🎆1―3章 有度山中の進展
誰かの大切な
「君は直文だ。麒麟児ではない。ただ一人の人、ただ一人の半妖。直文だ」
紙に書かれた達筆な文字。角と耳を生やした幼い彼はそれを見て、瞬きだけをする。
この彼は貴族の元から離されて、組織の上司に連れていかれた。組織の本部におり、名前を与えられたあとである。まだ一桁の頃であるのに表情はでない。笑うも、表情を歪ませて泣くこともできなかった。麒麟児と呼ばれてきた彼は、名前を書かれている紙を見る。
「ちがう。わたしはきりんじ。てんしさまのしょうちょう。きちをあたえ、よきよをつたえるもの。きりんじ」
無機質に語る幼き男児に、上司は彼を抱き上げた。抱き上げられて、男児は瞬きをした。だが、男児の心臓は激しく動く。顔には出てないが、驚いたのだ。
「それは、君の本当の名前ではない。まつられるための意味のない名。君が物としてここにいる名前ではない。一人の人として生きるの名前。それが君の新たな名前。真っ直ぐとした
「……直文。きりんじ、ちがう。わたしは直文……?」
呆然として呟く男児を組織の上司は片腕で抱える。空いている片手で優しく頭を撫でた。
「そうだ。まずは……色んなことを覚えて、できるようになろう。奉られるだけじゃない。自分でしたいことをできるようになろうか!」
この時の男児は、上司が何をいっているのかわからなかった。だが、同年代の半妖と一つ上の先輩とふれあい、意味がわかってきた。
──彼の知らないことは同年代の人は多く知っていて、多くができていた。
他の人ができて、自分にできない。胸のうちが急ぐような思いに駆られて、上司に聞くとそれは焦っている気持ちだと教えられる。
味わったことを、たくさんの気持ちを上司や組織の仲間から教わった。
やがて、一人称もわたしから俺へと変わり、箸の使い方。作法、日常生活の仕方や常識と知識を身に付けた。彼は麒麟児ではなく、一人の生きる人の直文となった。
だが、表情に感情は出なかった。声色はなんとか出るようになったものの、痛みや怒りでも表情の変化はない。最初は焦った。だが、出なくてもまたいつか出るようになると周囲に励まされる。
上司からも切っ掛けはあると教えられた。
その切っ掛けはあった。当に人の寿命を越えていた頃に、任務が出されたのだ。彼にとっては気になる任務で、何とかしたいと言う思いがあった。
任務で出会ったある少女。その少女との別れもあり悲しかったが、表情に変化は出てきていた。
その少女に彼は恋をしていた。けど、もう会うことはない。だから、せめての大好きだった彼女に、恩返しを、幸せを送りたかった。
それが今叶うとき。隣にいるのは自分ではなくとも、幸せになってほしいと直文は考えていた。
目を開ける。見慣れない天井。上半身を起こして、彼は何処にいるのかカーテンを開けて思い出す。有度山とホテルが見える。彼は任務の最中であり、夢の内容を思い出して顔を押さえた。
ノックが聞こえる。
「直文さん。朝ごはん、できましたよー」
聞き覚えがある声に、彼ははっとする。今日の朝御飯は彼女が作ってくれたのだ。ベッドから降りて、上を着てドアを開ける。
ドアを開けると、キョトンとした彼女がいる。
サラサラとした髪を結ばず下ろしており、より一層昔を思い出させる。彼女と目があうと、彼に向かって線香花火のような淡い笑顔を浮かべた。
「直文さん。おはようございます」
その笑顔は彼の中で昔に見た記憶と重なる。
目の前にいる名前をとられた彼女。名前があったはずなのに、虚ろな音しか聞こえない。書かれた名前も黒く塗りつぶされる。
名前はその人の証明だ。なくてはならない証明なのだと彼は知っている。
「おはよう。はなびちゃん」
笑って返す彼。直文は早く■■の名前を取り返してあげたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます