第46話 トロル

 夜も遅いから今晩はこの集落に停まって行ったらというアテニツァの姉の提案で、ドラガンたちはトロルの集落で一泊する事になった。


 ヴァーレンダー公の執事たちは夜遅くでも宿泊所に戻った方が良いと指摘したのだが、ザレシエとアルディノが、グレムリンが相手だから夜の行動は避けるべきと進言し押し切られる事になった。



 ただ部屋割りはそこそこ揉めた。

執事はもうクレピーにか残っておらず、護衛も二人に減り、真ん中の姉の家でも問題は無い。

だがアテニツァの姉の家は、正直そこまで広い家というわけではない。

六人も宿泊できるほど部屋があるわけではないのだ。


 最初、男女で別けようという話が出た。

ただそれだと襲われた時に女性の方はひとたまりもないという意見が出た。

たしかに女性三人が三人とも武芸がさっぱりなのだ。

ドラガンもさっぱりである。


 アルディノとドラガンは同じ家、そこまではすぐに決まった。

じゃあ私もドラガンの方、そう言ってベアトリスとペティアが言い合いを始めてしまったのだった。

結局、一番下の姉の夫がそれなりに武芸の心得があるという事で、当初の案の通り男女で別れて泊まる事になった。


 アテニツァは、夜中武器を握ってドラガンたちの部屋で見張りをしてくれた。

一番上の姉の夫も、それなりに武芸はやれるらしく武器を片手に寝ていたらしい。

それは一番下の姉の家も同様で、クレニケが見張りをして夫は武器を横に置いて寝てくれたらしい。



 こうしてようやく悪夢のような一日が過ぎた。




 翌朝、それぞれの家で朝食をいただき、三姉妹にそれぞれお礼を言った。

朝早くから、憲兵隊が何台もの竜車に乗って自然公園へと向かって行くのが見えた。

それを見てザレシエとアルディノは、ヴァーレンダー公はそうとう焦ったと見えると言って笑っている。



 昨日、ヴァーレンダー公の執事たちからは、昼前に迎えに来ると言われている。

それまでの間、ドラガンはアテニツァと集落を見てまわっていた。


 非常に貧しい。

それが最初の印象であった。

家も多くは土を盛っただけのもの。

雨は干した草を幾重にも重ねて屋根としてしのいでいる。


 学業の蓄積が無い、ヴァーレンダー公はそう言っていた。

ドラガンもお世辞にも学業はできた方では無かった。


 人間と複数の亜人の共生という意味では、王都アバンハードや西府ロハティンも同様である。

確かにロハティンも居住区は別れていた。

ただそれは生活様式の違いや考え方の差があり、その方が都合が良いからである。

このように明確に貧富の差が付いてしまっているのはどうなのだろう。

そうドラガンは考えていた。


 だからヴァーレンダー公は、毒沼がアルシュタの未来を担っていると言ったのだ。

ドラガンは改めてその事を実感した。



 一人のトロルの女の子がドラガンの近くに寄ってきた。

向こうに綺麗な花が咲いているから見に来て欲しい、そう言って手を引かれた。


 集落の外れにちょっとした広場がある。

そこに薄紫や桃色、白の花が咲き乱れていた。


 ドラガンはその中の薄桃色の花を一輪摘み、トロルの女の子の髪に差してあげた。

女の子は大喜びで、アテニツァに似合うかと何度も聞いている。

アテニツァが似合うよと言って微笑むと、女の子は花畑を嬉しそうに駆け回った。


「アテニツァ、どうしてここの集落には畑が無いんだい?」


 ドラガンは花畑の端に腰かけアテニツァに尋ねた。


 そもそも畑の知識が乏しい。

ルガフシーナ地区でも田畑は人間たちが営んでいて、トロルたちはそれを手伝って報酬を得ている状態である。

それも現物で。

だから食えないと思えば地区を捨てるしかない。

ただ村を捨てて大都市に行ったとしても、仕事があるというだけで下働きのその日暮らしという状況は何も変わらない。


「なら皆で泥沼においでよ。ヴァーレンダー公は君たちに畑を作る術を教えようとしてくれているんだから」


 ドラガンはそうアドバイスしたのだがアテニツァの表情はすぐれなかった。

そもそも農具が高くて買えない。

植える種も高くて買えない。

水の加減も難しいと聞く。

失敗すれば全てが水の泡。

そんな賭けに出れるほどトロルの生活は豊かでは無いのだ。


「アテニツァ。あの子たちの将来を、そんな言い訳で閉ざしてしまって君は何とも思わないの?」


 ドラガンの目の前の花畑には、いつの間にかトロルの子供たちが数人集まってきている。

先ほどの女の子と一緒に、きゃっきゃ言いながら駆け回っている。


「僕だって昔から何度も失敗し続けてきた。でも、姉ちゃんも母さんも次にそれを活かそうって言ってくれたよ?」


 失敗したって良い。

諦めない事が次に繋がる。

母のイリーナも姉のアリサも幼いドラガンに何度もそう言ってきた。


 アテニツァはすくっと立ち上がった。


「師匠さ話してみます。おらは、やりでえごどがあっから集落離れるけども、ドラガンさんの提案、集落全体で考えでみで欲しいってお願いしておぎます」


 そう言うとアテニツァはニコリと微笑んだ。

ドラガンもすくっと立ち上がる。

それを見た子供たちが、積んだ花を持ってドラガンとアテニツァを取り囲んた。



 昼前に一台の竜車がトロルの集落に到着した。

ドラガンたちとクレピーたち護衛は竜車に乗り込んだ。


 竜車の周りを子供たちが取り囲んでいる。

どうやらベアトリス、ペティア、レシアも集落の子供たちと遊んでいたらしい。

子供たちは『思い出』になるようなものを手渡している。


 御者が竜を進ませるとトロルたちは一斉に手を振った。

ドラガンたちも手を振り返した。


「気持ちの良い人たちだったね」


 レシアがそう言うとペティアとベアトリスがうんうんと頷いた。

ドラガン、ザレシエ、アルディノも賛同した。

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