10 名前を奪われた彼女と無表情だった彼3
直文を傷付けた着ぐるみは全身が腫れて膨れていく。斧は地面に落ちて消えて、ぷしゃっと弾けて割れて塵となる。周りの着ぐるみも同じように消えていく。
透き通る美しい音色が響く。その音色を発する方向は直文が倒れている場所からだ。音楽を聴いているような気持ちになる。
■■は直文を見る。ゆっくりと光に包まれながら立ち上がった。
光が消えると、直文が無傷で立っている。服だけがボロボロ、斧で受けたはずの傷がない。こなすように彼は鏢を数枚出して声を出す。
「光明」
言葉を吐いた後、
《がはっ……ごほっ……~~っ!?》
スピーカーから苦しみの声と地面に水が濡れる音がする。口から水を吐いたような音だった。彼女は驚いたまま何も言えない。直文を見続ける。彼はゆっくりと彼女に歩みより、しゃがんで不安げに手を伸ばす。
「大丈夫かい?」
■■は彼を間近で見る。斧や鉈で受けたような傷はない。彼女は手を取り身を起こして、彼の上半身をペタペタと触る。
「だ、大丈夫なのですか!?
しんでません? 生きてます!?
あの斬殺でどうやって生きているのですかっ!?」
焦りと混乱で涙をボロボロと流しながら、彼女は全身を触る。直文は最初は驚いていたものの、やがてペタペタと触られてくすぐったそうに笑う。
「あっはっはっ……くすぐったいよ……はなびちゃん。大丈夫。あの着ぐるみからの攻撃はたいしたことないよ」
「け、けど、何で無事なのですか……?」
多くの斬撃を受けて無事である理由がわからない。彼は自分を指差して。
「だって、俺、呪いと呪いの攻撃なんて効かないもん。痛みもないし普通の人がする攻撃や呪いの傷なんてすぐに治る。ああ、けど、この怪異が呪いにだいぶ汚染されていたから運良く助かったかな」
にっこりといい、彼女はポカンとした。彼は頬を掻いて苦笑する。
「流石に一瞬で完治する訳じゃないから傷は治したけどね」
《っ……ぁ……ああっ!!》
スピーカーから苦しむ声を聞いて、彼女はびくっとして直文に抱きつく。■■はビックリして、思わず直文を抱き締めてしまった。何度も怖い目に遭えば精神もすり減らさせる為、当然と言えよう。安心させようと、直文はよしよしと頭を撫でながら口を動かす。
「まったく、俺の正体を聞いてからの方が良かったんだけどな。焦って俺を傷つけたから貴方に呪が回り、凶が振りかかるんだ」
《……凶だ……とっ!?》
この呪いの主はあり得ないと声をあげる。呪いは人ならざるものの力を借りて相手を不幸にする。凶とは不吉の予兆そのもの。すなわち彼を傷付けたことにより、凶が発生してこの呪いの術者に降りかかった。普通ならばあり得ない。だが、考えられるのは、彼の半妖として引く血がそうさせること。直文は優しい笑みだけを浮かべているが、瞳の奥には金色の怒りの炎が燃え盛っている。
「呪詛を返されて、凶が降りかかる。とんでもないことになりそうだ」
他人事のように語り、彼は表情を無にする。
「まあ、生かすつもりはないから、この話はどうでもいいな」
直文の怒りだけがはっきりと伝わった。
彼は口を開けて声をあげる。先程も聞いた歌うような声。彼女に降りかかった嫌なものが祓われるような声だ。
彼女は思い出す。名前がなくなったあの日から時折聞いていた声だ。金色の焔が一瞬だけ彼らを包み、すぐに消える。少女はなんともないが、直文の姿が変わっていた。
人の耳がない代わりに金色の二本の角に狼の耳が生えている。結ばれた黒い艶やかな長髪は解かれ、片方の肩にある武具に少しかかる。洋服に見立て戦闘用コートに、ブーツを履いていた。腰に青い布を巻きつけて、武器の入った鞄がついている。
「丁寧に教えてやろう」
