9 麒麟対白沢

 土砂降りの雨により、炎の勢いは治まったが鎮火したとは言えない。湿気に煤けて焦げた匂いが含まれている。陰陽師本部が跡形もなくなった様に、啄木は息をつく。


「……お前さ、陰陽師の本部だけじゃなくて周囲の山の一部を燃やさなくてもいいだろ」

「あの子が狙われているのにか?」


 声は低く、怒りが含まれている。ここまで直文が感情を見せるのは珍しく、啄木は頭を掻いて首を横に振る。


「そうじゃない。有里依乃さんがこんな怖いものを望んでいるかっていう話だ」

「彼女の障害は殺す」


 会話が噛み合わず、直文は剣を構え啄木に飛びかかる。彼女が狙われているとしても、水をかければ直情的な行動はしない。だが、彼女の名を出しても止まることはない。啄木は両手から十手を出し、剣の軌道を読み十手の鈎で剣の動き止める。

 変化の状態で血を浴びた以上、人としての形は崩れ神獣の形態で暴れまわる。だが、まだ人の形であるのには直文が何とか律しようとしているのだろう。

 剣の動きを止め、互いの武器がガチャガチャと金属の擦れ違う音がする。

 剣と十手の防ぎ合いが始まった。直文が敵意を向ける最中、顔を俯かせポツリと呟く。


「──たくぼく、わるい。あとは、たのんだ」


 啄木はその呟きを聞き、笑って了承する。


「最初からその作戦だろ。任せろ」


 笑うのをやめて啄木は十手を動かし、直文の手から剣を振り落とす。一瞬の隙を逃さず、腹にめがけて勢いよく拳を入れる。鈍い音ともに直文は殴り飛ばされた。受け身をとらず、そのまま地に伏せ倒れる。

 啄木は何かをつぶやき、手をかざすと水が集まった。小さな水の塊がビー玉のような塊を作り、啄木は懐にしまう。血で汚された瘴気を落とす聖水。掛ければ直文は正気に戻るが、簡単にかかるわけではない。

 地に倒れ伏した直文はおらず、拳を構えて殴ろうとしている。十手をすぐに消し啄木は腕を掴み、背負投の要領で直文を地に叩きつけた。


 すぐに離れ、啄木は宙に浮かぶ。


 最初から二人を捕えさせ、隙を狙って直文が内部から穏健派の本部を崩壊させる。目的を聞き出し、陰陽師を始末する作戦であった。

 春章を取り逃がしたのは想定済み。『大嶽丸』が前身であり記憶がある以上、簡単に捕まるわけなく殺せない。

 目的を果たした以上、付随するサブミッションはクリアしなくていい。後始末をするだけではある。その後始末は啄木、八一、茂吉にとっての大仕事。


 結界を張り、狂った直文をどんな手段でも止めること。


 故に、奈央が反対し、澄もいい顔をしなかった。直文は覚悟の上で提案し、依乃も覚悟の上で作戦に協力した。

 茂吉の引き起こした暴走はまだ軽度。人の形をまだ保っていた。酷い場合、見境なく周囲を攻撃し、荒狂う天災を引き起こす化け物とか化す。人の形が崩れ神獣の姿へと近づく。

 純真な神獣であれば、人の血など浴びても大したことはない。だが、組織の半妖である彼らは違う。


 例えるならば、バランスよい配合に余計なものが加わっては形や味が崩れるといえよう。彼らは自分の中の陰陽のバランスは保たなくてはならない。特に神獣系である彼らが人に偏ってしまうと、神獣の性質に絶えられず精神が狂う。言霊という触媒なし、力を放出し命と身を削る。


 穢れたものは綺麗なもので浄化しなくてならない。殺す任務の際は、必ず浄化できるものを用意する。人の血は瘴気が強いため、浴びすぎるのは良くない。


 その結果、直文──否荒れ狂った人形の麒麟は人の形を崩しつつある。言霊の使用をせずに力を使うのは、命を削っている証拠。


 麒麟は息を切らしながら、空を見る。


 啄木を目で捉え、高らかに鳴き声を上げた。演奏のような鳴き声であるならば良かったであろう。鳴き声は勢いよく吹かれた高音の笛であり、高音の超音波にもなり得る。

 明らかに啄木を敵として見ている。その敵認定された本人は耳を抑え、舌打ちをした。


「白光」


 言霊を使用し腕に光が宿る。何も無いところに腕を掲げると、硬い音が響く。麒麟は片足に黄金の炎を宿して啄木に蹴りを防がれていた。蹴りを防がれ表情を歪ませるが、啄木ははぁと息をつく。


