11 導く花火の少女

 茂吉達が結界の維持を任せている間、依乃は道路の上で目をつぶって直文をイメージした。勾玉を通して感じる温もりは少しずつだが温くなってきている。直文が弱ってきているのだろう。

 狂っている直文の意識を一瞬でも引き戻すのは難しい。砂から一粒の砂金を探すのに等しいと言っていた。だが、それは場所にもよる。砂漠から砂金を探すのは壮絶であるが、川は方法と工夫さえあればできる。

 これ以上、彼女は弱る彼を感じたくなく、早めに直文を戻したかった。心身ともに落ち着かせ、依乃は心の内で何度も彼を呼ぶ。

 真っ暗の中で彼を呼びかけても反応はない。狂っている中で彼をどう引き寄せるのか、不安になる。

 依乃は必死に呼びかけている最中、明かりのようなものが差し込む。彼女は気付いて、イメージの中にある明かりへと突っ込んだ。


「──えっ?」


 彼女が我に返ったとき。

 何処かの貴族の部屋にいた。平安の雰囲気を残しつつ、何処か新しい。周囲に平成にあるような器機がなく、昭和で使うような機械も、明治や大正で育まれた和洋折衷の器具もない。

 簾のかかった座敷に誰かが座っている。二つの竜の角が生えている髪の長い子供の影。

 シャン。鈴の音がする。座敷の両端に二つの紐がついており、動きがわかるようになっている。その相手が誰なのか。一年前に見たことあるゆえに、彼女は駆け寄ってすだれを上げて彼を呼ぶ。


「直文さん……!」


 日本の角を生やした幼い彼は無表情でそこにいる。これが彼なのかはわからない。だが、彼女はほっとして幼い彼を抱きしめて声をかけた。


「直文さん。もとに戻って帰りましょう。貴方は」

「なぜ」


 遮るように二文字の言葉をぶつけられ、依乃は目を丸くした。顔を見ると無表情で、彼女に向けて無機質に問う。


「なぜ、そういえるのだ。わたしはそしきのまもるべきどうぐとしていきている。そなたをまもるためにここにいる。いっしょにいていいのか、まだじっかんしてないのに。わかってないのに。なぜ、かえるといえるのだ。わたしは──おれはひとごろしではんざいしゃだ」


 一年前に直文が腹を括ろうとしている理由が垣間見えた。自分の存在について、彼は悩んでいたのだ。半妖である以前に、彼は自分の経歴についても悩みを抱えていた。表向きは詐称は出来るが、彼自身の抱えている罪は消えない。

