8 麒麟の天災
茂吉に連れ去られ、依乃が我に返った。田舎とも言える原風景を見ている。茂吉から開放されると、道路のうえに降り立った。
依乃は聞く前に、茂吉は数珠と錫杖を出す。本来は合掌するのであろ。急いでいるのか、茂吉は数珠のある片手で合掌のように作る。依乃が見たとき、彼の表情には余裕がなかった。山の方面を向いて、錫杖を鳴らす。
「聞こえる囃子は守りの調。我の本懐は守護なり!
真剣な顔で錫杖を地面で打ち鳴らし、周囲に波紋が広がった。同時に山の奥からとてつもない力を感じ、依乃は体を大きく震わせる。
とてつもない力は彼女はよく知る直文のものだ。普段は優しく暖かな光だ。だが、遠くから感じるものは何なのか。空には暗雲が多い、稲光が見える。山の方から不自然な形で波がやってくる。火砕流に近い速度であり、依乃は怯えた声を上げた。
逃げようとするも、火砕流から逃れるはずがない。依乃は身構えるが、熱さや火傷の痛みは来ない。驚いて顔を上げる。茂吉が錫杖を強く握りながら険しい顔で奥歯を噛み締めていた。
数分のうちに炎の波が消える。だが、炎が覆った山の木々は火が燃え移っていた。その数分後に天から激しい雨と雷が降り注ぐ。山の火を消しつつ新たに火災を発生させていく。
天災とも言える光景に依乃は言葉を失い、茂吉は構えを崩さず山に向かって声を上げた。
「っ──ぁぁぁ!! あの、ばかぶみ! この周辺の妖怪と精霊が避難して俺と八一が双方から結界張ってるからいいものの、容赦なく狂って力暴走させやがって!」
怒りの声は、相方のためのもの。
八一と啄木が陰陽師本部を壊すために、近くにいる精霊や妖怪。神々から早急に話を通して、安全地帯に避難させた。陰陽師本部を壊すということは、その土地がすでに穏健派陰陽師たちのものでないこと意味する。禁忌を犯したことにより、昔交わした約束を破ったと神や妖怪たちから見做された。今後あの土地に妖怪が有効活用しよう。
彼女は不安げに山の方を見る。
普通の人の血は瘴気が濃く、神獣系の半妖が浴びれば狂い出す。直文はかなり血を浴びていた。怪我をしたのかと見間違うほどに、頭から被っていた。血を浴びて暴走するのは作戦で折り込み済み。その後八一と茂吉が本部周辺に結界を張り、陰陽師と直文を外に出さないようにしているのだ。
「……っ直文さんが全力をだし続けると……こんな風になる……とは」
強いことを知っていたが、ここまでとは予想していない。目にしている惨状に茂吉は渋い顔になっていた。
「黄龍と同一視される麒麟。黄麟ともいうか。あれは簡単に国を滅ぼすし、傷つけたなら更に厄災をバラ撒く。今のあいつはまだ頑張って理性を残してるけど、俺でも止めることができない」
「……えっ、寺尾さんでも……?」
相方である茂吉でも無理と聞き驚く。茂吉は首を縦に振り、錫杖を握る力を強くする。
「厄を祓うことはできる。けど、専門じゃない。厄祓いが得意なやつに任せた方がいい。隠神刑部は確かに強いけど、麒麟の持ってくる厄を容易に祓えないっと!」
茂吉は構え直し、強く錫杖を握る。
轟音と眩い光。轟く凄まじい音に依乃は頭を抱え、身を縮めた。一瞬、大輪の雷の花が開花したように見えた。
隠神刑部は間違いなく強いが、決死の覚悟をしなくてはならない。その麒麟を止められる相手は依乃でも知りうる限り一人ほどだ。張られた結界にバチッと音がし、茂吉は息をつく。
「だから、八一や俺よりもっと相応しいやつがこの結界内にいる。……これから俺と八一は結界の維持に全集中する。この後は任意だ君に任せるけど……」
本部に戻るか、手伝うか。賢明な判断は本部に戻ることであろう。だが、彼女は直文の狂乱を止める手助けができると確信していた。春章の言っていた発言と合わせて、依乃は勾玉のネックレスを出して茂吉に見せる。
「あの、これで直文さんに呼びかけることは可能ですか……!?」
「──なるほど。それはナイスアイデアだ。けど、それはかなり無茶な行動だ。それでもやるなら……って言わずもがな、か」
彼女の懸命な表情がやると物語っていた。茂吉は笑って、構えを崩さずに教える。
