第5話 発見
翌日も朝食を終えると、リヴネは船の板を外し、それをドラガンが薪にして海水を沸かし、ホロデッツとペニャッキは干したイカを餌に魚を釣っていた。
すると遠くの方に海鳥にしては少し大きな影が見えた。
ホロデッツは竿を上げ壁板が半分無くなった船楼に行き、その大きな海鳥をよく観察した。
海鳥は通常群れで生活している為、狩りも群れで行っている。
なのにあの海鳥は一羽で行動している。
ホロデッツは急いで船楼に白い旗を立てた。
難破を示す旗である。
これまで嵐で飛ばされてしまわないようにと、船楼の中に大事にしまっておいた物である。
その大きな海鳥も何かに気が付いたらしい。
徐々にこちらに近づいて来る。
近づいてくるとホロデッツにも、それが海鳥ではなくセイレーンだという事がわかった。
ホロデッツは助けが来たぞと大声で叫んだ。
ドラガンも、リヴネも、ペニャッキも、甲板でそのセイレーンに向け大きく手を振った。
セイレーンも船に気が付いたようで、途中から速度を上げて近づいてきた。
船首に下りようとしたが甲板が剥がされており、かなり船楼に近い場所に着陸し翼を休めた。
「この船はバハティ丸で合っとりますか?」
「いかにもバハティ丸です! ずっと難破していて、この通り原型は留めていませんが」
「カーリク様いう方が乗っとるか確認しろ言われとるのですが、ご無事でしょうか?」
ホロデッツはカーリクならこの人だとドラガンを指を指した。
するとセイレーンはパッと顔を明るくし、皆さんご無事で何よりでしたと微笑んだ。
セイレーンの男性はヴァシリス・プラマンタと名乗った。
セイレーンは翼を持っている為、通常の服が着れず胸までの服を肩で吊っている。
プラマンタもそんな形状の服を着ているのだが、その服は白を基調としたぴっちりとしたものである。
頭にも白を基調としたつばの付いた帽子を被っている。
海府アルシュタで海難救助の仕事をしているのだが、サモティノ地区から船が難破したので捜索して欲しいと依頼を受け、何日も捜索をしていたのだそうだ。
恐らく身に付けている白い服はアルシュタ海軍の水兵の制服なのだろう。
プラマンタは、見つかったという事をまず報告してきますと言って、飛び立って行ってしまった。
ところが、そこから何時間も何の連絡もなくセイレーンの影すら見えなかった。
ただドラガンたちも、もうすっかり落ち着いたもので、見つけてもらえたならそのうち助けが来るだろうと呑気に四人で釣りをしていた。
夕方頃、遠くの方から何艘もの軍船が船団となって近づいてくるのが見えた。
中央には明らかに戦闘艦とおぼしき巨大な軍船。
徐々に近づいてくると、その巨大な軍船には豪奢な装飾が施されている事がわかった。
初めて見る船ではあるが、さすがにドラガンたちですらその軍船の名前は知っている。
アルシュタ艦隊の旗艦『コロール』である。
コロールから小舟が降ろされ、水兵の一人がこの船に乗るようにと促してきた。
ペニャッキがロープを左舷に張り、そのロープを伝って四人は小舟に乗り移る。
バハティ丸の船員たちの遺品はまとめてリヴネが大きな袋に入れて抱えている。
全員が乗ったのを確認すると、小舟はコロールに向けて漕ぎ出していった。
四人は一度後ろを振り返り、自分たちを守り続けてくれたバハティ丸に別れを告げたのだった。
コロールの中に入った四人は、あまりの豪華さに目を見張った。
三か月以上海上を漂っていたのである。
四人はかなり独特な臭いがしたらしい。
まずは身なりを整えてはどうかと、先ほど小舟に乗っていた水兵に勧められた。
四人は浴室に案内され着替えまで用意してもらった。
風呂に入り長い船上生活の垢を落とした四人は、用意された服に着替えると、先ほどの人物に案内され船楼へと向かった。
船楼の中の一室に入ると、そこには立派な軍服を着た男性が三人椅子に腰かけていた。
一番年長の人物が司令長官、同じくらいの年齢の男性が総参謀長、若干若い人物がこの船の艦長と紹介された。
司令長官のラズルネから椅子に腰かけるように促され、四人は案内されるままに席に着いた。
すぐにラズルネ司令長官は、カーリク殿はどの方かと尋ねた。
ドラガンが自分で言う前に、ホロデッツがこちらがドラガン・カーリクですと真顔で報告した。
ラズルネは無言で小さく何度も頷いた。
食事を出したいところだが、ここまであまりしっかりとした食事をとっていないと思われるので、お腹に優しいスープを用意してもらったと総参謀長のプリベレジュネが言うと、水とスープが運び込まれて来た。
