第11話 新年

 木々の葉が黄や赤に変色し絨毯のように地を埋め尽くすと、村のいたる所から薪を割る音が聞こえてくる。

ベルベシュティ地区はベスメルチャ連峰の麓にあり比較的標高が高い。

そのせいでかなり冬が厳しい。

冬の間は一面の雪に覆われ外出が制限される日が増える。


 その間、人間の居住区では蚕の繭を茹で糸を取り出し、それを布に織っている。

面白い事に糸を取り出すのは人間たちで、それをエルフのところで染色してもらっている。

さらにそれを人間たちが織って布にし、今度はエルフたちがそれを購入して、刺繍したり縫製したりして反物やハンカチなどに加工する。

見事に分業ができているのだ。

ただ村によっては、この売買の金額に不公平が生じていて軋轢が起こっているところもある。


 イリーナとベアトリスも、今年はどんな刺繍柄にしようと二人で話し合っている。

二人はアリサも一緒にどうかと誘った。

アリサは炊事と掃除の腕前は達人級なのだが、実は裁縫が大の苦手だったりしている。

基本中の基本である玉結びすら一回でできない。

玉止めに至っては何度やっても余分な部分ができる。

その為、いくらボタンを取り付けてもすぐに取れてしまう。


 いつも家事を手伝ってくれる恩返しに教えてあげると言ってイリーナは微笑んだ。



 アリサが針で指に怪我をしまくっている間、ドラガンは『水車』の設計図を紙に書いては消し、書いては消しして過ごしている。


 本格的な冬が訪れる前に、ある程度納得のいく設計図ができたらしく、アリサに見て貰おうと持って行った。

見てくれと言われても、アリサもこれが何か全くわからない。

ベアトリスもイリーナも見たのだが、正直、何が書いてあるのか全くわからなかった。


「で、これ、どこに取り付けるの?」


「取り付けるんじゃなく、『水車』の小屋を建てるんだよ!」


 嫌だなあ姉ちゃんと言って、ドラガンはケラケラと笑っている。

その態度に若干苛っとしながらもアリサは深呼吸して指摘を続けた。


「あなた一人でどうやって?」


「マチシェニさんも手伝ってくれるって!」


 ドラガンは目を輝かせニコニコ顔だが、アリサは何を言ってるのという顔でドラガンを見ている。


「これ、小屋なんでしょ? 二人でどうやって造るの?」


「冬の間に部品を作って……」


「ドラガン、小屋よ? 水汲み器とは規模が違うのよ? 二人でやったら何年もかかっちゃうわよ?」


 せっかく川に行かなくてもできるように考えたのに、そうドラガンは呟いた。

その発言にアリサは眉をピクリと動かした。


「ドラガン、まさかとは思うけど、この雪舞う寒い中、外で作業する気じゃないでしょうね?」


「ダメなの?」


「おバカ! ダメに決まってるでしょ!」



 アリサが刺繍に大苦戦しているうちに月日は過ぎ年が改まった。


 アリサとドラガンはイリーナたちに新年の挨拶をすると、人間たちの居住区へ向かい教会に一年の加護を祈りに出かけた。


 イリーナたちエルフはドワーフ同様、自然崇拝である。

『水神アパ・プルー』『風の女神フォルトゥーナ』『太陽神ソレルイ』、三柱の神を主神とした多神教を信奉している。

それ以外にも数多の神がいるのだが、どの村もこの三柱の神を祀る社を村の中央に建てている。

イリーナたちジャームベック村では『水神アパ・プルー』を祀っている。



 族長の屋敷の隣には超巨大な寺院が建てられている。

この大寺院では三柱の神を祀っているのだが、中央をどの神にするかで非常に揉めたらしい。

経典では三柱は同格という事になっている。

だが三柱を祀るためには必ず中央に鎮座する神が出てしまう。

困った僧たちは何か月もああだこうだと議論し、『風の女神フォルトゥーナ』を中央に祀る事に決めた。

唯一女神であるフォルトゥーナが中央の方が見栄えが良いという理由からだった。

ただしフォルトゥーナの社は、アパ・プルー、ソレルイの社に比べ小さく作られている。


 どの家庭も新年には各村の社を参拝して今年一年の幸運を請願している。

だが首長一家は慣例として大寺院を参拝し、その帰りに族長に新年の挨拶をする事になっている。

