第40話 独白

 翌日、薬膳粥が効いたのか、熱が下がったようでかなり体が楽になっていた。


 半身を起こし部屋を見渡していると、ドアの外からトタトタという音が聞こえてくる。


「あ、ドラガン起きてるやん! 体調はどう?」


「おかげさまで、かなり楽になった気がする」


 ベッドから起きようとして布団を避けると、ベアトリスが、きゃっと小さく叫んで目を背けた。

自分が下着一枚で寝ていた事を思い出し慌てて布団で下半身を隠した。

それでもベアトリスは気まずそうな顔をして、ドラガンから顔を反らしている。

どうにも気恥ずかしかったようで赤い顔をし、机のとこに着てた服あるからと言ってそそくさと部屋を出て行った。



 萎えた足で、一歩一歩確かめるように机に向かって歩いた。

机の上には着ていた服が洗って干して綺麗に畳まれている。

その横には巾着の袋がやはり洗って畳まれて置かれている。

その巾着の上にレースのハンカチが畳んで置かれている。

その横に丸まった手紙が置かれている。


 少しだけ手紙を読み、じわりと涙が溢れすぐに机に戻した。

服を着て涙を拭い振り向くと、ベアトリスが様子を見にやって来ていた。



 ベアトリスに付いて食卓へと向かった。

基本的にエルフもドラガンたちと台所は変わらないらしい。

一段下がった土間にかまどがあり、横に薪が重ねて積んである。

反対側に流し台があり、手前に水桶、柄杓ひしゃくが挿さっている。


 恐らく昨日煮たであろうスープをイリーナが温め直している。

塩漬け肉の代わりに、大きなキノコが焼かれて皿に置かれている。

だがパンが見えない。

イリーナは竈から鍋をどかすと、竈の内側で焼いていた三角形の平べったいパンを取り出し皿に乗せた。

強い香辛料の香りのするスープを小さな器によそうと、イリーナはドラガンを空いた席に座るように促した。

竈に土をかけて火を消してからイリーナも席に着いた。


 ベアトリスたちは、平べったいパンを千切ってスープにひたして口にしている。

ドラガンもそれを見ながら、同じようにパンを千切り一口口にしてみる。

一口目は感じなかったが、徐々に口の中に辛さが広がってくる。

二口目には額にじんわりと汗が噴き出してきた。


「あの、これ何のパンなんですか?」


「普通に小麦のパンやけど。人間の人たちは丸く成型するんやけど、うちらは火が早よ入るようにこういう形なんよ」


 イリーナの説明からすると、辛いのはパンでは無くスープの方という事になる。

パンだけを食べてみると、確かにいつもの食べ慣れたパンの味だった。


「こんなに薄いのに、柔らかくて美味しいパンですね。ちょっとスープは辛いけど」


 素直に感想を口にするドラガンに、イリーナはニコニコしている。


「うちらエルフは香辛料を好むからね。ドワーフは何を食べるんやろ?」


 そう言われても、ドラガンもドワーフの食生活を詳しく知っているわけでは無い。

遊びに行った際のご馳走か、ゾルタンの家で出される軽食しか知らない。


「ドワーフの人たちは、ライ麦のパンとジャガイモでしたね。あとは塩漬け肉ですね」


「そらまた堅そうなもんを食べてるんやねえ。それやからあんな岩石みたいな顔になるんやろうね」


 イリーナがそう言って笑い出すと、ベアトリスもケタケタと笑い出した。



 食事が終わると、イリーナは食器を片付け、ベアトリスは机を拭いた。

ドラガンも何かを手伝おうとしたのだが、イリーナに邪魔だから座ってろと叱られてしまった。

こういうところ、ドラガンの母親とそっくりだと思わず苦笑してしまう。


 ベアトリスは、食後に竈の余熱で沸かした湯でコーヒーを淹れ、肉桂シナモンという香辛料の粉を入れて差し出した。

イリーナも食器を洗い終え再度食卓についた。


 イリーナはコーヒーをひと啜りし、ドラガンの顔をじっと見つめた。


「ドラガン。まだ色々と混乱してるんやろうけど、今話せる範囲で話聞かせてもらえへんやろうか?」


 ドラガンはどこまで話すべきか非常に迷った。

だがこの二人であれば、もしかしたら味方になってくれるかもしれない。

まだほんの少ししか接していないが、何かそう感じるものがあった。


「その前に一つ聞いても良いでしょうか?」


「何? 話せる事やったらうちらも話してあげるよ」


 イリーナは顔の前で手を合わせニコリと微笑んだ。


「この家のご主人はどちらに? まだ顔を見ていないのですけど」


 ドラガンの言葉に、イリーナとベアトリスは顔を見合わせ露骨に落ち込んだ顔をした。

ドラガンとしては、この二人はともかくベアトリスの父、イリーナの夫は自分を良く思わないかもしれないと危惧しての質問だった。

だが、聞くのでは無かったと後悔した。

