第53話 チェレモシュネ
本格的な移住が始まり、第二陣の最後の一便が到着した。
その便はスラブータ侯爵領からのもので、エモーナ工業の輸送船に乗って来た人たち。
スラブータ侯爵領からの最後の移住者ということで、多くの元山賊たちが港に詰めかけた。
もちろんその中にはアルテムもいるし、アンジェラ、イネッサ、オレストもいる。
さらにはドラガンとアリサも詰めかけた。
先に元山賊たちが船から降りてきた。
皆、かつての仲間を見て再会を心から喜んでいる。
そんな山賊たちに続いて一人の男が降りてきた。
背が高く、赤茶色の髪はここに来るにあたって短く刈ったらしい。
かつては無造作に伸ばしていて、まるで猛獣のたてがみのようであったのに。
左手には愛用の長巻を持ち肩に乗せている。
長巻の柄には荷物を縛り付けている。
シャツは大きく胸元を開け、右手にジャケットを抱えている。
腰には不格好な弩が吊るされている。
男は自分に手を振る人たちを見て照れくさそうな顔をする。
集まった人たちの中にタロヴァヤを見つけるとジャケットを振って合図を送った。
遠くにばかり目がいっていたが、人だかりの中に懐かしい顔を見つけた。
男は船を降りると真っ直ぐその懐かしい顔に向かって歩いた。
「よう。借りてた弩を返しに来たぜ。何だか見ない間に随分と背がでかくなったじゃねえか」
ドラガンはその男を見て頬の緩みが抑えきれなかった。
涙が出そうというのではない。
純粋に再会できて嬉しいという感情である。
「チェレモシュネさんこそ、随分と小ざっぱりしてしまって。でもそっちの方が僕は格好良いと思いますよ」
ドラガンが再開早々に生意気な事を言うので、ユーリ・チェレモシュネは可笑しくなって鼻を掻いた。
「子分共々、世話になるぜ。これからは好きに使ってくれて良いからよ。できれば旨い酒を報酬に貰えると嬉しいかな」
元山賊たちがさすが親分だと大笑いした。
チェレモシュネはかつての子分たちに、お前たちはいつまで山賊のつもりなんだと叱責した。
そんな元山賊たちは叱責されても、どこか嬉しそうなのであった。
すると突然ドラガンがポロリと涙を零した。
よく見るとアルテムも涙を流している。
チェレモシュネは船に知らない人物が乗っていることは知っていた。
だが、まさか顔を見ただけでドラガンたちが自然と涙を零すような人物だったとは。
ドラガンもアルテムも、船から降りてきた中年男性にゆっくりと近づいていった。
中年男性が荷物を地面に置き足を止めると、ドラガンとアルテムはその男性に向かって駆けよった。
アンジェラ、イネッサ、オレストもそれに続いた。
「君たち、見ない間に随分と皆背が伸びたものだね。ドラガンもこんなに立派になって」
アンジェラが先生と叫んで抱き着くと、イネッサも泣きながら抱き着いた。
「おやおや。アンジェラもイネッサもすっかりお姉さんになったものだね」
オレストもたまらずザバリーに抱き着いた。
「おお、オレストじゃないか。皆、すっかりお姉さん、お兄さんだな」
生きているなんて思わなかった。
それだけにドラガンも感動が
「先生、積もる話もありますから、まずは宿舎の方に」
ドラガンに促されザバリーは無言で頷いた。
かつての教え子たちに手を引かれ工員宿舎へと向かうザバリーは、あの頃からすると少しだけ痩せ細っていた。
イーホリ・ザバリー先生が来た。
その報はゾルタンたちドワーフの耳にも入った。
ラースロー、イヴェット、フラジーナも急いで駆けつけてきた。
かつての教え子たちは、ザバリーと話したいことが山ほどある。
ドラガンはザバリー先生との会談を他の子たちに譲り、自身はチェレモシュネとの会談に向かった。
「そうか、あのおっさん、お前の学校の先生だったのか。なるほどな。だから何だか近寄っちゃいけねえものを感じてたんだな」
チェレモシュネは船内での事を思い出し、苦笑いしてお茶を啜った。
ドラガンはチェレモシュネの言うことがイマイチわからず首を傾げている。
「学校嫌いだったんだよ。先生が何かっていえば俺を悪者にしたがってよ。話も聞きやがらねえんだ。おかげで俺は学校卒業してもどこも雇って貰えなくてな。家も飛び出して山賊に身をやつしたってわけよ」
今思い出しても胸糞悪いとチェレモシュネは憤っている。
「ザバリー先生は、どんなくだらない言い訳でもちゃんと聞いてくれましたから。チェレモシュネさんもザバリー先生の生徒だったら……」
そうかもしれんと、チェレモシュネはドラガンの言葉に鼻を鳴らした。
「ところで、俺はこの街で何をやれば良いんだ? 聞いたところによると子分たちは畑作業やってるみてえだけど」
今、元山賊たちの多くは畑仕事をしてもらっている。
だがタロヴァヤには畑仕事させずに、ボロヴァンの補佐をしながら物資の購入管理をしてもらっている。
「実はチェレモシュネさんにはやってもらいたいことがあるんです。その……実は最近、元山賊の方々と工員の方々が食堂で揉める事があるんですよ。しかもそれに漁師さんたちも加わっちゃって。皆気が荒いもんだから」
あの馬鹿共と吐き捨てるように言い、チェレモシュネは呆れ顔で項垂れた。
「そいつはすまなかった。いや、来る前に言ったんだよ。もう山賊じゃねえんだから、カーリクたちに迷惑かけるようなことすんなって」
チェレモシュネは大きくため息をつき右拳を固く握りしめた。
「いやいやいや。元山賊の人たちが悪いってわけじゃないんです。皆頑固なんですよ。自分の仕事に誇り持ってやってるもんだから。そのせいで意見が対立することがあって、で、なぜか喧嘩に……」
何となくその光景が想像できる。
できるだけに腹が立つ。
チェレモシュネは頭を抱えてしまった。
「ようは何か、元山賊の首領の俺に、この街の警察をやれってか。随分と面白いことを考えるじゃねえか。わかったよ、任せとけ」
チェレモシュネは椅子の横に置いてあった長巻を手に取ると、ニヤリを口元を歪めた。
「できるだけ穏便にお願いしますね。皆、僕の大切な友達なんですから」
『皆、僕の友達』
その言葉にチェレモシュネは胸の奥の何かをくすぐられるような感覚を覚えた。
「『友達』か。そうだな。友達は大切にしねえといけねえよな。それだけに喧嘩するやつにはお仕置きが必要だと俺は思うんだよ。皆仲良くやるためにな」
チェレモシュネは得意げな顔でドラガンを見て高笑いしたのだった。
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