10 問題事項一つ解決

 ゆっくりと来た道を戻りながら、建物に見合う広さと高さに戻っていることを確認する。二人は玄関にたどり着く。外を出ると、外は夕方の空の色になりつつあった。外の空気をすい、真弓と葛は外に出る。何とか外に出れたが、啄木がいないことに真弓は驚く。

 建物から離れて真弓は周囲を見た。


「っ……啄木さんは……!?」


 葛は首を左右に動かして、不安を表情に出す。


「……見たところ、まだ戻ってない……?」

「っ……そんな!? あの神獣さんは私を助けてくれたのに……!」


 驚く妹の発言に、葛が驚愕した。


「はっ!? 神獣って……あの時三保海岸で助けてくれた……!?」

「う、うん! 急に現れては、急に助けてくれたの……。私が無事だったのは神獣さんのおかげなの。でも、その人は私を助けたあといなくなって、その後に啄木さんの札の光が……」


 玄関の方からゆっくりと足音が聞こえる。葛と真弓はすぐに真顔になって、刀の柄を手にするが。


「っ……そう殺気むけんな……俺だ」


 疲れ果てた声が聞こえ、彼は玄関から姿を現した。

 啄木は疲れ果てた顔をしていた。額にはびっしりと汗が流れており、服にも汗が張り付いているように見えた。彼は気怠げに太刀を手にして、二人の目の前に立つ。呆然としている彼らに微笑んで手を上げた。


「よっ、佐久山啄木。帰還したぞ」


 疲れている様子だが、怪我はしてない。無事な姿に二人は目を潤ませていき、啄木に飛びついた。


「「っ、啄木さん!」」

「おわっ!?」


 学生といい大人に抱き締められ、啄木はよろけそうになる。啄木が無事で生きている。それだけで二人は嬉しかった。倒れそうになるのを何とか持ちこたえ、啄木は立ち続ける。抱き締めている二人の背を、啄木は苦笑しながら優しく受け入れた。


「っ……あー、大丈夫だ。大丈夫。怪我はないから安心してくれ。だから、離れような。葛、真弓」


 温かな声色で声をかけられ、三善兄妹は離れた。


「ううっ、啄木さんが無事でよかったよ……」


 泣いている真弓に、啄木はふぅと太刀を腰のベルトに差し息をつく。


「うん、心配してくれるのはまあ嬉しいけど」

「えっ?」


 白椿の少女がキョトンとしていると、こめかみに彼の二つの拳が添えられた。こめかみをぐりぐりされ、真弓は悲鳴を上げた。


「いった! いたたっ!」


 力の加減をしながら、啄木はにこやかに怒りを吐き出す。


「まず、無闇に突っ込むな。確かに、勝手に侵入してきた学生も悪い。けど、考えもなしの突入は自分の命を無駄にするぞ」

「っあ、たった! ぐりぐり反対! ぐりぐり体罰っ!」


 涙目で抗議する真弓に、啄木は怒りをさらににじみ出す。


「正当な罰だよ。あと、この無茶。あの建物の中でも起こしただろ?

それで、葛を心配させたと見た」

「うっ!?」


 図星という声を上げた。考えればわかるほどのお見通し具合ぐあい。啄木は笑みを深くし拳を開いて両手で頭をつかむ。


「ぐりぐりが体罰って言うなら、体罰じゃなければいいんだろ?

はーい、じゃあ、頭部のマッサージをしまーす。適度に凝りをほぐしていきますんで、痛かったら叫んでくださいねー」

「えっ、ちょ……いっだぁぁぁぁぁぁ!」


 啄木は的確に凝りを感じる箇所を器用にマッサージしていく。かなり凝っているらしく、真弓は悲鳴を上げた。仕置の光景に葛は何も言えなくなると、車から重光が降りてくる。


「葛、真弓ちゃん、啄木さん!」


 彼は門を越えて、三人の元にやってくる。啄木は真弓を開放した。真弓は頭を押さえつつ顔を上げ、葛は手を挙げる。


「……重光さん。ただいま帰りました」

「やったぜ。重光」


 三人が無事であることに重光は胸を撫で下ろし、真弓に苦笑する。


「っ……お疲れ様。……啄木さんから受けていた行動を見るに、真弓ちゃん。やらかしたのか」


 真弓以外の二人は黙って頷く。少女は自身の失態が明白であるため、不服な表情をしなかった。車を見て啄木は重光に声をかけた。


「重光。俺たちがこの建物に入ったあとの状況、学生の三人の状態を聞かせてほしい」

「っはい。一人は体調を悪くしましたが、啄木さんの用意した聖水のおかげで調子は戻りました。ガソリンを入れに直したついでに、コンビニによって彼等を落ち着かせたりもしました。またここに戻ってきて一人の調子が戻った後、術で彼らを寝かせて今回の件の記憶を消しています」


