第54話 ザバリー先生
チェレモシュネがかつての仲間に挨拶してくると言って執務室を出て行くと、入れ替わりにザバリー先生が入室してきた。
「随分と大変な役割を担っているんだね。あの発明少年が市の責任者とはね」
ザバリーは長椅子に腰を下ろすと、部屋をきょろきょろと見回した。
およそ都市の責任者の執務室とは思えない実に簡素な部屋である。
当然のように調度品など無く、手作りの粗末な机と椅子、接客用の長椅子と背の低い机があるだけ。
ドラガンが机の上の鈴をちりんと鳴らす。
すると外で待機していた若いトロルがやって来て御用を聞く。
飲み物と何か少し摘まめるものをとドラガンはお願いした。
ドラガンはザバリーの前の席に座ると、改めてお久しぶりですと挨拶を交わした。
「よくぞご無事で。正直、村の消滅の時に、一緒に虐殺されてしまったと思っていました」
ザバリーにとっては、かなり思い出したくない思い出なのだろう。
表情を曇らせて視線を落としてしまった。
「あの時、私はペトローヴ村長から村を追い出されたのだよ。あなたはこの村の出じゃないのだから、この騒動に巻き込まれるべきじゃないと言われてね」
――ベレメンド村を出たザバリーは身一つでキシュベール地区を彷徨い歩いていた。
手元にある財布の中身が今や全ての財産となってしまっている。
ベレストック辺境伯領では身に危険が及ぶと考えナザウィジフ辺境伯領へと逃げた。
だが自分のような流れ者が教師をやれるほど、どこの学校も甘くはなかった。
まさかベレメンド村の名を出すわけにもいかず、徐々に財布の中身も乏しくなってきていた。
そんな時、コムローという村で村の子供たちを相手に青空授業をしてあげていた所を村長が目を止めてくれた。
その子供たちの中に村長の孫がいたらしく、楽しい先生と紹介してくれたらしい。
教師の枠は無いが給料を出すので教師たちの補助をしてあげて欲しいと村長は言ってくれたのだった。
そうしてコムロー村の学校でザバリーは働く事になった。
ベレメンド村がどうなったのか、コムロー村にも情報が入ってきた。
だが、どうやら周辺の村が情報を歪めて流しているらしく、自業自得だという感じの話で入ってきたのだった。
「そのカーリクとかいう人でなしを教育したのは、どんな先生なんだろうね」
コムロー村の先生たちはそう言い合っていた。
ドラガンは決してそんな子じゃない、それは担任の自分が胸を張って言える。
そう声高に言ってあげたかった。
だが己が生活を考えると言えるわけが無かった。
その事が徐々にザバリーの心の中で変な
そんなザバリーから教師たちも少し距離を置くようになっていた。
そんなある日、一人の教師と些細な事から諍いになった。
教師といえど人である。
意見が対立する事はある。
それが子供の教育方針となれば議論も熱くなってしまう。
その議論の中でその教師はザバリーに言った。
「あんたなんだろ? ベレメンドとかいう村で人でなしを教育したのは。そんな人に偉そうに教育方針について口を出して欲しくは無いもんだね!」
教師たちは薄々感づいていたのだ。
その上で黙っていたのだ。
表面上は同僚のように振る舞い、陰ではザバリーを嘲笑っていたのだ。
翌早朝、ザバリーは一人静かに村を逃げ出した。
とぼとぼと荷物を背負いどこへ行くでも無く歩いていた。
逃がした子供たちはどうなっただろうか。
ザバリーの脳裏にあるのは、もはやそれだけであった。
そう思ったザバリーの足は自然と西街道に向いていた。
ベレメンド村では、それなりに長く教師をしていた。
教え子も数多くいる。
その多くが村の消滅と共に命を散らした。
私は一体どこで間違えてしまったのだろう。
そう思うとヤケ酒の一つも呑みたくなってしまう。
だが今はそんな酒などに金を使っている場合では無かった。
ロハティンに辿り着いたザバリーだったが、やはりここでも教師の空きは無かった。
街にはドワーフの居住区もあり、そこにも行ったのだが門前払いを食らった。
貰った給金はここまでの旅程でその多くを使い果たしてしまい、仕事を探さない事にはどうにもならない。
ザバリーは市場で会計係に空きが無いか探していた。
だが結局何も見つからず、最終的には財布もすられ、貧民街へと落ちて行った。
貧民街の孤児院、そこの院長のザドウチェがザバリーを受け入れてくれた。
そこの孤児院には一人先任の者がいた。
それがポーレの師ネヴホディーであった。
ネヴホディーはザバリーの身の上話を聞くと、ここの子たちに愛情を注いだら良い、我ら教師にはそれしか死者を弔う術は無いのだからと諭された。
こうしてザバリーは孤児院でネヴホディーと二人、子供たちに教育を施すことになった。
ザバリーはどんなことでも子供の目線に立って話を聞いてくれる。
どんな乱暴者からもしっかりと話を聞き、二人で解決法を考えようと言ってくれる。
そのせいか貧民街の子供たちが孤児院に集まるようになってきた。
こうして貧民街では子供による犯罪が激減していったのだった。
そんなある日の事、公安が孤児院に現れた。
公安は孤児院の子供たちにザバリーという男がいるかと尋ねた。
子供たちがいると答えてしまった以上、居留守を使うわけにはいかない。
この頃、ロハティンにはドラガンの噂はすっかり出回っていて、軍を差し向けたなどという話が出てきているような状況であった。
当然、ザバリーの耳にもその情報は入っている。
ザバリーはかなり警戒しており、言葉尻を捕らえられないように回答は慎重を期していた。
公安の質問は案の定ドラガンに関するものであった。
ドラガンとの関係についてはザバリーは包み隠さず話した。
その上で、ただ単に教え子だったという事が一体何の罪になるというのかと啖呵を切った。
それから数日して再度公安が来た。
今度はドラガンがお前の名前を語っていると言い出したのだった。
お前が裏で手を引いているのだろうと。
だがそれにも、適当に思いついた関係の無い名前が単に私だっただけのことだろうとシラを切り通した。
それから暫くし、街道警備隊がドラガン拘束に向かったという報を受けた。
さらに街道警備隊が完膚なきまでに叩きのめされたと聞いた。
この頃には孤児院の子たちの中でドラガン・カーリクの名は反骨のヒーローのようになっていて、悪が負けたと大喜びであった。
だが、ドラガンが漁に出て行方不明になったという報がロハティン市内を駆け巡った。
それを合図にしたかのように、市政に反発している冒険者たちが次々に逮捕拘禁されていった。
それが一通り落ち着くと矛先は孤児院に向かって来た。
孤児院は市からの福利厚生費で運営されている。
孤児院が運営費を不正に受給していると言って公安が大挙して押し寄せて来たのだった。
院長のザドウチェは逮捕され、事情聴取も無く公開処刑にされた。
子供たちも全員どこかに連れて行かれた。
孤児院にはただ二人、ネヴホディーとザバリーだけが残されることになった。
二人は必死に子供たちの行方を追った。
やっとのことで子供たちは奴隷商に売れられたということまで突き止めた。
だがそこでアルシュタ総督がやって来て、子供たちをさらって行ってしまったのだった。
ネヴホディーは激怒し、スラブータ侯爵領へ行き彼らの船に乗り込んだ。
一人残されたザバリーは、サモティノ地区の行商からプリモシュテンの話を聞く事になる。
そしてその中で懐かしい名前も聞く事になったのだった――
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