第6話 プラマンタ

 なぜ難破なんかしたのか原因はわかっているのかと、ラズルネ司令長官が尋ねた。

海竜に何者かが細工をしていたらしく、出港から一日後に竜が暴れ、その後サメの餌食になったとホロデッツは報告。


「その『何者か』というのはわかっているのかね?」


「船員たちの話によると、恐らくは前日に竜の検査を行った竜産協会の竜医かと」


「物的証拠はあるのか?」


 ホロデッツはドラガンの方に顔を向け大きく頷いた。

ドラガンは腰の皮袋から竜のヒレに刺さっていた無数の針のついた輪を取り出し机に置いた。

それをラズルネが手に取りしげしげと眺めた後、プリベレジュネ総参謀長に手渡す。

プリベレジュネもそれをじっくりと観察した後で艦長に手渡す。

艦長は何だこれと呟いた後、ドラガンに返却した。


「今見ていただいたものが海竜の胸ヒレの裏側に刺さっていました」


「偶然何かの部品が刺さったとかではないのかね?」


 例えば誰かが捨てた何かの漁具がたまたま刺さってしまったとか。

そういう可能性も考えられるのではないのかとラズルネはドラガンに尋ねた。


「こんな漁具見た事ありませんよ。それにそれを抜くと竜は暴れました。恐らくは何か麻薬のようなものが塗られていたのではと推測しています」


「確かに高濃度の麻薬を塗布したものを刺していたら、抜いた後で暴れるかもしれんな」



 もしあなた方の言い分が正しいとすると竜産協会による大量殺人事件ということになるとプリベレジュネは指摘。

するとラズルネが、話に聞いている噂が事実だとすればドラガン・カーリクを葬り去る為にやったという事になるだろうなと白髪混じりの顎鬚を撫でながら言った。

先の街道警備隊の件で居場所までばっちりと把握されたのだから。


「軍事侵攻が無理だったから暗殺という手段で来たというところだろうな」


「村は、エモーナ村は、無事なのでしょうか?」


「凄惨な事件が起きたという話は入っていないよ。もちろん侵攻を受けたという話もね」


 ラズルネの言葉に、ドラガンだけでなくホロデッツたちもほっと胸を撫で下ろした。

自分が助かった今それだけが気がかりだった。



 ラズルネとの会見中、突然、リヴネが腹痛を訴え便所へ駆け込んで行った。

あそこまで優しいスープでも厳しかったかと艦長はため息交じりに言った。

ここまでの食生活で君たち四人の体は衰弱しきっている。

そこに栄養のあるスープを入れたから体が驚いてしまっているのだ。

恐らく釣った魚を食べて生き延びてきていたのだろうが、野菜をとっていなかっただろうから元の体調に戻るまでには少し時間がかかるだろう。


 艦長の言葉も聞き終えず、今度はペニャッキが便所に駆け込んで行った。




 既に夕刻ということもあり、艦隊は報告の為に護衛艦一隻をアルシュタに急行させ、残りはその場で停泊させ竜を休ませた。


 一晩中、四人は代わる代わる便所に入っていた。

下痢で体力を奪われると今度は衰弱で危険だからと、便所から出たら必ず先ほどの野菜スープを飲むようにと艦長から命じられた。


 朝になると四人は少し体調が落ちついたようで、そのまま網布団でぐっすりと眠った。

だが午後になると海が時化で荒れだし、叩き起こされる形で四人は目を覚ました。



 食堂に行くと索敵隊だったセイレーンの船員たちが集まって歓談していた。

その中の一人がドラガンたちに近づいて来た。

ヴァシリス・プラマンタである。


 プラマンタはドラガンの顔を見ると、本当にご無事で何よりでしたと微笑んだ。


「あなたが別の海域を探すように進言してくれたおかげで、私たちは命拾いしたと聞きました。本当にありがとうございました」


 ドラガンは頭を下げ丁寧に礼を述べた。

プラマンタは恐縮し恥ずかしそうに後頭部を掻いている。



 ――そこからプラマンタは自分の事を話し始めた。


 プラマンタは五人兄弟の三番目で、兄と姉、下に弟と妹がいる。

長兄ニコスは非常に優秀な人で、学校卒業後すぐにアルシュタに向かった。

早く飛べて、頭も賢く、おまけに剣技も優秀。

当初は飛脚として働いていたのだが、すぐに総督府からお呼びがかかり総督府付きの伝令になった。

さらにそこでも才能を買われ王都アバンハードに赴任する事になった。