 要約した簡潔な報告に、啄木ははにかんだ。


「手際いいな。よし、上々だ。よくやった」

「ありがとうございます」


 啄木に褒められ、重光は嬉しそうに感謝を述べた。三人の学生は怪異現象に巻き込まれたとはいえ、覚えていいものではない。またこの地元で『ひとつなぎの屋敷』の怪談を拡散させないためでもある。

 三人は建物の敷地から出て、武器を車の後ろにしまう。車の中で寝ている三人を見て、啄木は大きな声を上げる。


「おーい、起きろー!」

「!!?」


 三人はビクッとして身を起こし、驚いて車内を見る。


「っえっ、あれ!? 車の中……」


 一人は驚くと啄木は呆れたように、三人に声をかけた。


「お前たち、ここで倒れてたんだぞ? 通りかかった俺達が助けたからいいものの……熱中症対策ぐらいはしておけよ。手持ちの水筒だけじゃあ、物足りないぞ」

「……えっ、熱中症……!?」


 三人は熱中症で倒れると思わなかったようだ。

 若い証拠に四人は羨ましくも呆れてみせた。啄木が医師として注意をした。困惑している三人は車からおり、頭を下げて謝罪と感謝をする。その後、自らの自転車で三人は道路を伝って山を降りていった。

 思いの外、素直な少年たちであった。

 無関係な人がいなくなったあと、重光は啄木に恐る恐る声をかける。


「……彼ら熱中症になって倒れていたと聞いて、真っ先に病院に搬送されてないことを怪しみませんでしたね……」

「見たところ、まだ中学生になりたてだ。仕方ないだろう。経験を積んだら、その違和感にすぐ気付くさ」


 熱中症になって倒れて経過した時間。熱中症で倒れるならば、重度であり真っ先に医療機関に運ばれている。

 啄木は注意をしただけで、熱中症で倒れたとはいっていない。彼は三人の男子学生に勘違いを誘発させただけだ。

 真弓は背伸びをして、お経と札を貼り付けた塀と門。曰く付きの屋敷を見る。


「……今後、これをどうするかだね……」


 残りの三人は頷いた。

 人の手には余るもの。この建物を壊すにはあまりにも時間を有し、犠牲者の特定にも時間がかかる。啄木は疑問そうに腕を組む。


「というか……札の力を発動させてないのに、なんで中央のエントランスが光りだしたんだ……? 異界化が解かれたのは不思議だけど……二人ともなんか変わったこと、あったか?」


 彼の問に葛が教える。


「妹があの三保海岸で見た神獣に助けられたようです」

「……………………えっ? ………それ、本当か?」


 聞いた途端に言葉を失い、啄木は真弓に聞く。真弓は静かに首を縦に振ると、啄木は頭をかいて申し訳無さそうに二人を見る。


「っあ……そうか……もしかしたら、俺の札がまた呼び寄せたかもしれないな。悪い、本当にすまない」

「い、いえ……というか神獣が助けに来る自体が都合良すぎるというか……」


 困惑する葛に、真弓は思っていた疑問を吐き出す。


「……もしかしてあの神獣さんは……普通の神獣さんじゃないのかも」


 真弓の疑問に、三人は瞬きをする。神獣が去る前に人間らしい反応を見せていたことを思い出す。この反応から疑問を吐き出すにいたり、三人に打ち明けた。

 彼女の疑問に葛が不思議そうに聞く。



「なんでそう思うんだ?」

「だって、神獣は人をあまり助けないでしょう?

なら……あれは普通の神獣じゃないような気がするの。お兄ちゃん」

「……まさか、こっち側の世界で伝わる口伝の『地獄の使者』か?」


 兄に妹は頷く。退魔師系職業の間では口伝えの伝承でしか伝わっていない存在だ。真弓が更に疑問を述べようとした時、誰かの腹の虫が聞こえた。ぐぅと盛大に響いており、三人は間抜けた顔になる。

 啄木は顔を赤くして咳払いをする。


「……悪い。俺の腹の虫だ。……長時間……おとり役を務めてたせいで、だいぶお腹空いているみたいだ……」


 まさかの啄木の腹の虫とは思わないだろう。


「啄木さんの腹の虫……っ」

「啄木さんの腹の虫……っぷ」

「啄木さんの腹の虫……ふふっ……ふふっ」


 重光、葛、真弓の順番で言う。彼らは意外な現象に目を丸くしつつ、啄木に明るく破顔してみせた。



 意外なタイミングで腹の虫を鳴らしたことに、啄木はたゆんでいると自覚した。しかし、三人が啄木にとって気を許せる相手になりつつある証明でもある。

 地獄の使者関連で話題を反らせたのはいいが、啄木は恥ずかしさを抱く。

 笑うとは思ってもなかったが、真弓──だけでなくこの三人ならば怒りは抱かない。


「おいこら、笑うなって!」


 啄木は三人の笑顔につられて、優しく怒ってみせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る