10 二人で行く恋人岬
真弓は啄木と共に部屋を出る。従業員に見送られながら旅館を出る。八月であるがゆえに、日差しは強い。
外にいるだけで、じんわりと汗が流れる。風が吹いているだけでも救いだが、温泉独特の匂いが混じっている。日陰で啄木はパンフレットを手に困りながら青い空を見る。
「とはいえ、暑い中ぶらぶらする気にはならないよなぁ。できるだけ、海辺か……風の良い場所が」
「私は恋人岬に行ってみたいな。恋人岬がどんな場所が気になるから……啄木さん。いいかな?」
恋人岬は鐘があり、岬から見える風景も絶景である。パンフレットを閉じ、啄木は了解した。
「よし、わかった。まず恋人岬に向かうバス停まで歩くけどいいか?」
真弓は頷き、啄木と共に日陰から出た。恋人岬に行くまではバスや車での移動手段しかない。
暑さを凌ぐためできるだけ、日陰の道をゆく。
バス停につくと、十数人も人がいた。親子連れもいるが男女のカップルが多い。時間を確認していると、恋人岬を通るバスがやってきた。
発券機から券を取り、二人はバスに乗車した。
乗るまでの間、三十分ほどかかるらしい。観光客もそれなりに多く、二人は取手を掴みながら立って過ぎゆくバスに揺れる。
座席に座るカップルや立っているカップルは雑談をしている。
中には恥ずかしい話もあり、見ていてむず痒くなって真弓は外の景色に目を向ける。港町といえるが、山にも近い。やはり通り過ぎていく町中には旅館や宿。ホテルが多い。伊豆半島は火山群であり、温泉を謳う宿やホテルが多い。真弓は見るだけでも興味をそそった。
ホテルや住宅地を抜ける。客がいるバス停に停まったり、客が降りる姿を目撃しているうちに車内の席が少しずつ空いていく。
真弓が窓側に座り、啄木は席側に座る。町中を通り過ぎ、高台の道路を通る。奥には建物が見えた。学校のようにも見え、真弓が目を向けていると。
「かつてあそこは障害者の為の支援学校だった。利用者が少なくて廃校になったけど……行く気はないからな? 不法侵入は犯罪。今の目的はわかってるか?」
啄木の注意を受け、真弓は心を読まれて焦る。
「わ、わかってるよ。啄木さん」
廃墟を通り過ぎ、バスは道路を伝っていく。
視界がひらけて海が見える。海面が太陽の光できらめき、波が揺れる。海の景色の奥を見ると、陸地らしきものが見えた。三保半島だろうかと考えていると、啄木から声がかかる。
「明日海水浴する予定だけど、水着と日焼け止めクリームとかちゃんと持ってきたか?」
「うん、ちゃんと持ってきたよ」
明日は海水浴をするとフェリーの中で聞いていた。
「そうか。じゃあ、恋人岬に行ったらどこに行く?」
「うーん……やっぱり土肥で温泉めぐりとか……?」
「手湯とか足湯とかあるし、涼しい時間帯に行ってみるか?」
「賛成! 足湯か……ゆっくりできそう……。けど……あーあ、お兄ちゃん達にも一緒に連れてきたかったなぁ。なのに、仕事かぁ」
「じゃあさ、真弓。お休みも兼ねて、あの二人だけで土肥の温泉宿に行ってもらうとかどうだ? 俺も元々あの二人を誘うつもりでいたし、仕事お疲れ様ーってサプライズするのも面白いと思うぞ」
「ナイス! やろう、啄木さん!」
「あんまりはしゃぐなよー。無計画なんて駄目だからな」
「はーい!」
提案に真弓はいたずらっ子のように笑い、啄木は笑顔を見て仕方なさそうに微笑んだ。トンネルを抜けて町を通りすぎ、海沿いと山の中の道路を走る。
走っているうちに恋人岬と言う名のバス停が見えた。降りていく人物がほぼカップルであり、真弓と啄木は最後に降りる。
降りてから真弓は気づく。
「……あれ、私達。恋人に見られてるってことは……?」
「それは人次第だろう。勘違いする人もいれば、そうじゃないって思う人もいる。大抵の人間は妬むか無関心だと思うぜ。自分なりに行こうぜ」
「それもそうかも」
「そうそう」
彼女は納得し、啄木と共に歩いていく。
レストランの前を歩いて、恋人岬に向かう道を辿る。景色を見に来た観光客もいるが、カップルや夫婦が多く真弓は照れた。
舗装された山の中を歩いていく。真弓が先行して歩き、啄木が後ろからついてくる。日差しがあたるが、海に近いのか風が強い。道中で同じ観光客にすれ違いながら歩いていく。
狭いときは譲り合い、恋人岬まで向かう。歩いていく最中、道がある。並んでおり、よく見ると奥には鐘がある。真弓は早速聞く。