 依乃は答えを探しながら、口を動かす。


「……犯罪者なら私も同じようなものですよ。直文さん」


 今回の件は何をするのか、察していた。加担しているようなものだと考えたとき、直文は依乃から離れる。幼い彼の表情が無から悲しげな、拒絶するような顔に変わる。


「──ちがう──ちがう──違う。違う、そうじゃない。君は犯罪者じゃない……。そうさせてしまう、俺が悪いんだ……!」


 距離を取ると、シャンと鈴の音がする。彼は目を潤ませ、顔色を真っ青にしながら首を横に振った。


「俺は依乃にそう言わせたいわけじゃないんだ……! だって、俺は君を幸せにしたいのに……普通に生きてほしいのに……俺は……俺は……!」


 再度鈴の音がすると、彼の鈴と着ていた着物が落ちる。この場から幼い直文がいなくなった。依乃は驚き、中を見回す。繋がっていた彼の姿はなく、簾からでて部屋の中を見る。

 直文の姿はなく、部屋にいる様子もない。依乃は顔色を悪くして、自分の発言に口を押さえる。直文にとって嫌な事を言ったのではないのかと。


「その人殺しや罪云々、確かに社会では致命的かもしれないが人間、どこでも殺人や罪を犯しているようなもんだぞ?」


 声とともにガラリと戸が開く。彼女は驚いて顔を向けると、貴族の着物に烏帽子、笏を持った男性が雑面をして現れた。その彼は依乃を見てにこやかに話しかける。


「地獄からこんばんは、有里依乃さん。この私は端末だ。本体と対面できなくて非常に申し訳ない」

「……えっ、貴方は……!」


 聞き覚えのある声と雰囲気に依乃は驚く。会ったのは、夏祭りの開始の日一年前に対面したとき以来だ。その相手は人差し指を立て静かにとジェスチャーを送る。


「静かに。ここは夢のような場所といえど、直文とも繋がっている。暴走している表のあいつを刺激したくない。出来るだけ、私のことは呼ばないように」


 依乃は黙る。対面しているのは、間違いなく組織の上司だ。神出鬼没な相手であることは知っていたが、ここまでとは予想をしていない。上司は息をつき、呆れ果てていた。


「まったく、直文がすまないことをした。有里さんを思っての行動なのはいいが、覚悟が足りてなかったようだ」

「……構いません。でも、その殺人と罪を犯しているというのは……?」


 罪や殺人を普通の人間が犯しているとは思えなかった。上司は笑みを作り、自身の口を指差す。


「言葉と嘘だ。言葉は使いようによれば相手を追い詰め、相手を救うこともある。嘘は大きな出来事を引き起こすきっかけにもなれば、相手を救うこともある。表裏一体のハサミとも言えるな。ハサミも使いようということだな」


 ハサミは使いようによっては役立つ。だが、間違えれば相手を死に至らせる。依乃は口を押さえると、上司は苦笑をした。


「確かに、貴方の言葉で直文は傷ついただろう。けど、それはやむを得ないことなんだ。人は人を傷つけてしまう。思ってもないところでもね。直文のあれは、あやつ自身の気持ちの問題。心構えと言えるものがなってないだけ。それに、この問題は簡単なものではない」


 心構えと聞き、依乃はわけがわからないという顔をした。上司は彼女に問う。


「有里さん。貴女は人殺しの人と一緒にいたいか?」

「それは、イヤ……あっ」


 即答し、彼女は瞠目し口を押さえる。人殺しの人間が近くにいるというだけで、忌避感がある。心構えというが依乃の聞かれて答え、痛感する。自分にも直文と同じように覚悟が伴っていないと解ってしまった。唇を震わせて涙をためると、上司は一回頷いて話し出す。


「そう、普通の人は忌避感を感じるのだ。直文は有里さんを普通にさせたいだけが、うまく行かない。したくもない犯罪を犯した者とどう生きるのかが、今後の、いや、君たちの一生の問題とも言えよう」


 上司の話を聞き、彼女は顔を俯かせた。

 犯罪歴のある人間──半妖ともいえど、依乃は直文たちが悪い人とは思えなかった。だからこそ、そこに自分の答えを持たなくてはならない。依乃は拳を握り、顔を上げ見据えた。


「……一生の問題でも私は彼と向き合いたい」


 足を力強く踏みだし、上司に宣言する。


「私はまだ彼に何もしてあげてない。恩を返せてないんです。

直文さんが大切だから……傍に居たいんです……!」


 高らかに宣言が部屋に響く。傷つけ合うのも承知で行かなくてはならない。恩を返せていないのもあるが、ほっとけないくらい好きだからという感情が強い。

 依乃は上司の目をらしき場所を見つめる。


「教えてください。どうすれば、直文さんの精神を導くことができますか?」


 彼女の表情を見て、組織の上司はしばらく黙ったあと嬉しそうに笑っていた。


「なるほど。前の君と会ったのは一回だが変わってないな」


 きょとんとする依乃に上司は笏で戸を指し示す。上司が入ってきたところとは別の戸である。


「この空間、夢にいる直文を追えばいい。あいつはこの先にいるし、精神が不安定な影響で有里さんから逃げている。不安定であるが故に、直文の記憶に見舞われるだろう。だが、有里さん。隙を見て、あいつの記憶から己の記憶の風景に持ち込め。ここは、有里さんと直文の夢が繋がっているような状態。思い出深い場面を引き出せば、あいつも出ざる得ないだろう」


 教えられ依乃は涙を拭い、頬を叩く。喝を入れ終えたあと、雰囲気を変えて頭を下げた。


「っありがとうございます!」

「こちらこそ、感謝をすべきだ。本当にありがとう──直文を頼んだよ。有里依乃さん」


 感謝の声のあと、顔を上げるとそこに上司の姿はなかった。依乃は驚きつつも、自分のなすべきことを思い出しすぐに振り返る。

 直文は逃げているという。だが、追いかけているうちに隙ができるならば、その隙を利用して引き込めばいいという。

 彼女は戸を開けると、一寸先の闇という言葉がまんま光はなく闇だけが広がる。夢のような空間とはいえ、何が起きるのか。依乃は息を呑んで、その闇に一歩足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る