8 茂吉と澄のデート
旅館から先に直文と依乃──ではなく、旅館から出た瞬間に変化した茂吉と澄がでる。直文に変化した茂吉と依乃に変化した澄。茂吉は声を出し、直文に似せる。
「あー、テステス。……ふふっ、これで俺は久田直文だ」
「何、悪役みたいなこと言っているの」
澄は依乃の姿で呆れる。直文が浮かべぬ笑みを作り、茂吉は素の声を出す。
「いや、最近はお仕事ばかりでいたずらしてないんだよね」
「ほどほどにね」
呆れると、空に雀が飛ぶ。二人は雰囲気を切り替えて、澄は柔和に微笑む。
「──あの、ちゃんとできてますか?」
澄も依乃に声を似せて話すと、茂吉は口角を上げて微笑んだ。
「ああ、出来ている。大丈夫。俺がついてるから安心して」
直文の声で話す。変化した茂吉は雰囲気と仕草そのものも直文であった。澄を歩道側に歩かせ、茂吉も歩幅を合わせて歩く。
雀は電線の近くに止まり、二人の歩く姿を視界に入れていた。野鳥の目線を気にするのはおかしいと思うだろう。
二人は道を歩き、バス通りを通りながら直文達がいる道へと歩いていく。
寺巡りというのは建前だ。
人の視線を感じるが、一瞥や見続けても離すことが多い。しかし、人とは異なる視線が彼らを見逃さない。川沿いを歩いていき、周辺の天気のどかな風景を見ながら茂吉と澄は歩いていく。山を見て、茂吉は声を聞く。
「山だね。何処まで行くんだろう」
「何処まで行くのでしょうか……」
目線だけではなく、背後にまた別の気配を感じる。身隠しの面を用いて、ついてきたのだろう。普通の人ならともかく半妖である二人にはバレバレである。依乃は周囲を見つめていると、建物の影から面を被った人物がいた。
彼らの目的は
「なら、確かめて見るのはどうだい?」
「……それはいい考えですね」
澄も同意の微笑みを浮かべる。
即ち、山の中へ誘導させて引き剥がす。道路沿いを歩いていき、彼は左折した。
背後の人物も気付いて、離れてついてくる。
近くの神社の前を通り、茂吉が振り返る。身隠しの面をした男と目があい、茂吉はわざとらしく微笑む。二人は道路の坂を上がって、共に駆け出していった。
「っ! しまった!」
陰陽師の慌てる声が聞こえた。あとを追いかけて来る。茂吉は微笑んでみせ、山の道路を駆け上っていく。駆け上がっていくたびに、農家や地元の人間が車でしか通らなさそうな道路だ。
時折通る車を横切りつつ、陰陽師は車に当たらぬよう隅に寄っている。
依乃に変化した澄が先行して走っていく。山の中にある曲がりくねった道路を彼らは踏み出して走る。肉体強化する術はあるとしても、長時間の使用は無理だ。肉体に負担がかかり、後々に影響が出る。
肉体強化の術を使用していないと二人は気付いている。二人を追いかけるのに必死で、式神や術を使用する間がないようだ。
山を登る道路であるためか、鍛えてない人物が追いかけていくのは骨がいる。
茂吉は彼女の背に目を向けると、後ろに澄が向く。アイコンタクトを受け取り、澄は頷く。山の上にある道路の分岐点につく。後ろを見ると、だいぶ距離を放したらしい。茂吉は言霊を吐き出す。
「
「チュン!?」
強い風が一瞬だけ吹くと鳴き声が聞こえた。木からハラハラと真っ二つに割れた鳥の形をした紙が何枚か落ちていく。二人はすぐさまバッグから身隠しの面をかぶる。茂吉は澄を抱えて、走り出した。
二人は変化を解いて、茂吉はガードレールを踏み台に木々に向かって飛ぶ。
途中で道路に降り立ち、道中で追いかけてきた陰陽師と遭遇する。相手はびくっと震える。茂吉はすぐに勢いよく地面を蹴り、陰陽師の目の前から去っていった。
木々の枝を軽く蹴って、一定の距離まで来る。
