🎐4 序章

その時、古傷は開く

 外からはポツポツと雨の音がする。

 五月初旬。雨季に近づいていく最中の出来事。隠神刑部と紫陽花の少女の事件の前、狐と向日葵少女の事件が始まりそうな頃だ。

 白椿しろつばき。日本の花言葉は完全なる美しさ、申し分のない魅力、至上の愛らしさ。

 西洋や英語圏の花言葉では愛慕、崇拝、愛らしい。

 夏椿の花言葉は愛らしさ、愛らしい人、はかない美しさ、哀愁。

 とある男性が手にしているのは、白い椿または夏椿の髪飾りであった。長身の男性。意外と眼鏡が似合い、ガタイがいい。一見はアスリートに間違いそうだが、本職は医師である。灰色に近い黒髪は少し長いが、落ちないように結われている。


 整った顔立ちをしており、凛々しさがある。


 彼の自室には多くの本棚があり、大半が医学書である。

 雑誌は少年誌と海外の医療雑誌など。漫画は置かれているが数は少なく、ほとんどはレンタルをして読んでいる。エッチな本があるかと聞かれると、あるにはあるがパソコンで見る方だ。ちゃんとした有料サイトで課金したしなんでいる。

 デジタル化して、人間の罠に踏む徹などしない。


 デスクには海外の医療の論文などが置かれている。

 休みとはいえど、彼は最新の論文や医療に関する情報を熱心に取り入れている。ここまで言うと懸命でイケメンなお医者様だが、彼の本当の正体は長く生きている半妖だ。

 多くの医学書は、過去の傷と衝動から彼が学び始めたこと。

 佐久山啄木さくやまたくぼくは自分の為に医学を学んだ。人は好きではないが、生きていた方がまだ良いという考えで彼自身の医術の腕を磨いている。

 髪飾りをおいて、飲み物を飲もうとシェアハウスのリビングに行く。

 キッチンに入る。

 大型の冷蔵庫。よく食べる同居人の為に用意されたオーダーメイドの大きな冷蔵庫だ。扉を開けてみるが、作り置きの麦茶や牛乳などの飲み物類がない。食料品となるものもない。食材もなく、アイスもない。冷凍食品もない。

 完全にスッカラカン。中身が綺麗な冷蔵庫を見て、啄木は扉を閉じて息を吐く。


「……そういえば、茂吉の奴が業務用スーパーでかなり買ってくるからお昼やお菓子は困ってなかったけど、ココ最近バク食いしてるな。その分、任務をこなしてるけど……」


 倉庫にある食材も見る。が、漬物や米。小麦粉以外、菓子もなにもない。

 後で茂吉に注意をしておこうと啄木は頭をかく。

 自室に向かい、出掛け着に着替えた。財布と自前のバッグを手にし、自室の部屋に鍵をする。

 冷蔵庫と倉庫に中身がなく、買えるものを近場で買う。あとは、業務用スーパーで茂吉が買ってくるだろう。高島澄と出会ってから、茂吉は去年から爆食している。

 難儀な奴と啄木は呆れつつ、玄関へと向かう。啄木はくつを履いて玄関にある傘を手にして、外を出た。


 施錠せじょうしたあと、啄木は傘をさしてシェアハウスを離れていく。


 緩やかな坂を降りながら、啄木はスーパーへと足を向ける。遠いが地元ながらの良いスーパーがあり、そこを御用達している。近くにもスーパーはあるが、時々買い物に利用しているぐらいだ。


「……?」


 足を止め、彼は周囲を見る。

 町中に異様な気配が不規則に動いている。妖怪であるとわかるが、何かを探しているように思えた。道路の脇に小さな蜘蛛が壁に張り付いてカサカサと茂みの中に消えていく。

 蜘蛛を見たあと、彼は不思議そうに見て足を動かした。


 スーパーで野菜を買う。彼の通う地元のスーパーは焼き芋がうまいと評判であり、茂吉も焼き芋をよく買う。啄木も食べたこともあり、なかなか美味しかった。ついでに、焼き芋も買う。マイバッグを片手に精肉店により肉を買う。よく肉を買う為、顔見知りとなっており世間話をするほど。


 肉を買い目的を果たすと、啄木は傘で雨を防ぐ。

 狭い道路にある歩道を通りながら彼は鼻歌を歌う。多めに買った焼き芋を何にしようかと考えているのだ。


 諸々と考えている最中、彼は足を止める。車と人々が通る日常に相応しくない血の匂いがした。顔を向けた方に血の匂いがした。

 麻機不動山あさばたふどうさんという小さな山からであり、寺院がある場所。


 いつからしていたのか不明だが、啄木は怪我人であればほっとくとこができない。車の動きを見てから道路を突っ切り、啄木は階段を駆け上がっていく。中は広々としており、中央には舞台のような場所がある。啄木は血の匂いを辿り、顔を向ける。


「あそこか」


 彼は走り出して、鳥居のある小さな神社に向かう。

 境内を見ると、小さな神社の社の前に横に倒れている少女がいた。カッパを着て身隠しの面をしており、腰には刀を携えている。苦しげに震えていた。

 啄木は駆け寄り、傘と荷物を近くにおいて彼女を抱きかかえる。脇腹を手で抑えており、抑えている箇所から血がにじみ出ていた。

 彼女を知っている。前に『まがりかどさん』の件で見覚えがあった。また彼女から香る匂いは血だけではなく、毒と思える香りもついていた。

 町中に異様な気配が漂っているのを彼は思い出す。今は理由を聞く前に、応急処置を優先する。怪我の状態を見れど、彼は顔色をうかがいたかった。


「失礼する……!」


 少女の顔の布を外して、白沢の半妖は言葉を失い驚愕した。少女に白い椿や夏椿のような愛らしさはない。苦しげな表情で消えていたのだ。




↓背景を詳しく知りたい方向け

誰ヵ之半妖物語 ある彼の夏椿との記憶

https://kakuyomu.jp/works/16817139554922880385

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