二人の表情から、恐らくもうこの世にはいないのだろうと察した。


「四年前にね、亡くなったんよ。今はうちら二人だけ」


 先ほどまでの笑顔は、誰が見てもわかる愛想笑いに変わっている。


「その、申し訳ありません。込み入った事を聞いてしまって……」


「良えよ。それを確認せなあかんような際どい事を言おう思うてるんやろ?」


 イリーナの言葉にドラガンは静かに頷いた。

その態度でイリーナもベアトリスも極めて真剣な表情になった。


 ドラガンは、自分がキシュベール地区のベレメンド村というところの出身であること、ロハティンに行商に行った事を話した。

自分には姉がいて、義兄、父、護衛二人の五人で出かけた。

そこで竜が盗まれた事までを話した。


「ああそれ、この間帰って来た行商の人らから聞いたよ。竜産協会の職員が行商から竜盗んでたんやってね」


 イリーナはその話を、あくまで噂話と捕らえたらしい。

だが改めて別の人からも同じ話を聞き真実だったんだと感じた。


「それを暴いた事で、僕たちは彼らの恨みを買って追われる事になったんです」


 街道の途中で街道警備隊を装った公安に襲われ、父と義兄、護衛の一人が殺された。

護衛のもう一人が彼らに寝返る事で自分は命を救われた

そこを山賊に助けられた事まで話した。


「ん? あれ? 竜産協会の話やったんやなかったの? 何でそこで、公安が出てくるん?」


 ベアトリスに指摘され、ドラガンは話の途中を端折ってしまった事に気付いた。


「共犯だったんですよ。竜産協会とロハティンの公安が」


「嘘やん。最悪やん、それ」


 あまりに壮絶な話に、イリーナとベアトリスは言葉を失ってしまった。

もはや何と声をかければ良いかもわからない。

特にベアトリスは、かなり同情的な目でドラガンを見ている。


「そやから昨日、うちらに迷惑かかるからすぐに家出てくなんて言うたんや」


「実はその後、休憩所で竜産協会の奴らに仲間の遺品まで盗まれてしまって、しかも僕が盗人に仕立て上げられちゃって。それで街道警備隊にも追われてて……」


 あまりの運の悪さに、イリーナたちは開いた口が塞がらなかった。


「そしたら、ここから外出たらドラガン捕まってまうやん」


 どうするつもりだったんだろうと、ベアトリスは母を見て苦笑いした。


「何とかロハティンの冒険者をどこかで掴まえようかと……」


「ロハティンに入られへんと、冒険者捕まえる前に街道警備隊に捕まるんと違う? 仮に上手く入れたとしても公安に捕まってまうでしょ」


 黙ってしまったドラガンに、ベアトリスは、計画がザル過ぎると呆れ口調で言った。


「そもそも普通に考えて、まずは自分の村に帰ろうとするもんやないの?」


 ベアトリスがそう指摘すると、ドラガンは、どういう意味かはわからないが山賊が村に帰るなと言い残したと説明した。


「なるほどね。ドラガンが帰る前にそいつらが村に向かってるいう事なんや」


 イリーナは、話を聞いただけで山賊の言いたい事がわかった。

だが未だにドラガンは意味がわからないらしい。

イリーナはドラガンに、恐らくこういう事だと思うという感じで説明した。


 今頃、竜産協会の奴らはベレメンド村に行き、街道警備隊を語ってドラガンたちが仲間割れをしたと報告をしているのだろう。

恐らく一人残ったドラガンが売り上げのお金に目がくらんで、他の人たちを殺害し逃走した事になっている。


「え! そんな事になったら僕の姉ちゃんと母さんは!」


「きっと村を追い出される事になるやろうね。というか……村自体、どうなってるか……」


 イリーナの指摘にドラガンは動揺を隠せなかった。


「僕、この先どうしたらいいか……」


 ドラガンは絶望感で打ちひしがれている。

その様子を見たイリーナはドラガンの隣の席に座り直し、そっとドラガンを抱き寄せた。


「暫くは、辛かった事は忘れてうちにいたら良えよ。うちの子として、うちらと一緒に暮らしたら良い。これまでの事は何にも思い出せへんいう事にするんや」


 そう言ってイリーナはドラガンの頭を優しく撫でた。


「だけど姉ちゃんと母さんが……」


「ドラガン、焦る気持ちもわかるけども、こういう時に重要なんはね、情報を集める事やで。目を瞑って弓を撃っても的には当たらへん。目を開いてよう的を見て撃たんと」


 でも名前が無いのは不便じゃないかなとベアトリスが指摘した。

イリーナは少し悩んで、暫定的に『ヴラド』という名前を提案した。


「誰の名前なんですか?」


「風土病で早世した私の叔父の名前や。めっちゃ下痢してね」


 その名前を名乗る事にドラガンは一抹の不安を覚えた。

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