「勾玉を握って、直文を思い浮かべるんだ。イメージしてる最中、恐らくあいつと繋がる瞬間がある。その時を狙って、あいつの意志を導いてほしい」
「……っはい!」
依乃は膝をついて、勾玉のネックレスを出す。勾玉の部分を両手てでつつみ、握り目をつぶった。
彼女を一瞥した後に茂吉は錫杖を強く握る。
寺生まれのTさんだから錫杖と数珠を出したのではなく、力の放出量を調整するために出した。茂吉は一筋の汗を流しながら、歯を噛みしめ結界維持の集中に入った。
黄金の炎の津波が消えたの陰陽師の本部には、どしゃ降りとも言える雨が降り注ぐ。雷が響き、強風が直文の髪をなびかせた。本部の建物は延焼し続け、黒い煙を上げる。直文がいた社殿はすでに燃え尽きて瓦礫となっていた。直文は虚ろの瞳でそのすべてを見ている。
外で炎の波に逃れた人間はいたとしても、上空にある雷に撃たれているであろう。
ある一つの場所に音がし、顔を向けた。春章は瓦礫の下から刀印を組みつつ現れ、咳き込む。鞘に収めた剣を杖代わりに立ち上がる。
「っ……げほっ……ごほっ……っ」
相手が無事である理由を直文はすぐに理解し、楽しげに笑う。
その場にいた陰陽師たちを身代わりにして、春章は生き残った。直文を狂わせるために遠隔で、陰陽師たちを破裂させ血を多量に浴びせたが、今度は死なぬように部下である陰陽師を盾にして何とか生き残った。だか、春章も無事というわけでなく、多少の火傷入っている。
淡々と見据えてくる直文に多くの汗を流しつつ、睨みつけた。
「……田村丸の立場を逆に味わうとは……。しかも、周囲には結界が張られ、逃げ場はない」
春章の手にしている剣を見て、直文は目を見張り両手から剣を出す。
「見事だ。……顕明連に気付くとは流石は麒麟」
始末しようと直文は春章にめがけてすごい勢いで飛んでくる。春章は息をつき、剣を構えた。
「……本部の部下たちは今の炎の波で殆どが死に、裏切られ、術式を再構築不可能にまで壊され、手負いを負わされ、貴重な本部にある呪具を失い……計画も潰され……」
「死ね」
直文は両手で剣を振い、春章に傷を負わせたかのように思えた。剣を振るった本人は目の前にある刻まれた春章の蜃気楼を見る。だが、振り向きざまに一つの剣を振るうと硬い音が響く。
春章は渋い顔をし、顕明連の刃で直文の剣の刃を防いでいた。互いの刃が拮抗し合う。直文は無表情であり、険しい表情なのは黒幕側である『大嶽丸』こと春章だ。
「流石に、不意打ちは無理か。顕明連の力も不全である故に、麒麟の力にも絶えられないか」
相手を直文は弾き、蹴り飛ばす。飛ばされた春章は器用に着地し、札を懐から出す。
「……緊急用の札を用意しておいて正解だったなっ……。計画の再起を図るのにも時間がかかるが、『儀式』シリーズの創作怪談は人伝に伝わっている。また機を狙えばいいし、別の方法を考えればいい。本部の二人の重鎮がいなくなったのは痛手だな」
直文の体が変化していく。肌に鱗が増え、手も少しずつ人のものから遠ざかる。直文の表情に人らしい物がなくなる。声はオペラの魔笛のような高音の声が鳴り響く。春章は刀印を組み、何かを早く言う。
春章を突き刺すと同時に、黄金の焔が吹き出し直文を巻き込みながら燃える。
炎が消えると、そこに人の形はない。燃え尽きた様子はなく、人の残滓と言えるものもない。
標的は逃げたのだとわかり、直文は空を見ると雷と雨が止む。彼が止めたのだ。逃すつもりはなく、周囲に光を出そうとする。八一と茂吉の張っている結界を壊そうとしているのだ。
結界が破壊されれば、二人は無事に済まない。
「ドクターストップだ。流石にそれ以上の言霊なしでの力の使用は認められないな」
声がし、彼は光を消した。相手が顔を向けると、空から音もなく降り立つ人が現れる。白髪の白い角と耳を生やした男。額には第三の目があり、仮面を外して真剣な面持ちで見ている。
「──啄木」
直文が名を呼ぶと、仮面を投げ捨てた。
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