9 名前を奪われた彼女と無表情だった彼2

 遊園地の中からバイクの音。距離は離れているがよく聞こえた。

 べちゃっと音がし、何かを轢いていく。遠くに見てる観覧車が壊れて、ジェットコースターの線路が崩れ落ちていく。

 遊園地にある娯楽施設が爆破され、遊園地とわかるものが消えていった。門からはバイクに乗ったライダーが現れる。滅茶苦茶な現れ方と破壊に■■は唖然とした。

 バイクに乗っているライダーはヘルメットとゴーグルをしており、顔は口許しかわからない。乗っている大型のバイクで二人乗りができる。乗り手の彼はある程度体格はよく、ライダースーツがよく似合う。奈央は爆破の音で気付いたらしく、ゆっくりと顔をあげた。


「あ、あれ……私……電気椅子に座らされて……ってなにあれぇ!?」


 爆破して燃えている遊園地とライダーの人物に驚いていた。奈央は起き上がり、直文は■■を地面におろして教える。


「俺の仲間だよ。田中ちゃんの大方の呪いを取り除いてくれた人」

 

 向日葵の少女は朝聞こえたバイクの音を思い出した。


「あの時の夢から助けてくれたこはこの人……?」

 

 呆然と呟く奈央に、ライダーはバイクを動かして三人の近くにやって来る。奈央を人指しでさして、親指で後ろに乗るようにジェスチャーを送る。乗れといっているのはわかるが、向日葵少女は衝撃から抜けきれていない。


「どうやら奈央ちゃんをこの夢から出してくれるらしい」


 直文から教えられて、奈央は目を丸くしてライダーを見つめる。ライダーの彼は向日葵の少女をずっと見つめ続けた。奈央は息を飲んで、バイクの後ろに乗ってライダーにしがみつく。


「……ごめん。はなびちゃん、久田さん。私、先いくね!」

「気にしないで。俺が彼女を絶対に守るから、君は先にここから出るんだ」


 直文は真剣に告げると、バイクが動きが出す。奈央はライダーを強く抱き締めて目をつぶる。彼らの背が遠ざかっていく。

 直文は■■の前に立つ。斧と鉈を持った着ぐるみ達が彼女を狙って歩み寄っている。

 直文は五枚の札を■■に近く地面に投げる。小さく呟くと、少女を中心に五芒星の結界ができる。彼の手から光の粒子が出ると、両手に剣を手にしていた。

 彼と着ぐるみが駆け出す。

 多くの数が直文の元へ向かい、二体の着ぐるみが■■を襲おうとする。■■は身構えるが、結界によって敵は吹き飛ばされた。地面に打ち付けられて、二体の着ぐるみは黒い塵と化して消える。

 直文は斧と鉈の軌道を読んで、しなやかに躱し剣で攻撃を防ぐ。

 斧が横から来るも、直文は背後にのぞけり躱す。勢いよく起き上がる様に剣を振う。斧の刃を部分を斬り落とす。着ぐるみも斬り裂いた。

 直文は踏み込んで、鉈を持つ一体の腕を斬る。身を翻して敵の胴体を薙ぐ。彼の背後に着ぐるみがいた。斧を手にしており、直文に振り下す。


「直文さん!」


 ■■は声をあげる。嫌な音がしない。地面に刺さっているだけ。斧を振り下ろした着ぐるみはピクリとも動かない。直文が着ぐるみの背後におり、剣で深々と刺していた。剣を勢いよく抜き、相手は塵となった消える。


「俺は大丈夫だよ」


 穏やかな声が響く。直文は慣れたように戦うが、彼女は別のものを感じ取っていた。

 熱く燃え焦がすような雰囲気。怒気だ。彼女は焦がされる畏れを抱く。直文は軽くステップを踏み、姿を消す。幾つの斬光が宙に煌めき、全ての着ぐるみがバラバラとなり消える。直文が現れると、遊園地を見据える。