「ったく……負担がでかすぎるわ!」


 空中で腹を蹴り飛ばした。麒麟は飛ばされるが、宙を地面のように着地した。黄金の龍の眼を爛々とさせ、啄木に殺意を向ける。

 瑞獣の白沢であるがゆえに、啄木は対処しきれる。麒麟を傷つけても厄や不運を祓える白沢の血を引く啄木しかできぬ。

 息をつき、啄木は太刀を出す。


「安吾。お前の手助けを断って正解だよ」


 吉を招き、傷つけた相手に凶を齎す麒麟。病魔や厄災を祓うとされる白沢。厄そのものと言える安吾の血は、この場での戦いは毒にしかならない。麒麟は両手に電流を宿し飛んでくる。啄木は柄を強く握り、言霊を吐く。


「災祓」


 太刀と鞘に一瞬だけ波紋が宿る。麒麟が飛んできて間合いに入ってきたとき、啄木は動き麒麟の懐近くに入り、勢いよく抜刀した。抜刀していったものの、光だけが切れる。

 啄木は振り向きざまに手にしている鞘を振るうと、流れる電流が波紋とぶつかり合い、周囲に攻撃の余波が散らばっていく。

 啄木と麒麟は攻撃の余波を受け、弾き飛ばされる。空を飛ぶ彼らは宙を地面のように足をつけるように動かすことができる。ただし、飛ぶだけでも些細といえど体力は使う。

 互いに宙で止まり、麒麟は荒々しく息をする。疲れながらも手が人の形ではなく、蹄に近い手の形となる。見える肌も人間の肌色から金色の鱗へと変わっていく。力を使いやすくするために、形を崩していっているのだ。別の言い方では人から遠ざかり、半妖としての命を削っている。

 あまりいい状況と言えず、啄木は緊迫した面持ちで居合の構えを取る。


「速攻決めないとまずいな。……まず片腕か片脚、もしくは首を持ってくか」


 太刀を鞘に納める。鞘は力を込めたおかげか、少し焦げただけですんだ。攻撃をしようとする前に、耳元で声が聞こえた。


《啄木!》

「っ!? 安吾!?」


 相方の声がし、啄木は構えを崩さずに驚愕する。安吾の声がするということは、この場にいるのに等しく啄木は慌てて話し出す。


「なんでこんな場所にいるんだ!? 毒だぞっ!?」

《この場にいるほどのことを伝えに来たんですよ!

今、有里さんが直文の意識の呼びかけを試みてます。直文を全殺しにしない程度に痛みつけろと茂吉が伝えろと。試みの証拠に今直文は攻撃していません!》


 言われ啄木は顔を向ける。直文である麒麟は動かず攻撃してこない。首にある勾玉が微かに光を放っている。

 勾玉のネットクレスは相性が良ければはず、ある条件を果たさなければ外れないクソ仕様。だが、はずれない間は繋がっているものと運命共同体のような関係。力は送れる上に、同時に死ななければ外れないとんでもないものだ。直文が依乃に干渉できるならば、逆に彼女も干渉できるはずだ。

 上司が渡したものにメリットが現れたことに感謝した。


「……嫌だけどあの人には感謝しないとな」

《啄木も三善さんと一緒につければいいのに》


 安吾に言われ、啄木は首を横に振る。


「むしろ相性いいかの問題だろ。その前に、あんな人生阻めるようなもの、真弓に渡せるか。いいからさっさとこの場から去れ。本当に死ぬぞ」

《そU死……◯、……》


 声がラジオの回線のように途切れ、ぷつりと消える。安吾の気配がその場から消え、啄木は目を丸くしながら相方の名前を呼ぶ。


「っ! おい、安吾!?」


 名を呼んだあと、啄木は殺気に気付く。鞘を勢いよく抜くと、鋭く削れるような音がした。麒麟の放たれた氷の槍を真っ二つに切れ、啄木の空いている双方にとんで行く。

 麒麟は後を追うように、拳を構えていた。

 啄木の真正面の顔面を血に叩き落とすように殴られる。啄木は地面に落下する寸前に止まり、顔を片手で押さえて小さくなにかをつぶやく。啄木に白い光が集まると、彼にめがけて麒麟が踵落としを決めようとした。

 彼はすぐに横に避け、空へ逃げる。踵落としがあたった地面はヒビ割れすぐに、地面が陥没する。

 空へと逃げた啄木を見つめるも、麒麟の表情は無表情のまま。啄木は顔を元に戻して、傷を治す。鼻から出ていた血を手で拭い、口から血の混じったつばを飛ばす。

 後から気付いたことではある。茂吉の近くに依乃がいるのであれば、守護にも意識を割いている。伝える間はないはずだ。仲間思いの茂吉は、安吾を苦しめる真似はしない。

 気付いた真実に、彼は舌打ちした。


「……あいつの独断じゃねぇか。終わらせて、安吾を問い詰めてやる」


 麒麟が空に来ると、啄木は鞘を腰のベルトにさし太刀を構えた。

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