「啄木さんあれが恋人岬で有名な鐘なのかな?」
「まあな。けど、よくテレビに映るのは奥にあるな」
説明を受け真弓は納得していると、真弓の頭に影が覆う。
「真弓。唐突で悪い」
がさっと何かが被せられ、彼女は驚く。
「ふぇ!? えっ、あれ……帽子?」
手にとってみると、女物のキャップハットである。啄木はバッグから自前のキャップハットを取り出して被る。
「道中日陰があったけど、ここから先日陰となる木はあまりない。日差し強いし、熱中症になると大変だ。その帽子誰の物でもないからやる。はい、水分補給」
バッグから取り出されたのは、スポーツドリンクであった。真弓は自身が汗を流していると気付く。彼女は自分の体調を気にしていなかった。啄木に申し訳なく謝る。
「……すみません。ありがとう。啄木さん」
受け取る真弓に啄木もスポーツドリンクをだし話す。
「まあ、俺も若い頃は自分の体調を気にかけなかったこともある。少し休憩したら、行こう」
ペットボトルの蓋を開けて。彼はスポーツドリンクを飲んでいく。バッグからタオルを出し、汗を拭っていた。予め準備をしていたようだ。真弓もバッグからタオルを出して、汗を額をぬぐう。
頭が冴えて歩きだしていくと、道の様子が変わった。
道の奥からカップルや夫婦、それ以外の観光客がやってきている。真弓が知る風景は奥にあるようだ。階段の登り降りを繰り返していく中、絶景の姿が現れていく。
真弓は気になって、歩きを早くする。
風も少し強くなり、帽子をかぶり直す。真弓が顔をあげると、鐘がある広い場所についた。
微かな潮の香りを含んだ風が真弓にあたる。風は観光客の流した汗のあとに当たって、涼しさを与えていく。
眼前にある青い海の水平線は少女を釘付けにした。
恋人岬。夫婦やカップルが鐘をついて、幸せと仲の良好さを求める場所。
数歩歩いて、岬の中央に周囲の風景を見る。左には陸地には青々とした山があり、海風によって木々が揺れる。右を見ると、雪のない富士山が景色の奥に見え、海と霞んで見える陸地。伊豆半島の一部が見え、同じ大地にいるのだと真弓を実感させた。
海に鐘の音が響き渡る。
鐘の方に真弓は顔を向けると、仲の良いカップルが鐘をついていた。楽しそうに微笑みあい、鐘をつき終えている。
「……っ絶景だな」
真弓が振り返ると、啄木も感心したように見ていた。
「啄木さん。大丈夫? 前に海の近くは苦手と聞いたけど……」
彼に近づき聞くと、啄木は苦笑した。
「ああ、大丈夫。明るくて、陸地にいるなら大丈夫さ。暗い海が苦手なだけ。暗い海の上とか……特に船だけは嫌なだけだから。暗い海で船をゆく……のはさすがにアウト。無理だ。乗りたくない」
「啄木さんにも嫌いなものあったんだね」
嫌そうな顔をする彼に真弓は意外そうに話す。啄木は頷き、申し訳無さそうに見る。
「ああ。駄目なものは駄目なんだ。……フェリーの時は情けない姿を見せたし迷惑をかけた。……ごめんな」
「気にしないで。でも、啄木さんのことが一つ知れたから嬉しいよ?」
「嬉しい?」
不思議そうに啄木は聞き返す。
真弓は知りうる限りの啄木の人物像を出す。啄木は医者の鏡であり、家族を大切に思っている。仲良くしてくれる上に、真弓たちを気にかけてくれている。ご飯の好き嫌いはしない。戦いも強く、想い人がいた。また苦手な乗り物はあると知れた。
真弓は手を背中の後ろに持ってきて、彼を見上げる。
「啄木さんともっと仲良くなりたい。私は啄木さんのことを知らない。これから知っていきたい。お兄ちゃんと重光さんも同じこと言ってたんだから」
虚を突かれたらしく啄木は黙る。重光と葛も打算なしに啄木と仲良くなりたいと真弓は知る。笑っている彼女を見続け、啄木は沈黙を打ち破って破顔する。
「……そっか。重光と葛も仲良くしたいんだ」
啄木は帽子をかぶり直し、口を開く。
「実は俺。海は苦手だけど、食べる方での魚は好きなんだ。干物とか、刺し身、煮物……要は魚料理が好きなんだ。お昼は街でいい魚料理のお店を見かけたからさ。どうだ?」
お昼のお誘いに、真弓は表情を喜びで満たす。
「……うん!」
嬉しそうな笑顔を見て、啄木は優しげに見つめていた。
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