11 一方の恋人岬にいる狐たち
恋人岬の近くにあるレストランにて、ある二人は昼食を取る予定だ。海辺の席で八一と奈央は座っていた。先に頼んだアイスコーヒーを飲み、八一は微笑む。
「スッキリとした苦味、ほのかに感じる酸味……なかなかいいじゃないか」
「そもそも、あの恋人岬に行くなんて思ってもなかったんだけど……!」
真っ赤な顔で怒る奈央には、八一は愉しげに微笑む。
富士見遊歩道に行くと八一は行った。実際は恋人岬までの行く道であり、嘘はいっていない。騙しておらず、奈央が無知であっただけだ。
八一はコーヒーを飲み、意地悪く聞く。
「でも、綺麗だったろう? 風景」
「確かに綺麗だったけど、まさか鐘を鳴らすまで行くとは思わなかった……! 老夫婦に婚約者って八一さん言うし……!
しかも、カップルばかり……多かったよぉ……」
真っ赤になる彼女だが、八一とは付き合ってない。彼に外堀を埋められている最中である。あとは、奈央の心身という本丸の堀を埋めるだけだ。眉を八の字にして、八一は切なげに笑う。
「恋人岬だからな。……それとも……私と一緒に行くのは嫌だったか?」
悲しげな表情に奈央は慌てていた。
「っそんなことない! 嫌じゃないし、いい思い出になったよっ。八一さん」
「そっか! とっても嬉しいな」
すぐに八一は嬉しそうに笑い、演技だと気付いて奈央は頬をふくらませる。八一は優しく微笑みながら「悪い悪い」と謝り、頬を突いて空気を抜く。
「そう不満げな顔するな。いじめたくなる」
「……もういじめてる」
「あはは、ごめんごめん」
笑って優しく頬をつつく。悪意ではなく愛を込めた意地悪であるとわかっているからか、奈央は顔を赤くして拗ねてみせた。
ちなみに周囲の客は二人を見て、事案かもしくは恋人なのではないかと見ていた。
奈央は窓から見える駿河湾の風景を見て、申し訳無さそうに話す。
「でも、お母さんとお父さんよりいい思いしていいのかな……」
「真美さんと荘司さんからOKは出ているだろ。やっぱり、気になる?」
「うん。お父さんとお母さんも仕事頑張ってるのに」
奈央は一人だけいい思いをしていることを気にしているようだ。近くの席で話を聞きていた人物は、親公認であることに目を丸くしたのは言うまでもない。
「その代わりに、次の休みは一緒に京都に行けばいいだろう。私の両親は奈央に会いたがってたし」
話を聞いて、奈央が驚く。
「えっ……八一さんの両親が……?」
「ああ、何度か君のこと話してる。それに、真美さんと荘司さんにも会いたがってたしな。会いに行っても遊びに来ても失礼にはならないよ」
「そう……? なら、よかった」
穏やかに話されて安心する彼女。
一部の人は「結婚報告か?」と内心でツッコミを入れていた。
何人かが、二人のいる席を気にする。端から見れば、親公認の恋人で片方の親に会いに行く。仲の良い婚約者同士の会話に思われても仕方ない。
奈央は恋人や婚約者と思ってはいないが、八一の外堀通り効果は絶大だ。八一の思惑通りに進んでおり、奈央が窓の風景を眺めている間に計画通りと歪んだ微笑みを浮かべている。
奈央が気づいて向くと、彼は普通の微笑みを作る。
その笑みに気付いている人々は、奈央が大丈夫なのかと思い始めていた。その心配されている本人は水を飲んで、コップを置いたあと目を丸くした。
「……ん?」
彼女は気づいたように、段々と大きく見開いていき顔を赤くした。立ち上がってテーブルを強く叩く。
「……って、八一さん! 挨拶って……公認そのものじゃん!」
「あっ、気づいたか。そのまま、流されてもよかったのなぁ。ちぇ」
「拗ねたように言わないで……! そう考えたら朝のやり取り、すごく恥ずかしいよぉ!」
両手で顔を隠す彼女に、八一は面白そうに見つめていた。
周囲の人々はどういうことだと困惑している。二人の会話が気になり、一部の人はものすごく気になっていた。八一は笑いながら、彼女に聞く。
「じゃあ、奈央。今日は距離を取って行動するか?」
「──えっ……」
瞬間、奈央は両手で顔を隠すのをやめ、絶望した顔をする。八一は彼女の顔を見て驚いた。向日葵が俯く姿が思い浮かばれるほどの落ち込みよう。奈央は涙目になりながら何度も首を横に振る。
ただこねる子供のように何度も首を横に振った。まだ彼女の中で過去での八一の死の別れはトラウマとなっている。
すぐに理解し、八一は謝る。
「……ごめんな。まだ奈央の中では過去じゃないもんな」
八一はポケットからハンカチを出し、溜まった涙を拭ってあげる。
「大丈夫、私はもう死なないよ。死ぬつもりもないし、生きて奈央の隣にいるから」
「……うん」
涙ぐむ彼女と優しく拭ってあげる彼。八一はハンカチを奈央に渡し、泣き止むまで貸した。泣かせた張本人であるゆえに、泣き止むまで間頭を撫でてくれていた。
一連のやり取りを周囲の人々は見聞きし、「何だ。こいつら婚約者か」と察して人々は料理と雑談を楽しんでいく。
奈央が泣き止んだあと、空気を読んだかのように料理が運ばれてくる。
八一と奈央は刺し身定食を頼む。エビに白身魚。イカなど地元の海鮮ものふんだんにつかわれ、副菜や漬物などがある。味噌汁とご飯がついており、奈央は嬉しそうに見つめる。
「わぁ……美味しそう……! これ、八一さんのおごりでいいの!?」
「ふふっ、ああ、その代わり、夜は覚悟しとけよ」
八一の言葉に奈央と一部の人間は驚く。当然奈央は嫌そうな顔をした。
「うっ……夏休みの宿題……わかった」
「理数系のわからない問題は解いていこうな。で、ゆっくり休みを満喫しよう」
一部の人間は不健全な意味だと思っていたが、思ったよりも健全であった。一部の人間は邪な考えをしたことを反省している。
八一は外堀通り埋め成功に内心でほそくんでいた。
刺し身を堪能している最中、スマホのバイブの独特の音が聞こえる。
「おっ、悪い。私だな」
八一が橋を動かす手を止めて、バッグからスマホを出す。メッセージアプリの通知らしく、彼は操作してその内容を見る。彼は何気ない平然とした表情から、段々と楽しげな微笑みを浮かべ始める。
「……へぇ」
「……どうしたの?」
「茂吉の方で一人、直文の方で一人」
画面を見て八一は教える。奈央は食べようとしていた刺し身をご飯の上に落とす。奈央は慌てて、刺し身を箸で食べていく。彼女は意味をわかっている。二人が誘き出した陰陽師の数だ。八一は画面を操作し、数秒見つめスマホをバッグにしまう。
「どうやら、二人らしいな。数が少ないのが救いか」
「……やっぱり、はなびちゃんが目的なの?」
不安げに聞く彼女に八一は頷く。
「SPなしで登下校してるようなもんだし狙えると思ったと見た。相手側には詳細なんて伝わってないとしても、潰しとかないと」
「……器と言っても……そもそも何を入れるつもりなのかな。……はなびちゃんを狙った奴は倒されたと聞いたけど……」
聞いて、奈央は後半の呟きを小さくする。
依乃を器としようとした名無しの社はなくなった。復権派が彼女に何を入れようとするのか、奈央は想像つかない。八一は味噌汁を飲み、悩ましげに答える。
「相手側は強いものを求めているのはわかる。けど、もう一つ別の側の目的が見えない」
「それって、真弓ちゃんの?」
「そう、彼女自身を怪しんでいるわけじゃない。保護を命じた理由が気になるのさ。奈央」
「……理由?」
少女の疑問に彼はうなずく。
「ああ、茂吉の情報と本部からの情報を照らし合わせると、現状向こうの組織運営は苦しい。出費が嵩む出来事は避けたいはずだし、普通なら費用がかかる少女の保護なんて断る。なのに、保護をするようにいった。と、考えるとある疑問が出る」
奈央は話を聞いて一瞬黙って考え、彼の疑問を口にしてみた。
「協会の中で、誰かがはなびちゃんを利用しようとしている疑惑がある……?」
奈央の疑問に八一は微笑み、軽く拍手をした。
「Excellent! 大正解。奈央嬢さん。そう、それ。全部推測だといいきることは簡単だ。でも、この疑問は当てずっぽうというわけではない。決定的なのはあの
ミステリーだけではなく、サスペンスや推理小説の犯行を行うためのには大抵順序がある。動機なんぞ、殺したかったなど快楽や気持ちなども個人の動機にもなり得るのだ。しかし、今回の件についての動機となる情報がない。
「……確かに今までの件を振り返ると、黒幕の悪路王が目的がぼんやりだね」
奈央は難しそうに話し、八一は厄介そうに笑う。
「けど、奈央。黒幕が悪路王、そいつだけとも限らないし、そいつじゃないかもしれない。動機がぼんやりだから下手に手を出せないのさ」
黒幕が悪路王ではないと聞き奈央がびっくりすると、八一は箸を手にする。
「けど、その話は今じゃなくてもいい。今はこの時間を一緒に楽しもう」
穏やかに微笑む彼に、奈央は瞬きをして次第に笑顔になってうなずいた。
「うん、
奈央に取り憑いている神使の狐。奈央にとっては大切な恩人であり、友人の一人だ。かつての狐の名前を聞いて、八一は優しく微笑む。
普通の人では聞こえない、どこかで嬉しそうな狐の声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます