第2話 失竜

 出港したドラガンたちは最初の漁場に向けて船を進めていた。


 竜を離し魚を追い込んでもらい、竿で一匹一匹釣り上げていく。

船に乗るのは久々ながら、ドラガンも針を落とし次々に釣り上げていった。


 次の漁場に着くまでかなりの時間を要する為、その日の漁はそれで終わりとなった。

その時、竜に異変を覚えた船員がいたらしい。

船員は船長のスミズニーに報告。

スミズニーと副船長ホロデッツが竜の様子を観察した。

確かに言われてみると人で言う右腕にあたるヒレの動きが鈍い。


 ユローヴェ辺境伯領の村では、遠洋漁業は僚船りょうせんと二隻で行動しているところが大半である。

竜に何かあった際、僚船の方の竜に曳かれ緊急帰港する事ができる為である。

また、竜同士がお互いの状態を確認しあってくれ、異変があれば鳴いて知らせてくれる。

さらにいえば、一頭で魚群を探るより二頭で探った方が見つけやすい。


 エモーナ村もかつては二隻で運用していた。

だが僚船の船が老朽化し、竜も老いてしまい、船長も亡くなってしまった。

後継者が重税に耐えかね村を捨ててしまい、竜も亡くなり、船は廃船になった。

やむをえず、そこからスミズニーたちは一隻で遠洋漁業に出ている。



 数人乗りの小型船を降ろし、獣医を兼ねる船員とホロデッツが乗り込み、竜の手綱を手繰って竜に近づいた。

竜は明らかに熱を持っており、意識が朦朧としているという感じだった。

荒れる波の中、竜のヒレにロープをかけヒレの先へと船を移動させる。

竜の知識のある船員はロープで体と小舟を縛り、海に潜ってヒレの状態を確認した。


 上からではよく見えなかったが、下から見ると何かが刺さっているのが見える。

船員がその刺さっていたものを引き抜くと、竜は暴れて船員を叩きそうになった。

危ないと感じたホロデッツは思い切りロープを引き、何とか事なきを得た。



 船上に戻ったスミズニーとホロデッツは、竜の知識のある船員が持ち帰ったものを見た。

それは輪に何本かの針が付けられた代物だった。

手の平より少し小さい程度の針山。

これは一体なんだろうとスミズニーとホロデッツは言い合った。

すると船員の一人が、それを刺した人物に心当たりがあると言い出した。


 遠洋の漁が開始になる頃になると、各村に竜産協会から竜医がやって来る。

遠洋漁業は、秋頃を最後に冬の間休漁となる。

その間に竜が何か病気になっていないか検診をするのである。

他の村はとっくに竜医が来ていたのに、エモーナ村には中々来なかった。


 このままだと、定期健診をせずに初の漁になってしまうと危惧していた。

結果的に竜医は来たのだが、その日というのは出港の前日であった。

竜医が帰った後、妙に竜が落ち着かないと思っていたが、年に一度の検診で興奮しているのだろうと思っていた。


 恐らくは『竜用の麻薬』。

話を聞いた竜の知識のある船員がそう口にした。

それがこの針に塗布されていたのだろう。

船員たちに戦慄が走った。


 スミズニーとホロデッツは船室に戻って今後の対応を検討した。

二人とも意見は一致している。

緊急で帰港すべき。

今であれば場所もだいたい把握できる。

太陽の方角から帰る方向はわかるし、竜は麻酔で眠らせて帆を立てて牽引すれば良い。

まずは少しでも港に近づこう、そう言い合っていた。



 その時船が大きく揺れた。


 海竜が狂ったように泳ぎ出したのだった。

スミズニーは麻酔を持ってこいと船員に命じた。

ところが船員の報告にスミズニーは愕然とした。

竜用の薬箱から麻酔針がなくなっていたのである。

この薬箱も竜の定期健診の時に、毎回竜産協会の竜医が内容を確認している。



 このままでは自分たちの場所を見失う可能性がある。

その事態だけは避けねばならない。

だが竜の所有権は国にあり、勝手に手放したら法で処罰される事になりかねない。

そうなれば船員全員が路頭に迷う事になってしまう。

やむを得ず船員を船倉に避難させ、竜が疲れて大人しくなるのを待つ事にした。


 結局一時間以上、竜は狂ったように泳いでいた。

その後、疲れてぐったりとしてしまった。



 これはもしかしたら長期戦になるかもしれない。

そう思ったスミズニーは、竜を手放し自力で帰港する準備を始めた。

こうなってしまったからには、竜を手放す事への処分よりも船員の命が最優先。

船員たちに命じ、船倉にしまってある帆と舵の準備をしてもらった。


 暫くは竜はまともに動けないから、今のうちに船底の肴を全て防腐処理しようという事になった。

船員たちは棚を複数取り出し、そこに開いた魚を並べていった。

イカは開いて、洗濯物のようにロープに引っ掛けて干した。

たまに海鳥が様子を伺いに来るのだが、それを銛で突いて、これも貴重な食料とした。



 ドラガンはホロデッツに言われ飲み水を作る事になった。

大きな鍋を用意し、蓋を逆にし取っ手にコップを括り付ける。

蓋を閉じ海水を煮ると、白い霧のようなものが立ち上る。

鍋の蓋の上には濡らした布を置き蓋を冷やし続ける。


 煮詰めると海水は減る為、何度も何度も海から汲んでは鍋に足していく。

暫くするとコップ一杯の水が溜まる。

これを革袋に入れていく。

この作業をひたすら繰り返した。



 翌朝、目が覚めると船外に絶望的な光景が広がっていた。

船がサメに取り囲まれていたのだった。

竜は胸ヒレを怪我し、ぐったりしている。

その竜を食べようとサメが集まってきてしまっていた。


 竜は必死にサメを追い払おうとしていたのだが、いかんせん暴走で体力が奪われてしまっている。

徐々にサメに体を食いちぎられ、絶命し海の底に沈んでいってしまったのだった。



 絶望している船員にスミズニーは、自力で帰るから準備を始めろと指示をした。

船員は船の中央にマストを立て、マストに帆を括り付けた。

船尾には舵を降ろし、棒を左右に振る事で舵を動かせるようにした。



 これでもう自力で帰るしかなくなり、方針が固まってかえって良かったかもしれないと、船員たちは言い合った。

帆は風を受け、船はひたすら南に進路を取って突き進んだ。


 船の修理に竜の購入、次の出港はいつになる事やら。

船員たちは、笑いながらそう言い合っていた。

笑うしかない。

弱音を吐いたり文句を言ってもどうにもならない。

それが船上というものなのである。



 ところが、その日の夕方から船がぴたりと止まった。

風がいでしまったのだ。


 丸二日、帆が掴めるような風は吹かなかった。

だが海には潮流というものがあり、船は潮流に乗って流されていった。

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