第20話 相似
時化た海の中、竜は軍船を曳きアルシュタに向け泳ぎに泳いだ。
ここまでの船の揺れは、船員ですら中々体験するものではないらしい。
船員の中にも体調不良を訴える者が出ている。
それでも艦長は嵐の前にアルシュタに着かねばと船員に無理を強いた。
その甲斐あってか翌日の昼過ぎアルシュタに到着。
海は嵐で完全に大時化。
ここに来るまでに軍船は何度も波に叩きつけられ、あちこち外装がボロボロになっている。
船底にひびが入ったようで少し浸水もしているらしい。
荒れた海の中、小さな小舟が降ろされ、まず真っ先にエルフの二人とレシア、クレピーが降ろされた。
船酔いの酷い三人は竜車に乗せられ、クレピーの案内でそのまま真っ直ぐ宿泊所へと連れていかれた。
その後でドラガン、サファグンの二人、アテニツァが艦長と共に下船した。
外は大雨であり、軍港に下りてもほとんど人はおらず、家宰ロヴィーと数人の執事が待っていただけだった。
ロヴィーはドラガンの顔を見ると、ヴァーレンダー公が到着を首を長くして待っていましたよと言って微笑んだ。
アテニツァはトロルの友人たちが出迎えに来ており帰還を喜び合っている。
ドラガンたち三人も一度宿泊所へ向かい荷物を置いた。
暫くすると一人の執事がやって来て、ヴァーレンダー公がドラガンに逢いたいと言っているがどうですかと尋ねてきた。
ドラガンは執事に、連れがあんな状態ではさすがにと苦笑いした。
だがアルディノに、迎えを寄こしてくれたのにそれは無いだろうと指摘されてしまった。
自分も同席するから顔だけでも見せておこうと提案された。
それでも渋るドラガンにアルディノは、この執事の顔も立ててやれと小声で耳打ちした。
なるほど、そういうものかと納得したドラガンは、着いたばかりなので短時間であればと返答した。
ドラガンが総督府に現れた事にロヴィーがかなり驚いている。
ヴァーレンダー公が顔が見たいとせがんだ為迎えをやってはみたが断られるとばかり思っていた。
そもそもロヴィーは、ドラガンがヴァーレンダー公に対しそこまで良い感情を抱いていないと考えている。
その原因がヴァーレンダー公にある事も薄々感づいている。
ヴァーレンダー公はおよそ他人に興味が無い。
興味があるのは他人の『能力』だけなのである。
ようは『使える』か『使えないか』、そこにしか興味が無い。
それが透けて見えてしまっているのだ。
ロヴィーから見てドラガンも、向きは異なるも同じ類いの人物に見えている。
何を置いても自分の興味。
それ以外の事にはあまり関心が無く、来る者はその場で対処するという人付き合い。
そのように見えている。
村に帰り何かあったのか、それとも随員の誰かが何か言ったのか。
後でクレピーから詳しく報告を受けねば、ロヴィーは、にこやかな顔の裏でそんな事を考えていた。
応接間に通された二人は、出されたお茶を啜りながらヴァーレンダー公の現れるのを待っていた。
その間はロヴィーがドラガンたちの相手をした。
大時化で大変でしたねから始まり、随行が多いという話になった。
アルディノを紹介し漁業関係者の協力をお願いすると、ロヴィーは、お任せくださいと胸を叩いた。
その後、沼の方は驚くべき成果が出ているという話になった。
ただ少し問題が出ているようなので、落ち着いたら視察に行って欲しいとロヴィーはお願いした。
そこまで話したところで応接室にヴァーレンダー公が現れた。
ドラガンとアルディノが席を立つと、ヴァーレンダー公は、つかつかとドラガンの前まで速足で歩いてきて手を取り、よく戻ってきてくれたと笑顔を向けた。
ドラガンが殿下もお変わりないようで何よりですと言うと、ヴァーレンダー公は酷く驚いた顔をしロヴィーの方を向いた。
「おい、今の聞いたか! いつの間にやら社交辞令を覚えたようだぞ!」
ヴァーレンダー公が笑い出すと、ロヴィーも、村で何か怒られて来たのかもしれませんと言って笑い出した。
それはあんまりですよと、ドラガンは顔を引きつらせた。
アルディノは、どんだけ失礼だったんだと呆れて失笑している。
ヴァーレンダー公が席に着くと、新たなお茶と茶菓子が運び込まれた。
ヴァーレンダー公は、本当にドラガンの顔が見たかっただけのようで、村の様子はどうだったやら、会いたがっていた姪っ子はどうだったかなど、取り留めも無い話ばかりしている。
ドラガンが一つ一つ返答していくと、それを嬉しそうに聞いた。
お茶を飲み終えると、最後に、沼の作業場の者たちがお前に会いたがっていたぞと微笑んで退席した。
思ったより好感の持てる人だった。
宿泊所に戻ったアルディノがドラガンにそう漏らした。
アルディノはポーレから事前に聞いていた話で、もっと陰謀家の人物像を想像していたらしい。
ザレシエをもっと極悪にした感じ。
そういう例え方をした。
何を考えているかわからないという人物か、人を食ったような嫌味な人物を想像していたのだとか。
「一体どこに目を付けてるんです? ザレシアが聞いたら笑いますよ」
ドラガンが笑いながら指摘するので、アルディノは少し気分を害した。
「何でじゃ。これといって、おかしな素振りやらなかったじゃろうが」
「同席したあなたに一言もありませんでした。これまで会ってきた貴族の方はどの方も、例え興味が無くても一言二言は同席した方に声をかけていましたよ」
そういうもんなのか。
アルディノはドラガンの言葉にかなり驚愕した。
ドラガンの洞察力もさる事ながら、ドラガンがそれに気付けるほどに貴族との交流があるという事に驚愕した。
同時に、これは自分の出る幕では無い、自分の戦う戦場ではないと感じた。
やはりポーレが言うように、自分の戦場はあの三人のお嬢さんたちなのだろう。
こちら方面の事はザレシエに任せよう。
そう強く実感した。
「あの方は、自分が興味の無い人にはああいう態度なんです。ホロデッツさんたちにもああでした。僕はずっとそれが気になっていたんです」
そのドラガンの言葉にアルディノは首を傾げた。
少し考え、ぷっと噴き出してしまった。
ドラガンが不思議そうな顔で、アルディノを見つめる。
「すまん、すまん。いやなに、それをお前さんが言うんじゃな思うたら、おかしゅうなってしもうてな」
ドラガンは、僕はあんな偏屈者じゃないと言って、ぶすっとした顔をした。
似た者同士、大した変わりはない。
アルディノはそう思ったが、それ以上は口にしなかった。
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