第47話 報告

 ヴァーレンダー公が事件の事を知ったのは、陽もかなり落ちかけた頃の事だった。

家宰ロヴィーから、ドラガンたちに付いて行った執事たちが戻らないと報告を受けたのである。


 彼らはピクニックに行っており、愉しく遊べば多少時間が遅くなる事もあるだろう。

微笑ましい話ではないか、最初はそう言って笑っていた。


 だが、そんなヴァーレンダー公の顔を凍り付かせる事になる。

憲兵総監のヴォルゼルが緊急事態だと総督府に駆け込んで来たのである。

憲兵隊の詰所に、自然公園に行った家族が戻らないとの相談が続出している。


「今すぐ自然公園に人を向かわせろ! 海兵隊も出す! すぐに事務局長を呼べ!」



 ヴォルゼルが退出すると、少し時間を置いてベクテリー事務局長が大慌てでやってきた。

自然公園で変事が起きたから海兵隊を出して欲しい。

名目は上陸訓練でどうか。

だがヴァーレンダー公の指令にベクテリーは難色を示した。


「残念ですが、今からではセイレーンが飛べませんよ。彼らは暗くなったら、ほとんど目が見えませんから」


 兵を出すのは構わないが、海兵隊は竜車を持っておらず徒歩での進軍になってしまう。

ベクテリーの指摘にヴァーレンダー公は少し冷静さを取り戻した。


「あい分かった。今から憲兵隊を現場に向かわせる。その間の街の警備をお願いしたい。それと応援を要請するかもしれないから準備だけはしておいてくれ」


 ヴァーレンダー公が脱力して椅子にへたり込むと、ベクテリーは早急に準備すると言って退出していった。



 入れ違いにロヴィーが入室してきた。

呆然としているヴァーレンダー公を横目にロヴィーは応接椅子に腰かけた。


「どうやら竜産協会が我らとカーリク様を切り離そうとしているようですね」


 襲撃者は竜産協会。

ロヴィーはそう考えているらしい。


「何故そう考えるのだ? 竜産協会の支部を潰した事にカーリクたちが関わっている事は公表しておらんはずだろ」


 ヴァーレンダー公は、ため息混じりに呟くように言った。


「元々カーリク様は彼らに目を付けられています。支部長から報告を受けて、別の地下組織にカーリク様を消せという指令が下ったのではないでしょうか?」


 ロヴィーは手を組み冷静にそう分析した。

つまりは先の神隠し事件とは別件。


「だとしたら、やつらの謀略も底が浅いと言わざるをえんな。私なら総督府の放った刺客だと思わせるように襲うが」


 そこまで言ってヴァーレンダー公は、以前ロヴィーが指摘した事を思い出した。

執事の中に裏切り者がいるかもしれないという指摘を。


「私もそう思います。だから執事の中に内通者を作っているんじゃないでしょうか?」


 カーリク様たち、特にあのザレシエというエルフの洞察力は異常に鋭い。

恐らく今頃、同じ事を感じている事でしょう。


 昨日の買い物でも、万事屋に依頼する際には人数と護衛という目的しか伝えていない。

仮にそれでカーリク様たちの護衛だと前日に報告を受けたとして、突然決まった今日のピクニックに対し襲撃する人数を揃えるというのは、いささか無理がある気がする。


「前々から計画していたとしたらどうか? この日を待っていたとしたら」


 ヴァーレンダー公の指摘にロヴィーは腕を組んでじっと考え込んだ。


「前々も何も、彼らがここに再訪してまだそこまで日数は経ってませんよ。そもそも最初にここに来る事になったのは単なる偶然ですし」


 ヴァーレンダー公は頭を抱えた。

これで彼らが災難に遭うのは二度目である。

この後どうしたものか。


「胸襟を開く方が彼らの誤解は解けるかもしれません。カーリク様とザレシエ殿。あの二人を呼んで、今回の件をどう考えているか認識の擦り合わせをしてはいかがでしょうか?」


 ロヴィーの提案にヴァーレンダー公は無言で頷いた。




 ヴァーレンダー公の下に憲兵隊からドラガンたちの無事という報が届けられたのは夜もかなり遅くになってからであった。

街はずれのトロルの集落で難を逃れている。


 その報を受けたロヴィーは、その人数に額から雫を垂らした。

カーリク様たちが六人、執事が三人、冒険者が三人。

計十二人で向かったはずである。

だが報告では難を逃れているのは九人だけだという。

まさかカーリク様たちに犠牲者が?

だとしたら誤解を晴らすどころではなくなってしまう。


 ヴァーレンダー公とロヴィーは続報を待つ事になった。



 続報が届けられたのは、夜も遅く日付が変わろうという頃であった。

ヴォルゼルが、まず第一報として情報を届けてきた。


 自然公園の駐車場に多くの竜車が止め置かれて事。

牽引の竜は全て殺害され一か所にまとめ置かれている事。

恐らく殺戮を受けたと思われる一般人の遺体が管理小屋にまとめて安置されていた事。

管理小屋の職員も全員殺されていた事。


 それ以上は明るくならないと全容はわからないという事であった。


「そんな状況でも彼らは最低限の事はしてくれたのですね……」


 ロヴィーの感想に、ヴァーレンダー公はさすがだと短く答えた。



 朝になりドラガンたち六人が全員無事である事が報告された。

ドラガンたちを乗せた竜車が宿泊所に到着すると、クレピーと冒険者二人が総督府に報告にやってきた。


 亡くなったのは執事が二人と冒険者が一人。

いづれも六人を守り散っていったと報告された。

その報告にヴァーレンダー公は、かろうじて糸は切れなかったと感じた。



 今回、冒険者への護衛の代金はかなりはずんでおり、かなりの手練れが来ていたはずである。

その冒険者がまさか自然公園で早々にやられているとは。


 ロヴィーは信頼できる執事を二人呼び寄せ、それぞれ万事屋と執事たちの調査を依頼した。

明日中に報告を頼む、ただし勘づかれぬように。

執事の調査を行う執事には特定の名前を言い、まずその人物から調査するようにと伝えた。

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