10 助太刀からの恩返し
とある森の中。八一は刀印を組みながら、木の葉を一枚手にして九本の尾を広げていた。
九本の尾の尾先は結界に向いて、支えるように力が入っている。炎の津波を防ぎながら、彼は舌打ちをする。
「……ったく、狂ってるとはいえ、とんでもなく力使うな……!」
茂吉と八一はそれぞれの力で結界を張っていた。
空は暗雲が多く稲光が見える。山の方から不自然な形できた炎の津波の元は容赦なく力を使っていた。炎が消えると、その数分後に天から激しい雨と雷が降り注ぐ。山の火を消しつつ新たに火災を発生させていく。
天災とも言える出来事に、八一は麒麟の逸話を思い出す。
「麒麟の死体を見れば不吉なことが起きる。麒麟を傷付ければ不吉な事が起きる……。そりゃこんだけあればなぁ……」
呆れつつ汗を流しながら、八一は息をついた。
「……で? 私を倒そうとする気なのかな。『悪路王』さん」
背後にいる男の気配に気付いていた。距離は近くないが遠くはない程よい距離にいる。恐らく、敵ではないと告げているつもりなのだろうか。敵意のなさに勘繰りを入れていると、呆れたように話された。
「それをして、なんのメリットがあるのか。本部、潰してくれてありがとうな」
感謝され八一は驚き、顔を後ろに向ける。雑面をした角の男がおり、陰陽師の着物を通った姿でそこにいた。驚く狐の様子に『悪路王』は心外だというように腕を組む。
「なんだ。感謝を言うのがおかしいのか」
「……いや、そうじゃない。お前、本当にどっちの味方でもないんだな」
指摘され、『悪路王』は首肯する。
「ん、まあな。俺は基本的にどっちも嫌いだから」
断言し、更に八一を驚かせる。驚いた様子に『悪路王』は面白そうだ。
「おいおい、そんなにおかしいか?」
「……おかしいも何も……じゃあ何故ここに」
「邪魔と手助けだ。そんなわけで、俺は保持派でも裏切り者だ」
両手を広げて戯けてみせるが、相手は真剣だ。敵意を向けてはないが、警戒は緩めていない。『悪路王』はおどけるのを辞め、八一に頭を下げた。
「夜久無の件について、悪かったな。謝罪する」
拍子抜けするしかない。頭を上げ、相手は話し出す。
「あいつ、藤原夜久無は派閥の仲間から風評が悪くてな。排除ついでに『大嶽丸』の実行していた実験『前世返り』を試して妖怪に戻したら、変に単独行動をし始めたんだ。まさか組織と関係があるとは思わなんだ。あれは本当に悪かった」
「なるほど、あのクソぎつねが『時駆け狐』を利用したのは、陰陽師で培った経験と知恵か。まあ一歩歩いて二歩下がったかな?」
皮肉を交えて八一は話すと『悪路王』は肩をすくめた。
「そうさな。ああけど、高久という狸は俺が個人的に気に食わなくて利用しただけ。元々、あいつは金長狸の力は狙ってた。というわけで、俺は狐くん個人に対しての謝罪。あの狸くん個人の謝罪も兼ねて、狙った経緯と情報を教えよう」
反省を行動と態度で示そうと『悪路王』は言った通りに情報を話し出す。
「俺は、革命派は思想から見逃せないから残党の排除。もしくは、脱退させてる。保持派の方はあいつがいたから俺が動いても意味はなかった。一昨年まではそのままでも良かったけどが、『大嶽丸』は有里依乃の存在を知ってしまったんだ。神、麒麟の力を容易に溜められるほどの器、霊媒体質の彼女をな。あいつは儀式シリーズとは異なるある神の分霊をあの少女に入れるつもりだ」
話を聞き、狐は聞く。
「……まさか、立烏帽子。鈴鹿御前を入れるつもりなのか?」
立烏帽子。鈴鹿御前の名が有名であろう。鈴鹿御前は鈴鹿山に住む女神や天女とされる。田村語りの中では田村丸の妻という立場だ。かの『大嶽丸』を欺いて、田村丸とともに倒したとされるが。
「いいや、今のあいつは昔の女に執着してない。昔の女より良いものに出会った故に、今の女には執着しているけどな」
鈴鹿御前を入れるつもりでないと断言され、一瞬驚くも言葉に気付く。
「今の女?」
相手はうなずいた。
「過去に、顕著連ととある天女形から鬼形に変容する像を用いて、ある神の分霊の部分を呼び寄せた。その分霊を『変生の法』にて定着させてしまうことが可能となってしまった。その分霊であった人間の魂は既に死んでいる。あいつは羅刹になりたくなかったのに、『大嶽丸』はその分け御魂を呼び出そうとしている。
