第20話 現地調査
昼食の後ドラガンたちは応接間に通され、オスノヴァ川についての説明が行われた。
オスノヴァ川はいわゆる暴れ川である。
川は蛇行し、川幅が広く水量も多く、流れも急である。
豪雨になれば簡単に氾濫するので、河原周辺は沼地となっている。
一部は毒沼化している。
そのせいで、およそ人が住めない広大な土地が広がってしまっている。
オスノヴァ川を何とか制御しようと、これまで歴代オスノヴァ侯は莫大な人手と金を注ぎ込んできた。
だがここまでで成功したことといえば、川の土手に石を積み土で固め、氾濫を少しだけ抑えられたという事だけ。
このオスノヴァ川に橋が架けられたらというのは積年の悲願なのである。
これまで一体何度橋を架けようと試みたかわからない。
それなりに丈夫な物を架ける事に成功した事もあった。
だがそれも豪雨による増水を前に脆くも流されてしまった。
これまでで橋が流される原因はある程度わかっている。
豪雨の際、川の水が増水する。
実はこれだけでは橋が流される事は無い。
増水した川にベスメルチャ連峰から倒木が流れてくるのだ。
この倒木が濁流に乗って橋桁を叩きつけ破壊してしまう。
橋桁が壊れる事で橋も壊れてしまうのだ。
翌朝朝食を取ると、いよいよオスノヴァ川の状況を見に行く事になった。
ザレシエたち随行以外に、マーリナ侯やヤストルブナ親衛隊長、オスノヴァ侯、家宰フェルマ、オスノヴァ侯の親衛隊が数名と、かなりの大所帯で川を見に行く事になった。
オスノヴァ川は説明で聞くよりだいぶ流れが早く、かなりの川下に見に来ているはずなのだが、およそそうは感じさせない激流であった。
今は秋でまだそれなりに水量が多い時期ではある。
だがこれから冬に入れば上流で川が凍りかなりまで水量が落ちる。
工事をするならそこが狙い目だとフェルマは解説した。
「どうですか、カーリク様? 実際にご覧になっていただいて。昨日の説明は理解いただけましたでしょうか?」
フェルマが不安そうな顔でドラガンに尋ねた。
「多分ですけど、壊れない橋を作るのは極めて困難だと思いますよ。人は自然には逆立ちしたって勝てないですからね。ですけど壊れにくい橋を造るのは可能だと思います」
昔、農作業の合間に水路で流れる水を観察していた事がある。
……アリサにさぼるなとゲンコツを落とされながら。
その時の経験だと川を堰き止めれば川の勢いは消す事ができる。
だけどそんな事をしたら川の生き物は死んでしまう。
第一濁流を堰き止めるようなものを造るのは極めて困難である。
ではどうするか?
考えられるのは三点。
まずはなるべく川の勢いが弱くなる川下に橋を造る。
さらに橋桁の数を少なくして川の中央に橋桁を設けなければいい。
それと橋桁の前に杭を打ち、橋桁の無い場所に倒木が流れるようにすれば良い。
そこまで説明を聞き一同はぽかんという顔をしている。
ムイノクはザレシエに、どういう事かと小声で尋ねた。
ザレシエはかなり渋い顔をし首を横に振った。
お前がわからないのなら他の誰が理解できるんだとムイノクは乾いた笑い声を発した。
「一個目はわかるんや。三個目も何となくわかる。二個目がわからへん。そもそも橋桁の数を減らしてもうたら、橋が重みに耐えられへん気がするんや」
その場の全員が一個目の川下に造るというのは理解できている。
水源から遠ければ遠いほど水の勢いは弱い。
それは日々の生活で何となく感じている。
問題は残り二つである。
三つ目はこういう事だと言ってザレシエが河原の石を集め出した。
土の上に白くて丸い石を四つ縦一列に置いていく。
もう一度河原に行き、そこそこの太さの短い枝を拾ってきて、その丸石の真ん中に太い枝を滑らせていく。
すると枝は一つの丸石を巻き込んだ。
ドラガンはうんうんと頷いている。
皆がザレシエを取り囲み手元の枝の動きに注目している。
「これが現状やと思うんですよ。カーリクさんはこれを、中央を広げ言うてるんです」
ザレシエは四つの丸石を二つづつ左右でまとめ、かなり離して置いた。
「ちょっと待っていただけますか。倒木は必ずしも川の中央を流れてくるわけじゃないんですよ? その状態でも大して変わらないんじゃないんですか?」
フェルマの指摘にザレシエは、だから三つ目の仕組みが必要なんだと言って、二個の白い丸石の前に一つづつ黒い丸石を置いた。
そして先ほどと同様に太い枝を横に滑らせ、前に置いた黒い丸石に当て枝の向きを横から縦に変え、後ろの白い丸石の間を滑らせる。
「なっ! そういう仕組みか! 確かにそれなら倒木が橋桁に当たる頻度はぐっと減る事になるな!」
オスノヴァ侯が思わず立ち上がって、目を丸くしながら言った。
「だけど、問題は二個目なんですわ。カーリクさん。こんだけ間を開けてもうて、橋の強度は大丈夫なんやろか?」
ザレシエはドラガンに全幅の信頼を置いてはいる。
だが、それでも半信半疑という感じであった。
「やれるのかどうかわからないんだけど、アワビの殻を伏せたような形にしたら、やれたりしないのかな? あれってかなり丈夫で、上に人が乗れるほど頑丈だよね?」
ドラガンの説明でも、なおザレシエは首を傾げた。
もう少し何かしら説明が欲しい、そうザレシエはドラガンにお願いした。
少し考え込み、ドラガンは、そうだと言って手をパンと叩いた。
ペティアから写生用の紙を二枚借りると、ザレシエに見ててと言って微笑んだ。
ザレシエだけじゃなく、全員がドラガンの手元に注目している。
ドラガンは少し大きめの丸石を二つづつ地面に並べた。
一つは丸石の上にただ紙を乗せただけ。
もう一つは丸石の間に紙を上向きでたわませて引っかけた。
ドラガンは、先ほどザレシエが説明に使っていた丸石を拾うと、紙の上に置いていく。
ただ置いただけの紙は丸石一つ支えきれない。
だが、たわませた方は丸石三つ乗せてもびくともしない。
「どうかな? これで何とかならないかなあ?」
ドラガンは顔を上げ皆の顔を見た。
皆無言だったが、一様に驚いた顔をしていた。
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