第22話 荷改め
マーリナ侯爵領を出港したバルタたち一行は、一路スラブータ侯爵領を目指して航行していた。
秋が過ぎ冬になり始めている。
この時期は海が
サモティノ地区で二泊。
そこからスラブータ侯爵領まで一気に進みたいという事で、波が穏やかになるまで三日逗留した。
マーリナ侯は次期家宰候補のキドリーという執事を派遣している。
キドリーは常にニコニコしているかなり大らかな人物で、見た目もかなり大柄である。
既婚者で子供が二人いる。
船長はキドリーの奥さんを見た事があるらしく、もしかしたらマーリナ侯爵領一の美女かもしれないと笑っていた。
正直そこまで良い顔とは言えないキドリーに、何であんな美女がとマーリナ侯の執事の間では話題なのだとか。
キドリーはマーリナ侯から道中は禁酒だと申しつけられている。
ところがキドリーは最初の寄港地のサモティノ地区の村で早くも酒を積んだ。
ペティアさんの手前ああ言っただけでマーリナ侯も本気で言ってるわけじゃない。
最終的にペティアさんにバレなければそれで良いし、もしバレたとしても、その頃にはペティアさんも忘れているだろうと。
いやさすがにそれはマズイんじゃないかとホロデッツとプラマンタは躊躇した。
ところが当のアルディノが、話がわかる人だと言って酒を呑み始めてしまった。
イボットは、別に怒られるのはアルディノで俺たちは関係無いと言って呑み始めたのだった。
サモティノ地区を出て南下すると、ロハティン近海で一隻の軍船が近寄ってきた。
バルタたちの乗った軍船には、マーリナ侯の家紋である『荒ぶる海竜』が描かれている。
さらに家紋の描かれた大きな旗も掲げられている。
誰が見ても問題があるようには感じない。
むしろマーリナ侯と軋轢を生みかねないと考え普通は近づかない。
軍船は三つの旗を掲げていた。
一つはバルタたちも掲げている『伝説の混合獣が水面を疾駆する姿』を描いたキマリア王国の国旗。
もう一つは『二匹の陸竜』が睨みあったデザインのロハティンの府旗。
三つめは『獅子の顔』を正面から描いたブラホダトネ公の家紋。
「こちらはロハティンの沿岸巡視艇である! 荷改めをさせていただく!」
ロハティンの軍船がそう言って停船を呼びかけてきた。
「何の嫌疑か言え! 我らは荷改めを受けねばならぬ覚えが無い! ただ領内を通過したからというのであれば、きっちりと報告させていただき、次回の議会で問題視させてもらう!」
次回の議会という単語にロハティンの軍船も少し怯んだらしい。
暫く返答が無かった。
「大罪人を運んでいるという噂が入ったので乗客を調査させて欲しいだけである! マーリナ侯に思うところがあるわけではない!」
それではマーリナ侯の船だから嫌がらせをしに来たと言っているようなものである。
船長は荷改めくらいさせてやったらどうかとキドリーに言った。
だがキドリーは、我らは極めて重要な極秘任務で来ている、やつらに見られたくない書簡を何枚も持っていると言って断固反対した。
とはいえ、このまま強制執行されたら船の大きさの差から万に一つも勝ち目は無い。
キドリーは腕を組み、何か良い方法が無いかと考え込んだ。
するとバルタに何か良い案が浮かんだようで、この通り言ってくれと指示した。
「我々もロハティン総督と事を構えようというつもりはない! 公務には協力しよう! ただ洋上では何だからスラブータ侯爵領に着いてから思う存分調べていただこうと思う! そこまで御同行願いたい!」
するとロハティンの軍船は反論せずにすごすごと寄港しようとした。
「どこへ行く気だ! 公務はどうした! 荷改めするのであろう! 大人しくスラブータ侯爵領まで御同行されたし!」
驚いたのはスラブータ侯である。
マーリナ侯の軍船を追ってロハティンの軍船が自分の領海内に侵入したという報を受けたのだ。
家宰のソシュノは大慌てで軍船を出港させ、マーリナ侯の軍船を保護させた。
港に停泊したマーリナ侯の軍船は、スラブータ侯、家宰のソシュノの立ち合いの下、ロハティン軍の荷改めを受ける事になった。
ロハティンの軍人がいきなり船に乗り込もうとし、ソシュノが、まずは何の嫌疑なのか通告をするのが常識だろうと指摘。
ロハティンの軍人は面倒そうに、先ほども通告したが大罪人を乗せているという噂がある為、船内を調べさせてもらうと通告した。
乗員は全員港に下船しているのだが、ロハティンの軍人は、各部屋に押し入り荷物をあさろうとした。
それをソシュノに咎められた。
「どういう事か? 例えロハティンの軍といえど、我が領内で略奪行為は許さぬぞ! そもそも人員を見るのに手荷物を調べる理由がどこにある!」
ロハティンの軍人は舌打ちしてソシュノを睨んだ。
その態度にソシュノは苛立ち一旦荷改めを中止させた。
船内に立ち入る人数を制限し、一人に対しスラブータ侯の軍人二人を付けた。
さらにソシュノは、少しでも不穏な動きをするようなら斬り捨てて構わないと命じた。
結局、ロハティンの軍人たちは船内をぐるりと見まわしただけで異常無しと判断したらしい。
そのまま乗って来た軍船に乗って帰ろうとした。
だが、それをスラブータ侯が引き留めた。
「彼らは大人しくそなたたちの公務に協力したのだぞ? 何もありませんでした、じゃあそういうわけでというのは、あまりにも横暴というものじゃないのか?」
スラブータ侯にすごまれ、ロハティンの軍人はご協力感謝すると、バルタたちの方すら見ずに小声で言い帰ろうとした。
「責任者は責任を取られよ! 少なくともロハティンに我が領海での警察権があるわけじゃないのだ。それを許可してやったのにその態度、それでは目こぼしはできぬ!」
スラブータ侯にそう要請されても、ロハティンの軍人たちは制止を無視して軍船に乗り込んだ。
そして逃げるようにロハティンの軍船は引き上げて行ったのだった。
「彼らも上から言われ渋々なのでしょう。やらねば自分たちが上から罰せられる。帰ってからの事を考えたら、スラブータ侯の怒りよりも上官からの叱責を怖がるのです」
バルタが遠く逃げて行ったロハティンの軍船を睨みながらキドリーに言った。
その日の夜はスラブータ侯の屋敷で晩餐となった。
今回の使者の目的は何なのか、ソシュノの関心はそれであった。
キドリーは一応、全て家宰のデミディウから聞いてはいる。
それをどこまで話してしまって良いものか、かなり判断に迷った。
最終的に、キシュベール地区へ商談に行くという事と、その商品の積み込みの為にナザウィジフ辺境伯に港の使用を許可してもらおうと思っているという事だけ話した。
スラブータ侯爵領から先は陸路で行こうと思っているという話をすると、街道警備隊がサモティノ地区への侵攻以降暴虐さを増しているから極めて危険だとソシュノに指摘されてしまった。
海路の方がまだ安全だと。
「ただ、ここからナザウィジフ辺境伯領に行くとなると、その前にベレストック辺境伯領を通らないといけないぞ? ロハティン同様、嫌がらせをされると思うがどうされる気か?」
スラブータ侯の言はキドリーもバルタも危惧していた事であった。
その条件は海路も陸路も同様なのだ。
黙っている二人にソシュノはニヤリと笑った。
「我らスラブータ侯の軍船が付き添うというのはいかがですかな? 我らも演習になりますしね。もちろんタダではないですよ? 値段は交渉という事で」
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