 アバンハードで受けた最初の任務が特命任務だったらしい。

エルフの族長が亡くなった状況をベルベシュティ地区の族長屋敷まで行き報告せよというものだった。

ニコスは最初、それのどこが特命なんだろうと思ったらしい。

正直余裕だと思っていた。

だが出立を遅らせるように指示が出た。


 最初全く意味がわからなかったのだが、ヴァーレンダー公の屋敷に伝令のセイレーンが次々に射殺されているという情報が入って来た。

ニコスと同じ村の先輩がアバンハードのエルフの族長屋敷に伝令として仕えていたのだが、その先輩が射殺されたと聞き戦慄が走った。

自分に飛脚業を叩きこんでくれた先輩が死んだ。

この特命任務がいかに危険であるのか、その時初めて実感した。


 どうすれば撃ち落されずに済むのか必死に考えた。

セイレーンは夜目が効かない。

それは周知の事だった。

これを逆手にとって日出前の薄明かりの時間に出立したらどうだろうか。

大陸西部に飛ぶセイレーンが狙われるという事だから、まずは街の東側から出たらどうだろうか。

木々のすれすれを飛んで、なるべく葉に身を隠して狙いを付けづらくしたらどうか。

であれば緑色か茶色に近い色の服を着ていくべきだろう。


 アルシュタからベルベシュティの森へ全速力で飛び、まもなくホストメル侯爵領を抜けられそうという場所で一旦羽を休めた。

そこを超えたら少しの間オラーネ侯爵領を通る。

だがほんのわずかの間で、その先はもうベルベシュティ地区である。


 だがその考えが甘かった。

ホストメル侯爵領からオラーネ侯爵領に入ろうというところで、ニコスは四方から矢を受けた。

翼に刺さり、腹に刺さり、脚に刺さった。

だがニコスはエルフの族長の屋敷を目指して全力で飛んだ。

途中何度も気を失いかけたが、それでも飛び続けた。


 目が覚めると傷が手当されていた。

エルフの長老たちに情報を口伝し、無事任務を終えた二コスだったが、羽に受けた傷が元で速く飛ぶことができなくなってしまっていた。

これでは傷が癒えても伝令の仕事は続けられないだろう。


 ある程度傷の癒えたニコスは族長に挨拶をし、ベルベシュティ地区を発つことにした。

その時バラネシュティ族長は、ニコスに二通の書面を持たせてくれた。

一通はアルシュタ総督に宛てた感謝の手紙。

もう一通は家宰に宛てた手紙。

後者の手紙には、ニコスの今後の生活と家族の生活を保障してやって欲しいという請願が書かれていた。

総督に宛てた手紙の差出人はバラネシュティ族長だったが、家宰に宛てた手紙の差出人にはドラガン・カーリクの名前が連名になっていた。


 当時、アルシュタで倉庫整理をしていたプラマンタは、突然総督府に呼び出される事になった。

家宰のロヴィーから手紙を見せられると、総督府で雇い入れる事にしたという話をされた。

何か仕事の希望はあるかとロヴィーに問われ、プラマンタは人助けができる仕事が良いと言った。


 こうして、プラマンタは海軍に入り海難救助の仕事に就くことになったのだった――



「お兄さんは、今、どうされてるんですか?」


 ドラガンはカップに入れられた薄いスープをひと啜りしてプラマンタに尋ねた。


「故郷で子供たちに飛脚の仕事を指導しとります」


「そうですか。それは良かった」


 プラマンタの微笑む顔を見て、ドラガンはほっと胸を撫で下ろした。


「どえらい高額の退職金を貰う事ができて、兄は大変感謝しとりました。もちろん私も」


「それは私のおかげじゃなくお兄さんの功績ですよ」


 ドラガンはプラマンタの憧憬の眼差しに耐え切れず、照れて俯いてしまった。

その仕草がプラマンタには何とも微笑ましく感じた。


「あんたさんから生活の保障をしてあげる事はできなあかと相談を受けたと、エルフの族長の手紙にはありましたが?」


「自分たちのために怪我をして職を失ったと知れば、誰でも同じ事をすると思いますけど?」


 プラマンタはドラガンの言葉に思わず苦笑してしまった。


「あんまり大きな声では言えなあですが、偉い人たちにとっては、それは当たり前の事では無あのですよ」


 ドラガンが困り顔でホロデッツの顔を見ると、ホロデッツもプラマンタの言う事に賛同していた。

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