8 名前を奪われた彼女と無表情だった彼1

 名無しの少女は目覚めた。

 身を起こすと、真っ暗な部屋と薄く電気のついた部屋がある。時計を見ると六時半頃。パジャマのポケットからお守りを出して見る。仄かに温かい。布団の中で暖められただけかと思い、持ってみる。お守りから僅かな熱を発していた。

 お守りをポケットにしまい、■■は雨戸を開ける。奈央は気持ち良さそうに眠っていた。怖い夢を見ている様子はない。

 ■■は見た夢を覚えていた。内容も覚えているが、何を表しているのかわからない。夢占いなどでは意味があるらしいが、直文に相談をしてみた方が早い。奈央を起こすのは後にして、洗面所に向かう。階段に降りると直文と鉢合う。直文と目が合い、■■は挨拶をした。


「おはようございます。直文さん」

「おはよう。はなびちゃん。唐突で申し訳ない。変な夢は見なかったかい?」

「……えっ、わかるのですかっ!?」


 彼の言った質問で■■は聞き返す。直文は頷いて、彼女のポケットの中にあるお守りを指差す。


「俺の力を込めているから何があったのかわかるよ。はなびちゃん。夢の中で何かが出てこなかったかい?」

「……出てきました」


 答えると、直文は教えた。


「それは、こちらに干渉してきた証拠だね。けど、大丈夫。俺のお守りが防ぐから安心して」


 微笑みを見せる直文を見て、■■は夢に出てきた幼子の彼を思い出した。光ある微笑みとは違う、月光を思わせる淡々とした無表情。比較して見ると差がありすぎる。気になって■■は質問をしてみた。


「夢の中で小さい頃の直文さんと思わしき子とあったのですが、直文さんのお守りと関係してますか?」

「……多分俺の力を込めているから現れたんだろう。しかも、幼少期での姿かぁ。ちょっとした黒歴史を見せたなぁ」


 苦笑する彼に、■■は恐る恐る聞く。


「あの、失礼ながらお聞きしますが、直文さんの小さい頃って……?」

「俺の小さい頃? そんな大したことじゃないよ。

生まれたばかりの俺は異形の姿で生まれて、母親に引き離されて名も付けられずに上流貴族の元に献上。俺自身縁起物だったから、祀られ育てられて何も知らずに育ったんだ。上司に引き取られるまでの間はあだ名のようなもので呼ばれてたし、感情が顔に出なかったな。感情が表情が出たのはそのしばらくあとで豊かになったのは、ここ最近かな」


 直文は軽く言ってのけるが重く、■■は切ない顔をした。

 所所に闇を感じ、夢での過去の一端を見たため、■■は気持ちは辛くなる。しかも幼少期に名前がなかったと聞き、今の彼女の状態に刺さる。瞳に潤いを感じて、■■は泣きそうになるのをこらえる。

 ■■が泣きそうだと気づき、直文は慌てて目の前に来る。

 

「わっ、ご、ごめん。本当にごめん。俺自身まだ人付き合いの匙加減がわからなくて……ごめん。配慮が足らなかった」


 申し訳無さそうに謝る彼に、■■は泣きそうになるのをこらえた。昨夜に感じた疑問をぶつけた。


「……直文さんはなんで私に優しいのですか?

仕事や過去の同情だけではないですよね」


 直文はなんとも言えない表情で頷く。


「うん。でも、俺自身詳しく語りたくないんだ。質問の答えとしては、今の君が君らしくあって君が幸せに生きて欲しいからだ」


 真剣に言ったあと、彼は頬を赤くして指で掻く。


「ただそれだけ。俺としては君が幸せだと思うならいいんだ」


 実直で嘘のない言葉だ。直文は優しく誠実であると、接してきた■■はよく知っている。不安から聞いた言葉だが怪しい要素はない。■■は彼の真っ直ぐな言葉に、羞恥心を感じつつも信じるしかない。





 練習をする日々を送り続けて、祭り本番まで残り五日。奈央は怪異の悪夢を見ることなく、いつも通りに元気に笑っていた。あれ以来、悪夢を見ることはない。■■は安心して今日に別れを告げて明日の夢を見る。






 ■■は目を開けた。いつの間にか、チケットを手にして遊園地の前にいた。体を動かそうとするが、動かそうにも体が重く感じてうまく動かせない。


《ハローハロー、南無と唱えれば極楽浄土なのかい?

踊って唱えてHAPPYかいな? ここはえくせれんとたのしい遊園地。レボリューションな斬新遊園地をお届けぇ♪》


 遊園地のスピーカーからは陽気な音楽と声変わりが響く。聞いて■■は友達の話を思い出す。これは都市伝説の怪異だ。奈央の話は本当だった。

 遊園地の中からは惨い音が聞こえる。人の悲鳴も聞こえ、聞きたくなく■■は目をつぶる。

 動け。動けと彼女は身動ぎすると、パジャマのポケットから熱さを感じて身が軽くなる。すぐにチケットを地面に捨てて、■■は門の前から離れた。


「はなびちゃん!」


 遠くに声が聞こえて、目を向ける。門から少し離れた場所に奈央がおり、同じようにチケットを地面に捨てていた。向日葵の少女と名無しの少女は互いに近付く。奈央は友の姿を見て戸惑いを隠せていない。


「なんで? 何ではなびちゃんがここにいるの!?

これは、私だけが見ている夢のはずだよ。もしかして巻き込んじゃった?」


 奈央は顔色を悪くしていく。■■は首を横に振った。


「違うよ。たぶん、違う」


 彼女は断言して、ポケットにあるお守りを触る。お守りが熱を持っていた。お守りの力が働いている証拠なのだろう。考えるに、奈央をあえて巻き込んで狙った。

 放送が響く。


《逃げるなんてもったいない! さっさとさっさとレボリューション斬新な遊園地へゴーゴー!》


 遊園地の門が勝手に開く。血濡れの着ぐるみたちが斧と鉈を持って手招きをしている。やがて歩み寄ってきた。奈央は混乱して、目ぶちに涙をためた。


「呪いは解けたんだよね。なんでこの夢をまた見るの。なんで、こっちにくるの!? チケットを捨てたんだよ!?」


 呪いが解けたからといって、怪異から逃れられるわけではない。怪異を通して呪いをかけようとしたのだ。相手が簡単に逃すつもりはないだろう。友達を落ち着かせようと■■は声をかけようとする。

 しかし、多くの手が地面から生えてきた。彼女達をつかんで、遊園地から出てくる着ぐるみの方へと引き込もうとしている。


「……ひっ……や、やだぁっ!」


 奈央は涙目になり、■■は既に涙腺を崩壊させていた。


「痛い痛い……痛い……! やめてっ!」


 ■■は地面の手首を掴んで対抗をする。背後から足音が近付いてくる。名無しの少女は首を向けた。鉈と斧を振り下ろしながら、可愛らしい着ぐるみは歩いてくる。手招きをしながらやって来ていた。

 奈央の近くには着ぐるみが現れて機械を出す。漫画やアニメに出てくるような電気椅子。作動しているのか、機械の動作の音が聞こえる。奈央は気付いて振り返り、絶望的な顔をした。■■は目を丸くして、力を振り絞って奈央に手を伸ばす。


「奈央ちゃん! こっち!」

「っ! はなびちゃんっ……!」


 二人は手を伸ばすが──その手首が斬られた。同時に斬られて、奈央と■■は目を丸くする。斬ったのは、斧をもった二体の着ぐるみ。スピーカーから声が聞こえた。


《ハローハロー、南無と唱えれば極楽浄土なのかい?

踊って唱えてHAPPYかいな? ここは地獄。エクセレント楽しい地獄な地獄♪ レボリューションな斬新地獄をお届けぇ♪》


 放送が終わろうとすると、二人の持つお守りが強く光る。


「へぇ、たかが都市伝説が地獄を語るのか。面白いな」


 底冷えした声が響く。奈央が座らされる前に一閃の鉄のような物が飛んでくる。大きな音を立てて、深々と電気椅子に刺さった。■■は刺さったものを見た。

 太刀だ。しかも、よく切れそうな剛物。椅子は不調が起きて、煙を立てて発火する。手の動きが止まり、塵となって消えた。誰かの腕の中に■■は抱えられる。


「ごめん。はなびちゃん。遅くなった。田中ちゃんも助けたよ」


 声で■■は我にかえって横を見る。奈央が目をつぶって気絶しており、切れた手首が元に戻っていた。また自分の手を見ると、手首は斬られてはいない。


「お守りが身代わりになってくれたんだよ。その代わり、現実のお守りは使い物にならなくなったけどね」


 ■■は気付いて、すぐにお守りを出す。彼の拵えたお守りは光の粒子となって消える。上から聞こえる声に教えられ、名無しの少女は見上げて名前を呼ぶ。


「直文さんっ……!」


 名を呼ぶと彼は優しく微笑んで応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る