第23話 交渉

「一応持ち帰りとはしますが、恐らく否とは言わないでしょう」


 バルタはスラブータ侯にそう返答した。


 二人の侯爵の旗を見て海上で喧嘩を売れるのは、王国の正規海軍を保有しているアルシュタ総督くらいのものである。

海上保障費と考えれば、多少は払っても問題無いと考えるだろうし、荒天時の中継港としてスラブータ侯爵領が利用できるというのもかなり大きい。




 翌朝、一行は、スラブータ侯の軍船を護衛にキシュベール地区へと向かった。

ヴィシュネヴィ山を左手に見ながら、さらに南下するとキシュベール山が見えてくる。

斜面が急で高く尖った印象のヴィシュネヴィ山に比べ、キシュベール山は低くなだらかな印象の山である。


 西のベレストック辺境伯領に差し掛かると軍船が出航の支度をしていた。

だがどうやら二人の侯爵の家紋が見えたのだろう。

軍船はそのまま出航しては来なかった。




 バルタたちはいきなり港に入港するのではなく、一旦少し離れたところで停船し、プラマンタに書簡を持たせてまず入港許可を申請した。


 思ったより早く入港の許可が下りた。

プラマンタだけでなく船上の誰もがそう感じただろう。


 マーリナ侯の軍船が入港すると港はかなり騒めいた。

すぐに村長が駆けてきて、入港は許可したが辺境伯に連絡をしているので返答を待って欲しいと懇願してきた。

ならば先にドワーフの族長と話をさせて欲しいとバルタは要求した。

だが村長はそれも辺境伯の返答を待って欲しいと言って流れ落ちる汗をぬぐった。


「村長、よく聞かれよ。我々はドワーフの族長と話があるのだ。そちらが主目的なのだ。その際に、村長に訪問を妨害されたと知られたら族長は何と思うだろうな?」


 バルタはそう言って村長を脅した。

そうは言っても貴族の使者を自由に行動させたら、それはそれで村長が辺境伯から叱責を受けるかもしれないのだ。


「今、辺境伯の屋敷に急いで人をやらせています。すぐに戻ると思いますので、それまで村で旅の疲れを癒してはいかがでしょうか」


 キドリーはバルタに、村長の顔を立ててあげようと提案した。

もちろんここまでの事は事前に二人で弄した策だったりはするのだが、村長は知る由も無かっただろう。



 そこからそれほど時間を経たずして、ナザウィジフ辺境伯の執事と共に村の伝令が帰ってきた。

辺境伯は丁重に族長の元へ案内せよと命じたらしい。

それと、族長との面会が終わったら辺境伯の屋敷にも挨拶に来てもらいたいとの事であった。


 一行は村長の要請で村で一泊する事になった。

村長はバルタの恫喝に完全に委縮してしまっており、まるで貴賓に対するような態度でバルタたちとスラブータ侯の軍船の水夫たちを歓迎した。


 酒が用意されると、アルディノとイボット、ホロデッツ、プラマンタは大喜びで酒を呑み始めたが、キドリーとバルタはさすがにそんな気分にはなれず食事だけに興じていた。




 翌朝、バルタたちはホロデッツを残し、ナザウィジフ辺境伯の用意してくれた竜車でドワーフの族長屋敷へと向かった。

屋敷に到着すると家宰のエゲルが出迎えて、バルタたちを応接室へと通した。


 アルディノは一旦退室しようとしていたエゲルを引き留め、この屋敷にハラン・ゾルタンという者はいるかと尋ねた。

エゲルは、執事にそのような名の者がいるがどうかしたのかと尋ねた。

ベレメンド村の生き残りと聞くが間違い無いかとバルタが尋ねると、エゲルはかなり驚き、何ならお呼びしましょうかと言った。

エゲルの言葉で、事前に事情を聞いていたバルタたちは涙を流しそうになった。

書簡を預かっているからハランという者に渡して欲しいとエゲルに頼んだ。



 暫くして応接室にティザセルメリ族長が現れた。

一行を代表してバルタが族長と握手を交わした。


 二、三世間話をし、族長と多少打ち解けたところで、いよいよ本題の話となった。

実は鉄の加工品を作って貰いたくて交渉に来たとバルタは言って一枚の紙を族長に見せた。


「こん寸法ば見る限り、想像しとうよりばり大きな物んようばい。なるほど、こりゃ我らでなかと難しかろうな」


 小さな円盤状の物も形状からして、うちの得意分野だろうと族長は髭を撫でながら言った。


「もしかすると、これは定期的なご依頼になるかもしれません。周辺の貴族からも期待を寄せられている物ですから。故にマーリナ侯も船を出してくれまして」


 バルタがそこまで説明すると、族長は単刀直入に、これが何になるのかと尋ねた。

バルタは事前にドラガンから、ドワーフは常日頃からよくわからない部品を人間に作らされ不満が溜まっているのだと説明を受けていた。

バルタも人間であるからドワーフの族長としてそこを心配したのだろう。


「商売の話ですので、できればあまり口外していただきたくはないのですが……」


 バルタがそう言い渋ると、族長はここには我々しかいないと笑い出した。


「港湾の工房で船を陸揚げする際に使う施設です。これができれば、陸揚げに竜が必要なくなります」


 バルタはここが勝負所だと感じた。

ふむふむと言いながら話を聞いている族長に、急に真剣な顔をして少しトーンを下げて話し始めた。


「我らの『盟主』はここの地区の出身でして、少しでも竜に頼らないようにと、多くの事を考えてくださっています。竜産協会にこれまでかなり辛酸を舐めさせられてきたお方でして」


 バルタはあえて名前は伏せた。


 ドラガン・カーリク。

族長もその名は知っている。

ベレストック辺境伯領ベレメンド村の生き残りにして、ブラホダトネ公たちが必死に消そうとしている人物。

その数々の名声も散々耳にしてきた。

先の議会でのヴァーレンダー公の話も代表から報告を受けている。

目の前の男は『盟主』と呼んだが、噂では王室交代のキーマンとも言われている。


 断る謂れは無い。

話を聞く限りで、現王と宰相、ロハティン総督はそれだけの事をしでかしたのだから。

そしてここで承諾するという事は、すなわちそのままヴァーレンダー公たちへの盟に参加する事を意味していた。


「良かろう。試作品ん完成まで恐らく二週間かかる。代金はできてみらんとわからんちゃろう。それまではここに逗留していったら良かろう。温泉にでもゆたっと浸かってな」


 交渉成立。

バルタもキドリーもそう感じた。

二人が重大な責任を果たしほっと胸を撫で下ろしている横で、アルディノとイボットは温泉温泉と頬を緩めていた。

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