今回の計画が頓挫しても『儀式』シリーズ形を変えどが人々の間に伝播していればいい。発生するのに数百年以上はかかるだろうが、油断はできない。肉体が人間に近くてもあいつは『大嶽丸』だ。どんな手段を用いてくるかわからない。気をつけろ。
──てなわけで、これが俺からの詫びと恩返しだ」
詫びと恩返しという割に、かなりの情報を八一に提供している。どんな風の吹き回しなのかと聞かなくても、彼と対面すればでわかる。かなり気に食わないから教えているのだ。その露呈さに八一は表情を崩したまま何も言えなくなる。驚いているといえど、結界の維持を崩さないのは見事といえよう。表情に『悪路王』は笑いつつ、背を向ける。
「じゃあ、あいつに見つかる前に行くな」
「待った。教えてくれた礼に私から親切な忠告をしてやる」
真剣な声に『悪路王』は足を止める。狐は真面目な顔をし、口を動かす。
「もう静岡県にくるな。用があったとしても、名古屋方面から静岡に来るなと言おうか。新幹線でいくなら静岡の全部をかっとばすのぞみに乗って、のぞみの停まる駅からひかりかこだまに乗り換えていけよ」
盛り込まれた地元のネタに『悪路王』はおかしそうに笑った。
「ははっ、その新幹線ネタは静岡がネタにするやつを盛り込ん」
「組織の仲間でお前を殺したがってる奴がいる」
言葉を遮って言われた瞬間、『悪路王』は黙る。八一は目を伏せ、淡々と告げる。
「そいつは私の相方だ。殺し合いたくなければ、二度と静岡県に来るな。あと、あいつが住まう地域が浜松方面なんでね。これはネタじゃなくて建設的な忠告だ」
八一の相方と聞いて知る人は知る。その当時の記憶を持つ現世の『悪路王』か、当時を知る者しかわからない。忠告を聞き、『悪路王』は間をおいて返事をする。
「──そうか…………そうか。肝に銘じる。忠告、ありがとうな」
背を向けて『悪路王』は去っていく。
遠ざかる気配を感じながら、八一は結界に向き直った。
「……難儀だな」
呟き、一瞬だけ思考する。
今の『悪路王』は悪というほど、悪に傾いていない。末路わぬ民の王としての一説がある阿久留王ではないはずだ。となると、彼個人が今生きている中で何かあった。そうしか思えず、再び同じ感想を吐き出す。
「難儀だよ。本当……」
八一は息をつき、周囲に薄い瘴気があることに気づく。
「? 安吾」
声をかけると、近くに変化した安吾が跪いて現れた。多量の汗を流しながら、肩を上下させて地面に手をつけていた。
「……や、い……」
姿が一瞬だけぶれ、八一は言葉を失う。先程驚いてばかりであるが、心臓に悪い驚きは大いに断りたかった。
「おい、安吾!? その状態、かなりまずいじゃないか!?
なんで、そんな状態に……!」
安吾は息をつき、頬を叩いたあと立ち上がる。
「伝えるべきことを、自分の相方に伝えたのです!
有里さんが今ネックレスを利用し直文の連絡を試みてます。以上の旨を茂吉から伝えるよう言われました」
瞬間、八一は険しい顔をした。
「おい、それ茂吉が本当に伝えるって言ったか。私が知りうる限りでは、あいつお前に無茶させるほどのこと頼まないぞ。……伝達はお前の独断じゃないのか」
指摘した瞬間に、安吾は朗らかに頭を掻いて笑った。
「──あはは、やはり苦し紛れの嘘でしたかね」
「たぶん、啄木も気付いただろうな。後で問い詰められるぞ」
「いえ、すぐにここから離れて、終わるまで瘴気の中でぐーすかぴーさせてもらいますので。啄木に尋ねてられても適当に理由こねてください。では」
「……わかった。だが、どう言われても知らないぞ」
安吾は申し訳無さそうに笑ったあと、姿を風景の中に解けさせて消えた。八一は剣幕で見送る。安吾は本当に逃げるときの逃げる為、追うのは難しい。追いかける方法があったとしても、神獣系である彼らに難しいだろう。
安吾の姿が先程のぶれた現象を思い出し、狐はため息をつく。
「後で、『悪路王』だけじゃなくて、安吾の状態についても話さないとな……」
相方である啄木に話して、検診を受けさせなくてはならないなと思考を片隅に置く。現状を維持させなくてはならない為、八一は結界の維持に集中を移した。
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