コンクリートの坂を勢いよく走っていき、茂吉は下半身に力を込めて空に向かって飛んでいった。
風圧を受けながら、二人は宙にいる。
山の木々を抜けて、
蝉と鳥の鳴き声を聞きながら、二人は人が歩道を通り車が走っていく光景を見る。
その地元の当たり前の日常。その日常に魔を差す事を茂吉はいう。
「ごめん☆ 澄。ここでの着地点が定まらないや☆」
「えっ!?」
澄は驚きの声を上げた。
着地点が家の上であれば、確実に衝撃が家に伝わり屋根を壊す。田畑であれば不自然に荒らすことになり、道路であれば車に轢かれる可能性がある。
「なぁんてね。転」
茂吉の陽気な声とともに言霊が吐かれる。周囲の風景が歪み、茂吉は砂埃を舞い上げて地面に着地した。
波の音が聞こえ、潮の香りが二人の鼻孔を通っていく。周囲の風景は砂浜と海と防波堤。背後の道路は車が走る音が通り過ぎ、住宅と店が並ぶ。人が少ない場所に降り立ったのが救いだ。
彼らは海岸の砂浜にいた。澄を降ろし、茂吉は自身のしている仮面を外す。いずらっ子のように笑みが現れ、澄も仮面を外し怒った表情を見せた。
「……茂吉くん。やな冗談はやめてほしい」
「あっはっはっ、ごめんごめん。ここ最近俺をからかうから少しはいい薬になるかなと思ったのさ。やりすぎたようだね」
仮面をバッグにしまいながら、明るく笑う茂吉は澄の頭を撫でた。謝られて頭を撫でられ、澄は照れくさそうにしている。
「私は君に抱えてもらわなくても大丈夫なんだけど。った!」
撫でるのをやめ、茂吉は彼女に額に軽くデコピンをする。額をおさえる澄に、彼は真剣な顔で叱る。
「お馬鹿。まだ今の君の体と力が結びついてない。八一のように生まれたときから記憶持ちで備えて体作りをしてきたわけじゃない。演劇部で体を鍛える時があったとしてもまだ足りない。術の使用はいいけど、前のように動くにはまだ鍛えが足りない」
組織の半妖は力を奮えるようになるには、肉体を鍛えなくてはならない。経験や力を受け継いでいたとしても、肉体の土台が整っていなければ意味がないのだ。人から生まれた組織の者は、大抵体を作ることから始める。
澄は記憶が戻ったばかりであるゆえ、戻った瞬間からトレーニングを取り入れている。しかし、澄が茂吉達と同じように力を奮えるには時間がかかる模様だ。
「……なら、仕方ないか」
「そう、仕方ない。今は身体を鍛えておきなよ。その間は俺が守ってあげる」
「でも、自分の身は自分で守れるようにならないと……」
「今は俺に守られておきなよ」
落ち込む彼女に、茂吉は背を向ける。澄に首を後ろに向けて童顔とは思えぬ、男らしい微笑みを作っていた。
「それにさ。俺が君を死なせない。死なせたくないの、よく知ってるだろう。俺の澄」
独占欲を見せ付けられ、澄は頬を赤く染めた。茂吉は伊達に恋人を名乗っているわけではない。互いにわかっているからいっているのである。彼女の雰囲気が甘いものになると、彼はいつものように陽気に笑って公園の先を指差す。
「ってなわけで、橋の近くにある料理屋が美味しいからさ。案内してあげる。行こう」
明るい笑顔に澄はきょとんとした後、すぐに笑ってみせた。
「ふふっ、そうだね。行こうか、私の茂吉くん」
同じように言い返して見ると、茂吉は顔を見ずに澄の手を取って握る。
「……さぁ、行こう! 俺、お腹ペコペコだからさ!」
「わっ」
いきなり引っ張られ、澄は驚く。彼女は茂吉の耳を見て、笑ってしまった。とても赤く染まっている。茂吉は赤い顔を澄に見せるわけにはいかなかった。
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