当然手ぶらというわけにはいかず、菓子や酒を持参するのが習わしになっている。

族長はその中から、小さい子にお菓子を、首長夫妻には酒を振舞っている。



 ドラガンたちが教会から帰ろうとすると、礼拝を終えた人たちがドラガンに今度は何を作ろうとしているんだと聞いてきた。

ドラガンが材木屋に入り浸って何かを作っているというのは、人間たちの間でも話題になっているらしい。

どうやら子供たちから報告を受けているらしく、川の水車の関係かと聞いてくる人が多かった。

今度、溜池を改造するんだとドラガンが言うと、人間たちは興奮気味に喜んだ。

見かけたら手伝いに行くからよろしくなとドラガンの肩を叩いた。

作業の後で呑む酒が旨いんだと誰かが言うと、それだよなと言って大笑いしていた。


 女性たちは、いつも子供たちの面倒をみてくれてありがとうとドラガンの手を取った。

最近、子供たちはあまり喧嘩をしなくなったのだそうだ。

何だか遊んでいて楽しくて仕方がないという感じらしい。

良い傾向だと学校の先生たちも感じているのだそうだ。


 村の皆に囲まれドラガンは照れまくっている。

そんなドラガンを見て、アリサは少し誇らしくも嬉しくもあった。




 その日の夕方、バラネシュティ首長が村に帰って来た。


 バラネシュティも早朝から、妻と七歳の孫娘を引き連れて、今年一年の村の幸運を請願しに大寺院を訪れている。

その後、ドロバンツ族長に新年の挨拶に伺った。

ドロバンツはバラネシュティを見ると、嬉しそうな顔をし別室を案内した。


 なかなか訪問客が途切れず、思った以上に別室で待つことになった。

妻と孫娘、三人で茶菓子をつまみながら珈琲を飲んで待っていると、ドロバンツが部屋に入って来た。

ドロバンツはお待たせしてしまったと言って部屋に入ると、喉が渇いたと言ってぐっと酒を呑んだ。

朝から吞みっぱなしだろうに、まだ呑むのかとバラネシュティは少し呆れ気味である。


「聞いてくれ! 例の件、スラブータ侯が承諾してくれたんや! ドワーフとサファグンの族長も協力を承諾してくれた。冬が明けたら建築開始や!」


「それはまた、えろう早く話が進みましたね」


「街道警察にしろ公安にしろ、だいぶ侯爵領で好き勝手やっとったからな。スラブータ侯もかなりご立腹やったそうや」


 ドロバンツは、ちょっと見てくれと机から丸まった紙を取り出した。

片側に文鎮を置きぱっと広げると、反対側にも文鎮を置いた。


「どうや! これが新しい市場『ゾロテ・キッツェ』や!」


「これはまた美しい街やなあ。街道から市場は少し離れとるんですね。そんで市場は円形なんですか。へえ」


「そうや。長い街道をダラダラ歩くんやなく、市場内をグルグル回る感じやな」


 バラネシュティだけじゃなく、バラネシュティの妻と孫娘も新市場の計画図に釘付けとなっている。

買い物しやすそうとバラネシュティの妻は大興奮である。


「この森から来とる長い線は何なんです?」


「水道橋や。ロハティンみたいに川から水を抜いて、市場内に噴水口を設ける感じやな」


 それなりの大きな都市で井戸水を使うのは、さすがに効率が悪い。

水を川から引き、垂れ流しにしておいた方が使い勝手が良いし、第一衛生的である。


「この商店の周りにあるのは何ですか?」


「これは行商たちの倉庫と宿舎やな」


「え? じゃあ住民の居住区はどこになるんです?」


 バラネシュティが不思議そうに問いかけると、ドロバンツは得意顔をしてニヤリと口元を上げた。


「ここには住民は住まへんよ。領府『ネドイカ』から歩いて数分やからな。ここは商業専門都市になるんや」


「じゃあ、ネドイカから買いに来てもらう感じなんですか」


 領府『ネドイカ』には、漁港もあれば小さいながら軍港もある。

西街道から真っ直ぐ海に接続されていると考えて良い。

つまりは、ロハティン同様、陸路だけでなく海路も利用できる。


 賑わえば若者が逢引場所に使うでしょうねとバラネシュティの妻が率直な感想を漏らした。

ドロバンツは、そういう事もあるだろうなとバラネシュティの孫娘を見て笑い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る