第49話 研究

 惨劇からひと月が経過した。

あれから毎日のように色々な情報がユローヴェ辺境伯の元に届けられた。



 まずドゥブノ辺境伯領の経営だが、わずかひと月でほとんどの税が撤廃になったらしい。

当然のことだが、領内の運営と軍隊の維持の為に全ての税を無くすというわけにはいかない。

住民税、収穫税、市場利用税、行商の関税の四つは経営の柱として重要視される事になり、残念ながらそれまでより高い税率となった。

ただしその用途ははっきりと説明がされた。

住民税は領内の運営費、収穫税は土木工事、市場利用税は港湾整備、関税は福祉。

これからは用途の説明できない税は新設しないとも明言もされた。

領内からは一部の税金は上がったもののそれ以外が無くなり、全体で見たら税金は圧倒的に軽くなったと好意的に受け止めてもらえたらしい。


 家宰バルタは積極的に村々に顔を出し、税収が上がれば税率を下げて行くから、豊かな未来を夢見て今を辛抱して欲しいと領民を説得してまわっている。



 エモーナ村も一時の混乱を脱し完全に日常を取り戻したらしい。


 あの騒ぎの中、漁労長が近衛隊に斬り殺されて亡くなった。

スミズニーが漁労長を引き継ぎ漁業関係者をまとめ上げているらしい。

他にも何人か漁業関係者が亡くなっており、更に家族を失った漁業関係者もおり、葬儀やら、生活の面倒やら、精神的なケアやら毎日大忙しらしく船を出すどころでは無いらしい。

農家の方はポーレの父アレクサンドルが面倒を見ているらしい。


 スミズニーにしても、アレクサンドルにしても、アリサにしても、最初の数週間は亡くなったヴォロンキー村長に代わって毎晩のように葬儀に参列して今後の生活の相談に乗っていたそうだ。

特に夫を亡くした妻からアリサに相談というのが多かった。


 なおアリサは懐妊していたようで、現在はポーレ宅で相談を受けているらしい。

穏やかな顔でお腹をさすりながら相談事を聞くアリサの姿を、まるで母神のようだと崇め慕う村民も出ているらしい。



 最近、ユローヴェ辺境伯たちは毎日のように真珠養殖の研究所に足を運んでいる。

天然の真珠は非常に高価で、それを使っての研究である。

買ってしまったものは仕方がない。

ならばせめて経緯だけでも見届けねば領主としての責務が全うできないと、未だにかなりご立腹な様子だった。


 研究所は体制が変わっていて、それまで責任者を務めていたネルシャイ所長は会計係となった。

所長に代わってザレシエが研究者の指揮を執ることになった。

と言っても研究者は全員ザレシエより年配の人物ばかり。

中にはかなり年季の入った人もいる。

エルフは森の民で生涯海を見ずに終える者が大半である。

そんなエルフに真珠養殖の何がわかるというかなり反発した雰囲気が当初は漂っていた。


 まずザレシエは、所長と共にこれまでの研究の成果を聞いていった。

それを、これはどういうことか、これはどうなのかと逐一納得いくまで回答を求めていった。

最初はやはり海を知らないという事で頓珍漢な事を言っていた。

だがそこはやはり学者崩れ、その指摘は徐々に核心を突くようなものになっていった。


 真珠の母体となる阿古屋貝の養殖、これについてはかなりまで完璧に行えるようになっている。

研究はほぼそこで止まっていたのだった。

実のところを言うと、養殖でできた真珠は研究者の中では偶然だと考えられていた。

ただ成果成果と口煩い執事を黙らせるには格好の種だったのだ。


 ザレシエは説明を受けるうちに、ただ闇雲に体内に何かを入れ込んでもダメなのではないかと思い始めた。

中に入れる物は、これまで色々と試されていたらしい。

それこそ、石から、砂粒、カニの殻、貝殻、イカの骨、魚の骨などなど。

だがどれも成功はしてない。

ただ、石、カニの殻、貝殻については体内に残っていたらしい。

この辺りに何かしら突破口があるのではないか、ザレシエはそう研究者たちに指摘した。

だが研究者たちはどうなんでしょうねと首を傾げるばかりであった。


 打てども打てども全く響かない状況に、ザレシエは徐々に苛々を募らせていた。


 そこに注文しておいた天然の真珠が届けられた。

さすがにザレシエにも罪悪感が多少は残っていたようで、真珠を割る際には、ユローヴェ辺境伯、家宰トロクン、ポーレ、ドラガンを呼び寄せた。


 真珠を固定して少し傷をつけてから、木材を加工する時に使う糸状ののこぎりで切口を広げていった。

皆、口々にもったいないと言い合った。

ザレシエは、研究には金がかかると言ったのはお前たちの方だぞと笑い飛ばし作業を続けさせた。

その間、ユローヴェ辺境伯はじっとりした目でトロクンとドラガンを見ていた。


 真っ二つに割れた真珠を見てザレシエは驚きを隠せなかった。

小指の爪ほどの大きさの真珠。

その中身は、中央に小さな歪な形の貝殻の破片があり、非常に薄い膜のような厚さの何かが何層も張られていたのだった。

欠けた層を見るとその層の下もちゃんと真珠の層になっていたのである。


 これが真珠の中身なのか!

研究者たちも言葉を失いじっと観察し続けている。

ザレシエは暫くそんな研究者たちの姿を黙って見続けていた。

だがそこから何も話が進まない事に徐々に苛立っていった。


「それを見て次の研究の案がぱっと出へんようなやつは、もう明日から来んで良えわ! さっさと次の職を探せ!」


 ザレシエのあまりに強い言葉にユローヴェ辺境伯はぎょっとしてしまい、焦ってトロクンの顔見た。

トロクンも慌ててドラガンの顔を見た。

だがドラガンもポーレも全く動じず研究者たちの様子を見つづけていた。


 研究者の一人ラルガが、最初から球の状態で植え付ければ貝も受け入れやすいかもしれないと意見を述べた。

するとそれに触発され別の研究者が、よく見ると核の周りの色が変わっており一緒に何かを入れないといけないかもしれないと言い出した。

年配の研究者は、何層も膜を張るのなら大きな核が入れられれば短時間で真珠になるのかもしれないと言い出した。

ザレシエはそれら意見を一つづつ紙に記載していった。

そこから研究者は喧々諤々の大議論を続けたのだった。


 気が付くとザレシエの書いていた紙は数枚に及んでいた。

中には、これまで阿古屋貝でしか真珠の採取はできなかったが、別の貝でもできるのではといった突飛な意見もみられた。

ザレシエは一通り案が出そろったと感じると、黒板にこれまで出た案を系統立てて整理して書いていった。

するとそれを見た研究者たちは、これはどうか、あれはどうかとさらに意見を出して来た。

ザレシエはそれを追記すると研究者たちを流し見た。


「明日から全部試して行こう。一か月や! まずは一か月試して中見てみる。ダメそうなやつは弾き、いけそうなやつは数か月試してみる。そん次は一年や。上手くいけば、ここで何かしら結果が出るはずや」


 研究者たちは、もしかしたら本当に真珠が作れるかもしれないと気炎を揚げた。

ザレシエは、じゃあ明日からの手順を一つ一つ練っていこうと研究者たちに促した。



 その様子を見たユローヴェ辺境伯は、もう我々が口を挟む余地は無さそうだとトロクンに微笑んだ。

行き詰るようなら酒代でも出してやればどうとでもなるでしょうとトロクンも笑った。

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