四人はまず水を飲み、しょっぱくないと言って感動している。
それを聞いたラズルネと艦長は、大変でしたなと言って笑い出した。
船の捜索の一報を受けた後、暫くはボヤルカ辺境伯の海上警備隊が捜索を行っていたらしい。
難破した遠洋漁業の漁船があり、見つからず捜索が打ち切られた。
この一見何でも無さそうな情報を受けた家宰のバルタは、もしかしたら竜産協会に嫌がらせをされたのでは無いかという懸念を抱いた。
聞けばその漁船はエモーナ村の漁船だという。
詳しく調べさせると船員の中にドラガン・カーリクがいる事がわかった。
焦ったバルタはすぐにユローヴェ辺境伯へ連絡。
そこからユローヴェ辺境伯の海上警備隊も捜索に加わった。
さらにその後、ユローヴェ辺境伯からマーリナ侯に連絡が行きマーリナ侯とオスノヴァ侯の海上警備隊も捜索に参加し大捜索が行われる事になった。
海上警備隊たちはバハティ丸が普段遠洋航海を行っている場所という情報を元に捜索を行っていた。
だがひと月以上周辺海域の捜索を行ったが痕跡一つ見つからず半ば諦められていた。
だがそこから一週間ほどして事情が変わった。
何としてでもこの船を捜索したいと、マーリナ侯がアルシュタ総督に協力を要請した。
アルシュタ総督であるヴァーレンダー公の元にドラガンが乗った漁船が難破したという情報が入ったのだった。
だがこの時点で既に難破してから二月以上が経過しており、絶望的だとヴァーレンダー公もその時は感じていたらしい。
マーリナ侯は海軍の出動を要請したのだが、海上警備隊を派遣し今まで捜索していた場所よりも東の海域を捜索させただけだった。
ところがそれから数日してそのアルシュタの海上警備隊が旗の付いた浮きを見つけたのだった。
その浮きには防水処理のされた革袋が括り付けられていた。
中には手紙が入っており、バハティ丸が難破した事、中にはドラガン・カーリクが乗っている事、今なら生きているからすぐに見つけ出して救出して欲しいという事が書かれていた。
誰がそんなものをとドラガンは疑問を口にした。
「スミズニー船長が竜が死んだすぐ後に海に投下したんだよ」
ホロデッツは声を絞り出すように言うと、今にも泣き出しそうな顔をした。
これがその手紙だとプリベレジュネ総参謀長が実物をドラガンに見せてくれた。
浮きが発見されたという報を受けたヴァーレンダー公は、その手紙の内容を聞くとすぐに艦隊を出せと命じた。
だが艦隊を動かすのには国の許可が必要である。
ヴァーレンダー公は、訓練、演習ならば支障はあるまいと家宰のロヴィーに言った。
索敵演習という訓練形式でバハティ丸を捜索させる、これなら何の問題もないだろう。
海上警備隊も合わせ連合艦隊の様式を取り、セイレーンを総動員して捜索に当たれと命じた。
そこから近隣海域を百に別け、毎日ひたすら索敵訓練を行った。
ところが一週間捜索したが全く見つからない。
本当にまだ海上を漂っているのかすら不明な船を探そうというのである。
もう嵐で沈んでしまったのではという悲観的な憶測が徐々に艦隊の中に漂い始めた。
そろそろ演習は打ち切り、そういう話が出始めていた頃だった。
一人のセイレーンが参謀室に入って来て意見具申をしたいと申し出てきた。
そのセイレーンは、ここまでの捜索演習の内容に疑問があると言い出した。
海図を指さすと、これまで海流に流されたと思い込み東の海域ばかりを重点的に捜索しているが、そうでは無いのではないか。
嵐を避けるように北に進路を取り、そこから南下しているとは考えられないだろうか。
もしそうであればと、そのセイレーンは海図の中のアルシュタの北方、制海海域ギリギリの場所を指さした。
一理ある。
艦長は言ったのだが、参謀たちは可能性は低いのではと言い合っていた。
プリベレジュネ総参謀長も悩んでいる。
するとラズルネ司令長官が重い口を開いた。
明日早朝、北方海域に向けて全艦を移動させる。
翌早朝から北方海域を全力で索敵せよと命じた。
意見具申したセイレーンには何か思うところがあったらしい。
捜索開始の命と共に真っ先に飛び出して行った。
二時間。
ひたすら飛び続けて、ついにそのセイレーン、ヴァシリス・プラマンタはバハティ丸を見つけたのだった。
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