11 仕事お疲れの夕食
人避けの結界を張って、凶宅から去る。
近場の喫茶のチェーン店にて、ボリュームが多いが男性には満足する量はある。
チェーン喫茶店で四人は夕食を食べる。啄木は
葛はチキンサンド。重光はカツサンド。真弓はサンドイッチ。啄木は重光と同じものをいただく。それぞれデザートもつけて、彼らは四人席で夕食をともにしていた。
アイスコーヒーを啄木はストローで飲んでいると、真弓から声がかかる。
「あの、啄木さん。聞きそびれたんだけど……身体は大丈夫?」
「ん、疲れのことか? 大丈夫。ああいう仕事だから慣れているし、休めば元に戻る」
嘘はいっていない。疲れた理由が遠隔操作し無理矢理札の力を引き出したからだ。現在大した疲れはないが、エネルギー消費は激しいためご飯は必要だ。啄木はカツサンドを食べ、三人に話す。
「で、今後の方針だけど、異界化を解いたのはいいがまず人の手での倒壊は時間がかかる。費用、準備、それにあの家の影響。現実問題も重なる。隠蔽工作も馬鹿にならないんだ。今回の件については明日報告して、苦言は言っておこうな。
そこから、話し合いだ。あと、今後のためにも厄介な案件を押し付けられないよう、詳細と事前調査をしておこう」
重光と葛は頷いた。思いの外酷い状態であったことには苦言を
また倒壊や浄化、財産分与や事件の隠蔽工作についても詳しく検討しあわなければならない。
大人の二人が難しい顔をしており、啄木は目を伏せる。
啄木という見知らぬ実力者の話を聞いて押し付けた可能性もある。責任を感じるが考えた瞬間に引っかかりを覚え、啄木は質問をした。
「重光。今回の件、丁幽さんから依頼が来たと言うけど、丁幽さんはお前たちから直々に指名したのか? それとも誰からの紹介を受けてからか?」
丁幽がどんな形で依頼をしたのかで、引っかかりが別の形に変化する。重光は啄木の質問に答える。
「協会からです。……でも、俺達が任意で受けたというよりかは、会長の指名。……俺の父親から指名が来たんです」
後半から重光は複雑そうに話す。父親の指名。重光の父の土御門春彰と聞き、啄木は申し訳なく謝る。
「そうか……聞いて悪かった」
「いえ、気になさらず」
それ以降、重光と啄木は何も言わない。父親から内容を聞けたはずだから、重光は内容を聞かずに受けたようだ。
だが、引っかかりは疑心という形に変化した。
重光は父親にコンプレックスを抱いている。彼の父親の名は陰陽師の世界では有名である。偉大な父親だからこその、息子に向けられるプレッシャーは辛い。重光は父親に比べて平凡であり、周囲や父親からあまり期待を受けてないと自ら述べていた。
故に故郷を離れ、葛と共に仕事をしている。重光の母親は赤子の頃に亡くなった。赤子の頃から世話をかけてくる叔父には本音を言えると言う。
土御門春彰。土御門冬弥。二人の名を思い浮かべ、啄木は白椿の少女を見つめる。真弓は『変生の法』を受けて生まれた。
そこでまた新たな疑問が生まれる。
陰陽師が『変生の法』を昔から使用して霊力の強い赤子を誕生させている。ならば、何故父親は重光に『変生の法』を使用してないのか。
重光と葛が『変生の法』を受けてないのは、霊力の強さで見てわかる。また素質も段違いであり、真弓を連れて行くのは素質を頼りにしているからだ。家庭内環境と言葉がよぎるが、まだ啄木の確信には至らない。いくら『悪路王』の正体が分かっても、相手側の行動原理がまだわかっていないのだ。
啄木はカツサンドを食べ終え、デザートを口にしていく。三人の実力に見合わない案件を回されたことに関しては、啄木は反省をする。
紙で口を拭いて、アイスコーヒーを飲み終えるとメガネをかけ直した。
「……ご馳走さま。
「いえ、こちらこそ、手伝ってくれてありがとうございます」
葛が感謝をすると、啄木はほそくむ。
「気にするな。あと、何が起きても報酬はもらっておけよ」
「? はぁ……」
不思議そうに頷く彼に啄木は微笑んで、立ち上がった。
「じゃあ、俺近場をブラブラしてから帰るわ。またな」
手を振って啄木は歩き出し、葛は慌てて立ち上がる。
「えっ、ちょ!? 啄木さん。これでいいのですかっ!?」
「報酬の金額からするに、この対価が安上がり過ぎませんか!?」
重光は慌てて声をかけた。ちなみに報酬はゼロの桁が7個ほど。一般で流通しているチェーンの喫茶で十分らしく、真弓は何も言えない。啄木はバイバイと手を降るだけ店を出た。
彼が去るのを見て、二人は何も言えず座る。真弓は呆然として話す。
「
最初は真弓が助けられ、真弓の勉強を見てくれた。『海原百鬼夜行』のときに三保海岸の時に支援品が渡される。また今回は
上記を上げていない箇所でもだいぶ助けられており、いくつかの借りがある。三人は見合う形で返せていない気がした。
妹の疑問に葛は頷き、腑に落ちないという顔をする。
「……まあな。けど、あの人が十分っていうならいいけどさ……だいぶもやもやはするよな。重光」
「ああ、何だかんだで世話になっているし、何かの形で返したいな……」
重光は模索をし始め、葛もアイスティーを飲みながら黙考する。
三人は基本的に啄木に恩を返したいのだ。真弓は二人の考えている姿を見つめ、オレンジジュースを飲んでいく。
啄木が何が好きなのか、真弓は考えて気づく。啄木の人柄と過去は少し知り得ていても、彼の好きなものは知らない。いや、何もかも知らないのだと。
「……啄木さんの好きなものはなんだろう……」
ふっとつぶやき、真弓は二人とともに考える。
店から離れて、路地に入る。
「──転」
言霊一つ吐き出すと、啄木の周囲の景色が変わった。
先程来ていた凶宅の前に転移をしたようだ。転移の目印は消え、啄木は凶宅の前を見る。
報酬を断る理由。これ以上の恩を受け取らない理由。啄木は組織の仕事をして収入もいいが、内容は良いことをしていない。彼らの腑に落ちない顔を思い出しては、啄木は複雑そうに笑う。
「あの三人は眩しいな。……人がいいんだな。やっぱ俺のようなやつが近くにいちゃいけないな」
足音が聞こえ、啄木は顔を向ける。人影がコンクリートに伸びる。その人物は姿を表した。帽子を被っており、顔はわからない。髪が長く長身であるぐらいしか情報はない。帽子を抑えながら、啄木に笑う。
「やあ、今回はありがとう。啄木」
「いえ、先生。今回もありがとうございます」
「いや、むしろ助かるよ。そろそろ食べたいと思っていたからね」
先生と呼ばれた男性は、凶宅の前にして舌なめずりをする。
「……ふむ、今回は『ひとつなぎの屋敷』か。犠牲者もそれなりに出ている。この家もよろしくない。……美味しそうだ。ああ、犠牲者の件は食べたあとに本部に帰って仕分けるとする。ありがとうな。啄木」
「いえ、先生。よろしくおねがいします」
頭を下げる彼に、帽子の男性は優しく彼の肩に手をおく。彼に背を向けて、手を合わせた。死者に
「では、いただきます」
姿が風景の中に消えた瞬間、音を立てて凶宅の周囲の地面が盛り上がる。建物を飲み込めるほどの大きな獣の口が現れ、家を丸ごと飲み込む。バリバリとボリボリと
啄木は目の前の光景を見ながら、死者への
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます