺境伯のとこからラルガが来てます。これまではアルディノの補佐をしてもろうてましたけども、これからはパンが使うてください」
納得がいかない。
ザレシエの説明に対し、ドラガンの表情はそう書いてあるかのようだった。
「パンにとって、自分でアリサさんの仇を取ろうとして野たれ死ぬことと、誰かしらの手によってでも仇討ちが成される事、どっちが重要ですか? 聡明なパンやったらわかるはずやと思います」
求めるのは結果。
そう言い切るザレシエにドラガンは、自分の思いを託そうと決心した。
姉ちゃんの仇が取れるなら手段は問わない。
「わかった。だけど一つだけ約束して欲しい。子供たちのためにも、絶対に無理はせずにこの街に帰って来て欲しい。この街は皆の安住の地なんだから。不在の間の家族の面倒は僕が責任を持ってみるよ」
いつになく真剣な表情をするドラガンに、ポーレとザレシエも無言で頷いた。
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