 静かだが怒気は消えてない。


「聞いているだろう。陰陽師。彼女の名を持っているならば返せ」


 恐ろしいほど冷たい声。遊園地の門が開き、着ぐるみの軍団が現れた。剣を持つ手が強く握られる。


「断るという返事か?」


 無表情で冷やかな敵意は白い月光が想起する。■■は怖いはずなのに綺麗だと思ってしまった。

 着ぐるみの軍団が門から出る前に、直文の姿が消える。着ぐるみの軍団に一瞬だけ線が入った。相手側は足を動いた途端、腕、足、胴体がバラバラになって地面に落ちる。

 遊園地の看板の門には彼が立っており、淡々とした園内全体を見ていた。


「……ふうん、ここを通して呪いをかけていたのか。この怪異は哀れだな。もう呪いに汚染されている」


 遊園地のスピーカーから曲が流れなくなる。代わりに人の声が響いた。


《な、なんで夢の怪異を倒せる。なんで、呪いに対処ができる。なんで夢に干渉をできる!? あり得ないだろ!》


 男性の声だ。本当に人が仕掛けたらしく彼女は驚いた。声に直文はきょとんとする。


「なんだ。声出せるんじゃないか」

《なんだじゃないっ……! 答えろよっ!》


 焦る声に直文は淡々とした話す。


「こっちの質問に答えてくれるなら教えよう。先に質問の内容を三つ言おうか。

一つ、この女の子の名前を貴方は持っているか。

二つ、貴方は名前を取る社を知っているか。

三つ、貴方が名前を取る社を操る人間か。そうでなければ、どんな人間か教えてもらおう」


 彼の質問に悩ましい声を何度があげた。次第に焦った声で話し出す。


《っまず、その女の名前は持ってない。俺は名前を取る社なんて知らない。お、俺達の派の中でもそんな呪術を使う奴なんて知らない!》


 彼女は聞いてびっくりした。名取の社は陰陽術や式神ではないらしい。希望は潰えたと思ったが、彼は口角をあげる。


「なるほどね。その名取の社は人の作ったものではない。妖怪か神が零落した存在。さては、貴方方は共犯しているな?」


 スピーカーから言葉にならぬ声を上がった。反応からして図星らしい。■■も驚いていた。妖怪と陰陽師の共犯。相容れぬ存在のはずが手を組むとは彼女は考えられなかった。直文は腕を組んで納得しながら頷く。


「うん、大体つかめた。他に負けないよう貴方方の一派は名取の社と手を組んだ。名取の社は顕現する器ほしさに怪異の使役に協力する。貴方方は器を与える代わりに変生の法にてその名取の社の堕ちた神を使役しようとしている。ギブアンドテイクと言うやつか」


《……おい、おい! お前……どこまで知っているんだ!?》


 慌てた陰陽師。全てが当たりらしい。彼は瞬きをして不思議そうに首を横に傾ける。


「えっ、全部当たっていたのか? 少々かまをかけただけなのに……知ってる情報を交え過ぎたかな」


 陰陽師は息を呑む。これは、陰陽師が馬鹿だからではない。彼が凄過ぎるだけなのだ。しかも、相手しか知らない情報を直文が知っていると想定してないだろう。相手が焦っている様子から、直文の話した中に機密情報を話しているのだろう。敵は大分揺さぶられている。

 彼は頷いて遊園地を見続けた。


「うん、約束通りに教えよう。俺は……っ!?」


 刺さる音がする。目を丸くしている直文の背に鉈が刺さっていた。■■は息を呑む。彼の立つ場所の周りには多くの着ぐるみがいた。彼はそのまま地面に落ちる。


《……秘密を知っているならば、死んでもらうしかないな。お前の正体なぞ、あとから知れば良いんだからな》


 多くの着ぐるみが集まって斧と鉈を振り上げ、一つの斧が振り下ろされた。苦痛の声と音がする。振り上げられた斧には赤い血がついていた。着ぐるみに囲まれているせいか、彼の状態がわからない。何度も斧と鉈が降ろされる。

 ■■は真っ青になる。リンチの光景に制止を求めた。


「やっ……やだぁ! やめてぇ!」


 彼女は顔色を真っ青にして、制止を求めた。涙腺が壊れながらも立ち上がって助けようとした。周囲に着ぐるみが現れ、■■はビクッと震える。周りに貼っている札が斧で真っ二つに切られ、周囲の結界が消えた。

 彼女は後ろに下がるが、着ぐるみに後ろから押されて倒れる。跨がれて、彼女の横に斧が刺さる。■■は目をつぶる。怖くてたまらなかった。怖くてたまらないが、■■は遊園地に向かって叫ぶ。


「お願い! 私をあげるから……直文さんと私の友達を襲わないで!」


 これ以上だと直文が死んでしまう。■■は自分の身で状況を鎮めようとしたが、誰かが諌める。


「そう自分を捧げちゃあ駄目だよ。はなびちゃん」


 血濡れの着ぐるみが苦しみ出す。

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