指なし手袋の両手で■■を抱き締めながら、淡々と告げた。
「俺は半分人ではない。あり得ぬ血を引く者。引く血は四神の中央に位置するものの一体。俺の名は久田直文。黄竜と同一視される麒麟。凶を払い、吉を呼び招く半妖」
首に巻いた襟巻きをしなおす。黒い艶やかな尻尾が風に揺れ、瞳には黄金を宿す。
スピーカーから息を呑む声が聞こえた。彼女は麒麟の名はよくラノベやゲームで見かける。実物の血を引く存在だとは思わなかった。彼は■■を抱き上げて、宙に浮かぶ。直文は片手を出して唇を動かす。
「光輝・
彼の片手から小さな白い光の弾が現れる。ゆっくりと上昇しながら直文は告げる。
「凶を送ろう、陰陽師。この夢の怪異を俺が殲滅したのち、貴様はいつしか凶に襲われて死ぬだろう」
無慈悲な声と共に彼は夢に光の弾を落とす。ゆっくりと雫のように落ちていく光の弾。
壊された遊園地の中に落ちた。
一瞬だけ光ると、遊園地を中心に大きな力が爆裂する。強烈な白い閃光が迸り、地面がえぐれて施設の残骸を呑み込んでいく。周囲にはドラゴンのブレスとも言える爆風が発生する。全てを完膚なきまで呑み込んでいった。
彼は■■を抱き締めて空高くに退避している。ゆっくりと上昇している最中、少女は聞く。
「あ、あの、直文さん!」
「どうしたんだい? はなびちゃん」
「……私、名前を奪われた時から時折遠くから歌うような声が聞こえたのです。名前を奪われても無事なのがおかしいと思っていたのですが、まさか」
名を奪われた人物は失踪しているのだ。■■が運よく逃れられているとは思えない。時折歌うような鳴き声を遠くから聴くが、直文の出した声で確信をした。彼は■■を見つめて、段々と気まずそうな顔をする。
「……えっと、まさか、気付いちゃった?」
少女は首を縦に振り、直文は彼女の肩に顔を項垂れる。
「…………気付いちゃった、かぁ……」
気付いてほしくなかったようだ。
「……あの、気付いてはいけませんでした?」
不安げに聞く■■に首を横に振る。
「いや、そうじゃないよ。そうじゃない。ただ、影から今まで君を守っていたのがストーカーみたいで嫌だから黙っていただけで……いやストーカーだよな……うん」
直文はただ気まずかったのだ。見方によればそうだろう。■■はそう思っていない。彼が今まで影から見守ってくれていたとは思ってもみなかった。失踪しなかったのも、妖怪に襲われなかったのも、直文が影から守っていたからなのだ。
彼は大きな息を吐いて顔を上げる。
「……五年前の夏、俺は祭りを楽しんでいる最中、名前の聞こえない女の子を見かけたんだ。困惑と悲しみに満ちた顔の法被を着た女の子だ」
彼とは五年前にすれ違っているらしい。彼女は直文をみると視線がかち合う。
彼は金色の瞳を潤ませて、片腕を動かして■■の頬を大きな手で包み込む。冷たくて、温もりが沸いてくる。慈しむように彼女を瞳に移す。
「どうしても忘れられなかった。あの泣きそうな顔が頭から離れなかった。あの時、こんな小さな君が酷い目に遭うなんて嘘だと思った。……酷いことをするよ」
優しい瞳に少女は心臓が高鳴ったのか、顔を赤くした。
「貴方は優しいですね」
ときめきを誤魔化そうと彼女は褒めてみるが、直文は首を横にふる。
「そんなことないよ。君が君だから、君が優しいから俺も優しくできるんだ」
褒めが逆効果の場合もあると■■は忘れており、顔が真っ赤になる。■■の顔をみて、林檎のようだと直文は笑った。
雲を突き抜けると、彼の背景に夜空と満月が現れる。金色の角と艶やかな黒髪。彼の慈しみの表情と合わさって、彼女は思う。
やはり、この人は夜空の化身であると。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます