9 花火の少女と彼と共に行く土肥の金山

 八一達が先に出たのを見送り、直文と依乃も旅館から出ていく。

 炎天下とも言える日差しは、直文が事前に日傘を貸してくれたお陰で依乃には当たらない。白いレースのついた日傘は折りたたみ式であり、バッグに仕舞える。

 高校生であるうちに、日傘を使うことに依乃はむずがゆかった。自身が好きな人が隣にいるということも相まって、依乃の顔は赤くなる。

 車道側を歩いてくれている直文は歩幅も自然と合わせてくれた。ゆっくり歩けば、ゆっくりと歩いてくれる。早く歩こうとすれば、合わせて歩いてくれるのだ。

 美人の顔は三日で飽きるというが直文に飽きる要素はない。依乃は自身のしている現象に自覚しているが、直文が気持ちの整理がつくまで告白を待っているのだ。

 橋の上を歩き、白線が引かれた歩道を歩いている。観光都市のように整備されてはいない地元の道とも言える。しかし、その道と周囲の風景がその地元ならではの風情を作り出していた。

 道が狭い為、依乃が先行して歩く。

 町並みを見ながら市営の駐車場の前を通り過ぎ、依乃は気付く。自身だけが日を浴びており、直文に向く。額に汗がついているが、彼の表情は淡々としている。日差しは浴びすぎるのも良くないと依乃は聞いており、背伸びをして彼に日陰を作った。

 直文はびっくりすると、依乃は謝る。


「直文さん。私ばかりごめんなさい。私は大丈夫ですから、そろそろ直文さんが日傘の中に入ってください」


 彼女の心配を察し、直文は微笑む。


「大丈夫。日焼け止めも塗ったし、できるだけ日陰側を歩いているだろう? だから、この日傘は君の」

「それでも、心配です!」


 言葉をさえぎり、背を伸ばして顔を近づける。いくら半妖といえど、依乃は直文を心配している。彼は間抜けた顔をしている。直文にとって些細なことでも心配されるとは思わなかったようだ。 

 驚く表情を見て、依乃は顔を赤くして慌てる。

 背伸びをやめ、謝ろうとすると頭を軽く撫でられた。彼女が顔をあげると、喜んでいる直文がいた。


「心配してくれてありがとう、依乃。俺はとても嬉しいよ。でも、俺は大丈夫。生半可に鍛えてないし、このぐらいへっちゃらだ」

「……わかりました。でも、目的地についたら少し涼みましょう。直文さん」

「ふふっ、ありがとう」


 日傘は依乃の元に託され、二人は目的地の観光名所まで歩いていく。然程、遠いわけではないのが救いだ。

 歩いていくと、目的地の駐車場とお土産売り場が見えた。

 土肥の金山跡。資料館と観光坑道がある。砂金が取れるコーナーもある。

 依乃は日傘を指すのをやめ、折り畳んでしまう。車を避けながら売り場に向かい、二人は入場料を支払い、入場をした。

 日差しが熱い中、涼し気な観光坑道へと向かう。

 土肥金山という看板がある坑道の入口に入る。湿気と坑道独特の匂いを感じた。

 観光坑道の中は、土肥の金山による歴史と金の採掘を再現した人形と道具がある。

 看板などに説明があり興味深そうに見ていると、まだ金山として機能している頃をを知る直文が当時を教えてくれた。

 進んでいくと金運上昇の神社など、金運を祈願するものがいくつかある。目の前にある金運アップを願う神社に、直文は苦笑を浮かべた。


「……なんというか……坑道の中にこんなの建ってたんだ……」

「直文さんは……こういうの嫌いですか?」


 直文は首を横に振る。


「いや、どの時代を同じ事を考えるなって思っただけ。せっかくなら、祈願してみるかい?」

「……いえ、これ以上の金運上昇はやめときます。祈願はしなくても、十分すぎるほど満たされていますよ……」


 依乃は悟った顔をして首を横に振る。直文は不思議そうに小首をかしげる。

 任務などで入ったお金が中々の金額であった為、彼女は首を横に振る。直文は「それもそうか」と笑うが、近くに吉兆の存在。いや、運気上昇の存在とも言える直文の加護や直文の本人がいる。

 彼と親交を深めてから、依乃自身に良いことが起きまくっている。

 例えば、宝くじが当選したり、懸賞の一等賞が当たった。ゲーム機のくじで本当にゲーム機が当たる。依乃は怖くなって運要素があるものはやめた。

 相方の茂吉に加護に関して相談したことがあるが、心底呆れながら諦めろと言わる。

 何事もなく生活できていることはいいが、良すぎることが起きるのも考えものだ。ちなみに、依乃に降り注ぐ開運招福について直文本人に自覚ない。

 彼女は理解している。前を取り戻せて、難なく過ごせているのは直文のおかげなのだと。打算はなく、素直に心から感謝をしたい。

 依乃は感謝を込めて直文に大きな牡丹花火を思わせる笑顔を見せた。


「もう十分すぎるほど、満たされているのです。私は直文さんのおかげで、普通に生活ができて嬉しい。直文さん。本当にありがとうございます」


 感謝を受けて、直文は数分黙り頬を赤くして口を押さえた。むずがゆそうに視線を逸し、口から手を離して彼女に向ける。


「俺の方こそ、ありがとう。君の気遣い、すごく嬉しかったよ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。しかし、周囲の生暖かい目線を感じ依乃は気付いて恥ずかしくなる。ここは観光坑道であり、カップルがいるような恋人岬ではない。


「な、直文さん。私達、まだ見てないのありますから! あっ、金塊見ましょう!

