第3話 ベロスラフ

 アリサの胴体はどこに?

毎日のように朝から夕暮れまで、プラマンタとエピタリオンは空を飛びまくって捜索に当たっている。

ニキとアサナシアも一緒に捜索に参加している。

プラマンタたちもどんどん捜索範囲を広げているのだが、残念ながらここまで腕一本発見することができずにいた。



 そんなプリモシュテンに行商が帰って来た。

現在、行商はクリスティヤン・ベロスラフという青年が主となって行っている。



 ――ベロスラフは、ロハティンの孤児院にいたサファグンの子供でネヴホディーやザバリーの生徒である。

父も母もベロスラフは知らない。

赤子の頃に孤児院に捨てられていたのを保護されたのだ。

その際、巻かれた布にクリスティヤン・ベロスラフという名前が書かれていた。

恐らくこれがこの子の名前なのだろうとザドウチェ院長が推察し、そこからそう呼んでいる。


 ベロスラフという人物がどのような人物かザドウチェも探ったことがあったらしい。

だがそんな人物はロハティンにはいなかった。

ただし痕跡だけは見つかっている。

かつて酒場の給仕にそんな姓の娘が働いていたことがあるらしい。

それなりに人気の娘だったのだが、借金で身を持ち崩し行方不明となった。

その女性が失踪した時期と、ベロスラフが捨てられていた時期を考えると色々と推察ができる。

恐らくその女性は望まぬ妊娠をし、自分では育てることができないと判断し孤児院に生まれたばかりの子を捨てたのだろう。


 孤児院の子の中には両親が犯罪者という子も少なくない。

そんな両親の子たちの多くは性格が荒みきっていて、他の孤児院の子たちとしょうもない事で喧嘩をする。

親からの愛情を注がれずに育つのだからやむを得ない部分もあるのかもしれない。


 まだ幼ければ、それも矯正は可能である。

だがある程度まで育つと、それがその子の性格として沁みついてしまい、なかなか矯正は難しくなる。

ベロスラフはそんな荒んだ子たちに混ざって育つことになった。


 ザドウチェはどんな子も分け隔てなく接する人ではあったのだが、それが良い事かどうかというのは別の話であった。

ベロスラフのように比較的真っ直ぐ育った子も、荒んだ子と同じような目で見て同じような接し方をされた。

そのせいで、ネヴホディーが孤児院にやって来た時ベロスラフは荒み始めていた。


 ネヴホディーは熟練の教師であり子供を扱う術に長けている。

ザドウチェの方針を無視し、良い事をすれば褒める、悪い事をすれば叱るという態度で臨んだ。


 徐々に孤児院の子たちは自然に三つの班に別れていった。

ネヴホディーに認められたいと真面目に振舞う子たち、恥ずかしさからか中々真面目になれない子たち、どうしようもなく荒んだ子たち。

ネヴホディーの態度は厳正で、徐々に真面目に振舞う子が増えていった。


 その中にあってベロスラフだけが違っていた。


 ベロスラフはかなり頭の回転の良い子で、その時々で態度を変えたのだ。

ネヴホディーは長年の教師生活で目が肥えており、こういう子を見逃さない。

特別な子には特別な態度で接するのがネヴホディー流の教育方針である。


 ネヴホディーはベロスラフを呼びつけ自分の補佐をするように命じた。

教師見習いとして自分の代わりに小さい子たちに勉強を教えてやって欲しいと。

最初こそ嫌がっていたが、小さい子たちに慕われてベロスラフもまんざらでも無くなった。


 だが、どうしようもない子たちの班はそれが気に入らなかった。

ベロスラフたちを悪い道に誘おうと執拗に誘惑してきたのだった。

その班には、ベロスラフより体の大きい子もいれば、ベロスラフより年上の子もいる。

むしろそういう子たちが集まっていたと言ってもいい。

そのどうしようもない子たちがベロスラフの教えている子供たちを害し始めたのだった。


 ベロスラフは悩んだ挙句、子供たちを武装させるようにした。

だがベロスラフの教えている子供たちは、武器は持った事があっても使い方を知らない子ばかりである。

そういった子たちにベロスラフは護身の術を教えていった。

武器は人を傷つけるためにあるんじゃない、自分の身を守るためにあるのだと教えてこんだ。


 どうしようもない子たちは度々反撃を受ける事になり、徐々に孤児院から居場所を奪われ寄り付かなくなった。

だが恨みは忘れていなかったらしく、その者たちは奴隷商に雇われ、数年後に公安と共に孤児院を襲うことになった。



 プリモシュテンに来てからベロスラフはアリサに懐いていた。

臨時の教室は工員宿舎内にあって、アリサは頻繁に食べ物を持って様子を見に来てくれていたからである。


 アリサは面倒見の良い性格で孤児たちに対し弟のように接した。

その中でアリサは子供たちに色々な話をした。

ベロスラフはそんなアリサの話の中でロマンの話が気に入った。

ベロスラフは行商になりたいと言い出し竜車の扱いを学んだ。

ネヴホディーから卒業許可が下りると、ドラガンと面会し、行商になりたいと申請したのだった――




「パン・ベレメンド……アリサさんが見つかりましたよ……」


 行商から帰ったベロスラフは、倉庫に行く前に、護衛のマイオリー、イボットと三人で報告に来た。


 未だにドラガンは立ち直れてはおらず、姉を失った寂しさを埋めるように一心不乱に紙に何かの設計図を書きまくっている。

食事の誘いも聞こえないという感じで、部屋が暗くなった時と執務室で遊んでいるエレオノラの泣き声だけに反応しているような状況だった。


 そんなドラガンがベロスラフの言葉に強い反応を示した。


「どこ! どこで見つかったの?」


 ドラガンは椅子から立ち上がるとベロスラフに駆け寄り、両肩をぎゅっと掴んだ。


「オスノヴァ川に打ち捨てられていたそうです……」


 ベロスラフは無念さで涙を流した。



 アリサが失踪した日、ベロスラフはプリモシュテンにいた。

ちょうど翌日にマーリナ侯爵領に行商に行く予定であった。

出発を延期しベロスラフも捜索に加わった。


 そして、あの生首を目撃してしまった。


 翌日ベロスラフはザレシエたち首脳三人に呼び出された。

プリモシュテンからの使いだと言ってマーリナ侯を訪ねて欲しいとバルタから一通の書状を託された。

正直、行商に行くような気分では無かった。

だがザレシエからこんな時でも皆食べなければいけないんだと諭され、領府ジュヴァヴィへと向かった。


 手紙を読むとマーリナ侯は悲痛な表情をし、思わず手紙をぽろりと落とした。

手紙を拾ったデミディウは、何が書かれているのか気になり読んだ。

同じく悲痛な表情をし、手紙をそのまま世継ぎのボフダン卿へ手渡した。


 怒りで震えているボフダン卿を他所に、マーリナ侯は報告ご苦労であったと暗い声でベロスラフを労った。



 そこからベロスラフはいつもの商店に宿泊し、プリモシュテンの商品を売却しながら、必要な物を購入していた。

明日プリモシュテンに帰るという日の事だった。

店の片づけをしていると、執事のキドリーが慌てて商店に飛び込んできた。


 あくまで噂、そういう体でキドリーは話した。


 オアスノヴァ侯から使者が来たらしい。

数日前にオスノヴァ川の橋の近くで遺棄されていたご婦人の首なし遺体が発見されたのだそうだ。

オスノヴァ侯爵領でそういった事件が無いか徹底して調査したのだが、そんな話は無かった。

周辺の小さな伯爵領も同様だった。

となればマーリナ侯爵領かアルシュタかということになる。

恐らくはアルシュタだとは思われるが、一応マーリナ侯爵領でも調べてみて欲しいと手紙は締めていた。


 手紙を読んだデミディウは内容からして、もしかしたらアリサさんかもしれないと直感で感じた。


 マーリナ侯が竜車を貸すと言っているので、至急オスノヴァ侯爵領へ向かうようにとキドリーは言った。

乗って来た竜車はプリモシュテン市に届けておくからと。


 ベロスラフたちは夕暮れの中、オスノヴァ侯爵領の領府スタンツィアへ急行した。

すぐに辺りは暗くなったが、月明かりだけを頼りに、ひたすらオスノヴァ侯爵領を目指した。

途中プリモシュテンを通る辺りで日付が替わり、スタンツィアに到着したのは明け方であった。


 侯爵屋敷の門番は何事かと思ったが、ベロスラフがマーリナ侯の書状を携帯しており、例の首無し遺体の件だとすぐにわかった。

執事のチェピリーはベロスラフたちを教会の遺体安置室に連れて行った。


 向かう間、チェピリーは大まかな特徴をベロスラフたちに話した。

体毛は飴色で、女性、妊娠中。

残念ながら胎児も亡くなっていたそうだ。


 遺体は腐敗がすすんでおり、包帯にくるまれていて、いまいち判別ができなかったが、横に着ていた衣類が置かれていた。

最初にそれがアリサだと気づいたのはマイオリーだった。

この服を着ている所を目撃したことがあると。

服の色が違うが恐らくアリサの血で染まっているだけだろう。


 体には大きな外傷は無かったらしい。

あったのは足首に縛った痕があったくらい。

恐らくは首を絞められて殺された後、首を切断され、逆さづりにされていたのだろうということだった。


 ベロスラフたちは遺体を引き取ると、ゆっくりとプリモシュテンに帰還したのだった。

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