3 現代

「なーおくーん」

「なんだ、もっくん」


 平成へいせいの夏。エアコンが聞いたシェアハウスのリビングにて。

 ソファーに寝転びながらスマホを操作する茂吉。別のソファーにて、ノートパソコンを開いて何かを打ち込んでいる眼鏡をかけた直文がいた。

 直文は偽名であるとはいえ、教職員である。学校のことについて、プリントの制作に入っていた。個人情報の云々うんぬんというが、法外的なことをしている裏組織には関係ない。ちなみに、彼らの個人情報の取り扱いは徹底的されており、漏洩の恐れはないと断言できる。

 直文は冷茶の入ったコップを手にし口にすると。


「あの子が俺の彼女と一緒に水着を見ているだってさ」


 茂吉は何気なく話題を出すが、綺麗に直文はお茶を吹き出す。びっくりして茂吉は身を起こした。


「きたなっ! 直文、汚いって!?」

「す、すまない! すぐに拭くものを……!」


 ワタワタとする直文は手を伸ばしたが、近くにある冷茶に当たり倒れていく。茂吉ははっとしてすぐにパソコンを持ち上げた。

 硬い音を立ててコップは倒れ、中身もテーブルを濡らして広がる。


「っあああ!! ご、ごめん! すぐに拭く!」


 テッシュを多めにとり、濡れた箇所を吸い取っていく。

 茂吉は仕方なくタオルを用意し、パソコンの濡れた箇所を拭く。その後、テーブルを座卓ざたくで吹いていく。幸い冷茶はカーペットの上に落ちることなく、濡れずに済んだ。茂吉は座卓ざたくと片付け、タオルを洗濯かごに入れる。冷茶のコップは水場に置かれ、直文は頭を俯かせてわかりやすく落ち込んでいた。


「……本当にごめん……動揺した…」


 耳が赤い。蒸気が見えたような気がし、茂吉は呆れる。


「……お前、うぶじゃないはず。ハニトラとかするために、そういう技術持ってるし見慣れてるだろ。俺たち童貞じゃないのに、なんでそう動揺するのさ」

「……っ……茂吉はわからないと思うけど……俺は……あの子の柔肌を見るの……初めてなんだ」


 前に、切腹仕掛けたことを茂吉は思い出した。あの時はふざけてやったが、今は犯罪行為であるため絶対にやらない。好きな人についてうぶになるタイプ。茂吉は把握して、微笑ましく思った。直文は赤い顔を上げ、真剣に告げる。


「水着なんて、際どいじゃないか。切腹ものだ。その時は介錯たのむ、茂吉」

「警察案件だし、自殺幇助罪じさつほうじょざいになり得るからやらないわ」


 いつぞやのやり取りをし、諸々ツッコミどころがある。

 相方の思考と価値観は把握しているつもりだが、直文はど天然であるがゆえに予想もしないことを言う。茂吉は流石に矯正きょうせいした方がいいと思い、ツッコミを入れる。


「というか、直文。価値観が中世で止まってない? 今は現代だよ?

前みたいに介錯役しないよ?」


 するも、直文は頭を抱えて深刻そうに話した。


「そうだけど、多様性がすぎるだろ! あの子のミニスカート姿だけでも魅力的じゃないか。深刻だろ!」

「お前の方が深刻だわ」

「それもそうだから、切腹なんだよ! 茂吉、介錯!」

「だから、価値観をアップデートしろって言ってるんだよ!!」


 大袈裟に見えて本気で言う直文に、流石に茂吉はツッコミを入れた。

 直文が大切な人に出会う。いや、再会とも言える出会いをしてからは、百面相と言えるほどに表情が豊かになった。だが、時折暴走とも言えることを引き起こすゆえに、手がつけられないこともある。


「直文。あの子を大切に思うのはいいけど、あまり感情的になるなよ。今の方がコントロール効いてないように思える。それだと、あの子を傷付ける場合もあるぞ」

「……それは、確かに……そうなんだけど……」


 メガネを外すし、直文は深いため息を吐いた。


「……俺はもう……この腕から、この世から……あの子が消えてほしくない。とても大切にしたい。守りたい。それだけなんだ」


 相方が大切な人に出会えたのは、茂吉にとっても嬉しかった。また直文を大切に思う彼女も直文を大切に思っている。早く幸せになって欲しいとも思っていた。茂吉ははぁとため息を吐き、しょんぼりとする直文を叱る。


「けど、あまり行き過ぎるのも、彼女をちゃんと見てないことになる。落ち着いたら、しっかりと彼女自身を見ること。気持ちを考えること!」


 指の腹を見せ、ビシッと擬音がつく言い方をしてみる。が、茂吉は自分の発言に気付き、目を丸くして顔を片手で押さえた。


「……って、これ。今俺にブーメランじゃん……」


 落ち込む相方に直文は噴き出して笑う。


「っぷ、あははっ、茂吉。なぐさめの自虐しなくても大丈夫だよ。けど、ありがとう」


 意味ありげに微笑み、直文はノートパソコンをたたむ。


「でも、お前の場合は諦めてない。どんな手段でも、大切な彼女を普通に生きさせるつもりだろう。隙があればいいが、流石にお前の彼女はお前に似た部分があるから抜け目ないぞ? 茂吉。時には諦めてみたらどうなんだ」

「~~っ忠告どうも」


 痛い所を突かれ、茂吉はむずがゆそうな顔をする。 部屋に二つの通知音が響く。二人はスマホを手にし、中身を見た。

 メールだ。

 アドレスが乗っていないメールが届いたのだ。

 それが何を表しているのか、二人はよく知る。そのメールを開き、中身の書かれているものを見た。


【海外の退魔組織がこちらの保護下にある少女に目をつけた。海外では、その記録と記憶を抹消済み。県内にてその残党がいる。殺せ、肉体の処理はそちらに任せる】


 直文はスマホの電源を落とし、ふぅと息をついて立ち上がる。


「……こういう仕事。久しぶりだな」

「俺はよくやってたけどね。ああ、その残党の居場所については目星付いてる。サクッと終わらせようか。相棒」

「ああ、やろう」


 直文は返事をし、拳を相棒につき出す。拳を突き出された意味に、茂吉は微笑みをつくる。茂吉も立ち上り、相棒の拳に拳を軽くぶつけた。




★ ★ ★


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