金塊! すっごくきんぴかりんみたいですから! 行きましょう!」


 目をぐるぐるさせて、直文の手を握って依乃は歩き出す。引っ張られて直文は不思議そうについていった。

 しかし、思ったよりも直文の手は大きく逞しくゴツゴツとしていた。握り返されて、彼女の頬がまた赤くなったのである。




 直文は表面上はいつものようであるが、内心では有頂天。スキップしてもいいぐらいのうきうき。

 急に大好きな彼女から手を握られて直文は驚いたものの、嬉しそうな感じは見ているだけでもわかる。

 観光坑道を抜けて、二人は資料館へと向かう。

 観光坑道が土肥金山の歴史を示すならば、資料館は土肥金山で使われた金の歴史である。

 空調の効いた部屋に居続けると、汗が引いてくる。直文は依乃の顔と肌に汗が流れてないことをホッとして、展示を見る。歴史と写真を見ながら、展示されている貴重の書物や小判を鑑賞した。

 片手で金塊を見て触り持って見る。依乃は何とか持てたぐらいで、直文は軽々と持ってみせた。人の手では持ちきれないほどの金の延棒に触れることもできる。

 大きな金の延棒を見て、直文は笑った。


「これ、茂吉なら片手で軽々と持てるな」

「本当ですか。すごいですね……。寺尾さんってすごく力持ちですから、どのぐらい持てるのか気になります」


 直文は答えようとする前に、口を閉じる。

 背後から一つの目線を感じたからだ。直文は自身にも向けられているが、目線の注目は依乃に向いている。

 茂吉側に何人つけていったのか。復権派は人数が少なくなっている故に、活動できる数が制限される。

 直文が人を減らすように差し向けたのだ。彼を傷付けた人物達に凶が降りかかるように呪いをかけている。直文が呪いが効かない理由とは、麒麟きりんそのものが呪いでもあり祝福とも言える存在だからだ。表裏一体とも言える故に、彼には呪いの一切が効かない。

 復権派の数は日に日に減少している。呪いだけでなく、派閥から引くものもいる。直文は周囲を見回すが、展示を見ている人々がいるだけで怪しさはない。

 身隠しの面を利用しておらず、一般客として入場しているようだ。依乃の手を握り、彼女に声をかける。


「依乃。ごめん、外に出よう」

「えっ、直文さん?」


 驚く彼女の手を引っ張っていく。直文は彼女がこけない速歩きで依乃と共に施設の外に出ていく。その後から一人の男の人が出てくる。依乃は背後を見て気付いて、彼に声を上げた。


「直文さん。まさか……!」

「ああ。考えている通りだ。面を持っているかな」


 聞くと依乃は真剣な顔で頷き、バッグの出しやすいポケットから身隠しの面を出す。建物の中に入り、人混みに紛れる。

 追ってきた復権派の男が店内に入って周囲を見回している。直文は角を曲がった見えない箇所で木造の仮面を出した。

 依乃が面をして、直文も被った。

 店の中の人々は仮面を被った二人に目もくれない。存在を隠すものであり、人の目やカメラにも映らない。話し声も聞こえない。しかし、霊力の強い人間に見える場合もあり、直文は更に術をかける。


「隠形。さて、君の両手を俺の首に。君を抱き抱えて、屋根の上に行く」


 彼女は直文の首に両手を回す。彼は依乃を抱き抱えて、店内を走っていく。自動ドアに関しては、客が開くのを待つしかないがタイミング良く開く。

 直文は外に出て軽々と高く飛んで、店の屋根の上に着地した。直文は2つの人形の形代を出し、言霊を吐く。


顕現けんげん。陰陽師を西伊豆まで引き付けておけ」


 店の自動ドアの前に放たれ、依乃と直文のそっくりの式神が現れる。二体は車を避けて、道路を伝って歩道を走っていった。

 外から二人をつけていた陰陽師が出てくる。逃げられたと思ったらしく、慌てて追っていた。

 離れていく陰陽師を見て気付かないと確認し、直文は店から離れた所に道路に降りる。

 依乃を下ろす。仮面を外し、直文はホッとした。


「しばらくは戻ってこないだろう。監視の式神が茂吉の方に集中していてよかった。こちらにも来てたらバレてたし、式神を壊さなきゃならない。相手が使用してなくてよかったよ」


 依乃は面を外して聞く。


「直文さん。陰陽師の式神は生き物に変化しているのですよね。どうやってわかるのですか?」

「ああ、生物の生態をある程度知ればわかるよ。もう一つは生き物ではありえない人の霊力が混じってたりする。この二つは、実践を踏んで知識を蓄えればわかってくる」


 依乃に答え、直文は彼女の目の前に自身の手を出す。少女は目を丸くし、その手を見ていた。驚く彼女に直文は恐る恐る聞く。


「あのさ……手を繋いで食事処まで案内したいんだけど……駄目、かな?」


 手を繋げば、彼女を連れ去られずに済む。というのもあるが、近くにいてほしい思いが彼の中では強い。それほど、彼の中では彼女に対する思いが強いのだ。

 依乃は再び顔を赤くし、顔を俯かせながらゆっくりと頷いて手を重ねる。直文は表情を輝かせて、口元を緩めた。




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